ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

大学生まんがを語りたい

 

学生におすすめのマンガ

広報部からの依頼で、学生にお勧めしたいマンガについて小さな原稿(600字くらい)を書きました。ちょうど学期末の忙しい時期で、しかも連絡がうまくいっていなかったので、締め切りぎりぎりに、30分くらいで書いた原稿を提出しました。短い時間で書いたわりに、言いたいこと言えたと思います。(残念ながら学生からの反応はとくにありませんでしたが、事務職員さんには私らしい文章と褒められました)。

kindaipicks.com

 

サレンダー橋本先生からは、のちにご献本までいただいてしまいました。この場を借りてお礼申し上げます。

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『全員くたばれ!大学生』は、雑誌『SPA』に連載されていることもあり、大学生だけでなく、社会人や中年サラリーマンにとってもちくりと刺さる部分がある良作です。

このコマなど、私が以前ブログに書いた、不本意入学の話を思い出しました。

 

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こう言ってくれる友達がいるだけ、彼はとても恵まれているのだと思います。

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こういう場面はおっさんの心にも刺さります。

大学生まんがって、どんな作品があったっけ

大学教員という職業柄、大学を舞台にしたまんがは好きで、これまでにいろいろ読んできました。

大学生まんがの名作といえば、『動物のお医者さん』、『東京大学物語』、『もやしもん」、『げんしけん』や『のだめカンタービレ』などいろいろあります。しかし、自分の読書体験を振り返ってみると、これらの作品については、部分的にしか読んでいなかったり、あるいはあまり感情移入して読めなかったこともあるので、とくに言及することはありません。

ここでは、私が読んで影響を受けたり、考えさせられたりしたいくつかの作品を紹介していきます。

1980年代

「めぞん一刻』 高橋留美子1980〜87,全20巻

新潟出身の浪人生五代裕作は、東京の安アパート一刻館に住み、のちに大学に通い最後は保育士となります。管理人の未亡人音無響子と五代とのなかなか進まない恋を軸に、アパート住人やその友人たちも含めたさまざまな生活が描かれます。言わずと知れた80年代前半の名作ですが、今読んでみると、このまんがが主人公の五代くんだけでなく、響子さんや三鷹さん、一ノ瀬さん一家など、登場人物それぞれの人生に寄り添ってじっくりと描いている点が非常にすぐれているように思います。五代くんたちの生活は基本的には貧乏で、卒業後の展望もあまり良くはありませんが、作品全体のトーンが明るいのは、作品のまさに始めから、響子さんという希望が輝いていたからでしょう。

 

 

「ぼっけもん』 岩重孝 1980〜86、全14巻

つい先日、昔読みかけたまんがを読みなおしてみようと、いわしげ孝『花マル伝』、『新花マル伝』*1を一気読みし、いたく感動したので、同じ作者のもっと古い作品である本作に行き着きました。

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主人公浅井義男は、鹿児島から上京し、昼は書店でバイトに励み、夕方から大学の二部文学部に通います。書店の同僚で、大学の同級生でもある加奈子(徳島出身)との恋愛を軸に、仲間たちとその成長が描かれます。最初の1,2巻は絵も話も暗く、読むのをやめようかと思いかけましたが、どうやら3巻あたりから路線が大きく変更になったようで、面白くなってきます。

正義感が強い反面、粗暴で一本気な義男は、いつも言いたいことが素直に言えず、そのために加奈子を困らせ、二人の恋はなかなかうまくいきません。貧しさ、寂しさ、性欲などに苦悩する彼らの青春が、苦労や挫折ばかりに見える一番の原因は、実のところ実家の遠さ、帰省のたいへんさに由来していると言えます。作中で定期イベントとして現れる、実家への帰省(や地元からの親や友人の来訪)はそのたびに、浮気や心変わり、元恋人との遭遇、見合い話、親とのケンカなどトラブルが生じる原因となり、物語が進行する契機となっています。考えようによっては、上京した若者たちと地元の関係こそがこの作品のもう一つのテーマであるということもできそうです。

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帰省の時期になると毎度のように見合い話などが持ち上がります。

今ですら飛行機でないと(まあ新幹線もありますが)なかなか行けない南九州、当時は夜行列車に乗るのが普通でした。貧しさなんかじゃなく、実家から東京が遠いことが、何よりも若者にとっての困難となっているのです。彼らの実家がせめて静岡とか新潟とか栃木だったらこんなにつらい恋をしなくてすんだでしょう。じっさい、物語の中でも、主人公の友人の一人で下北沢のそば屋の息子は、親とけんかをして義男のアパートに転がり込んで暮らしますが、卒業後は実家を継ぎ、あっという間に結婚までしています。すべて鹿児島や徳島が悪いのだ、地元さえなければ、とすら思ってしまいそうです。

『あどりぶシネ倶楽部』(細野不二彦、1986、全1巻)、『うにばーしてぃBOYS』(同、1988,全1巻)

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『ギャラリーフェイク』で知られる、細野不二彦の短期連載作品です。ちょうどバブル期の私立大生のサークル活動や日常が描かれています。細野自身が慶応高校、大学で学んできたせいか、作品のはしばしに、お金持ち私立大学生っぽさが見えます。とくに『うにばーしてぃBOYS』では、ゴールデンウィークにグアムにクラス旅行をしたり、学園祭での派手なミスコンなど、彼らのキラキラした生活が伺えます。3年くらいしか離れていない、『ぼっけもん』や『めぞん一刻』で描かれる学生生活と対照的です。『全員くたばれ!大学生』に登場する現代のウェーイ学生たちよりもはるかに羽振りがよくて、派手に遊んでいます。むしろ今の学生たちが読んだら、圧倒的な金持ち感にうちのめされるかもしれません。この作品よりさらに10年くらい後に私は学生生活を過ごしていましたが、文化系サークルが部室を確保するために、デモ行進に動員されることなど、東京の私学は当時から同じだったのだなと思いました。

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サークルの代表として成田空港へのデモに駆り出される学生たち

1990年代

『伝染るんです』吉田戦車 1989〜94、全5巻

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言わずと知れた、90年代初頭の不条理まんがの代表作です。私にとっては、中高生のころにいちばん熱心に読み、影響を受けた作品です。かわうそくん、しいたけ、山崎先生などと並んで、中心的なキャラクターだったのが、かぶとむしの斉藤さんです。斉藤の受験と学生生活、サークル活動などは本作の一つの柱となる物語でもあります。

余談ですが、同じ吉田戦車の『ぷりぷり県』では主人公つとむと同じ単身アパートに住む、奈良出身の大仏、徳島出身の海亀という大学生が登場します。大学に入った斉藤が所属する、なぞのスポーツをするサークル(タオルをふりまわし、ボールを運ぶ?)は、活動内容がさっぱりわかりませんが、彼らが余暇活動に打ち込み、コンパ(かぶとむしなので砂糖水を飲みます)に興じている様子はまさに90年代の学生らしく見えます。

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『あすなろ白書』 柴門ふみ 1992〜93、全5巻

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『東京ラブストーリー』とならぶ、柴門ふみ先生の代表作。私にとってはちょうど高校生のころに連載で読んでいた思い出深い作品です。予備校の難関大クラスのエリート集団あすなろ会に、なぜか入ってしまった中の上レベルの主人公なるみ。影のある秀才掛居保となるみの恋を中心に、あすなろ会のメンバーの青春とその後が描かれています。主人公たちは、90年代初頭に大学受験を迎える、いわゆるベビーブーム世代、つまり大学受験がいちばん大変だった世代です。

受験のきびしさもあって、登場人物たちの大学での学年が揃っていません。現役合格した取手、松岡、星香、そして一浪したなるみたちがキャンパスライフを楽しんでいるのに、東大をめざす掛居は二浪で受験生という状態です。また、もう一つ大きな特徴が、登場人物たちが地方出身ではなく実家暮らしであるという点です。*2そのため、掛居の母、なるみの母と姉、松岡の祖父や豪華な屋敷などが頻繁に描かれ、登場人物たちは基本的に生活に困ったりはせず、恵まれた環境にいます(掛居のみ苦労人で、ホストのバイトでお金を稼ぎ、学費に充てています)。学生のうちから見合いをさせられたり、友人たちがみんなはたらいていたり、という『ぼっけもん』的地方出身者の悲哀は、もはやこの作品にはまったく見られません。考えてみると、バブル崩壊後の90年代半ば、私が大学に入ったころ、同級生は地方からの上京組はもうそれほど多くもなく(せいぜい2〜3割くらい)、ほとんどが東京・神奈川・千葉など近郊の自宅通学組でした。また、これまでの世代と違い、携帯電話が登場しています。実際ケータイはまだまだ高く、大半の学生は90年代半ばになってもポケベルを使っていました。(私は96年秋ごろにPHSを持ちましたが、あまり使い道がなく、キャンパス内や路上で通話することが恥ずかしくてあまり使わず、すぐ解約しました。)

2000年代以降

『君のいる町』瀬尾公治(2008〜14、全27巻) 

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これも地方を引きずった東京の大学生の物語です。(しかしメインは広島および東京での高校時代のほうか)。広島の田舎町に東京からやってきたヒロインの柚希、ほかの女子が好きだったもののいつの間にか柚希と付き合う青大、この二人の恋愛を中心に高校、大学、社会人への成長が描かれます。東京と田舎、都会と地元のそれぞれの人間関係そして頻繁に登場人物が転居したり転校したりすることが作品の軸となっているので、『ぼっけもん』的な「ものすごい田舎から出てきてしまった青年が田舎と都会を行ったり来たりする物語」の系譜に位置づけることもできます。二人の純愛が描かれているようでいて、じつは主人公の青大はけっこうモテるので、いろいろな女の子と恋愛をしていて、あまりにも調子が良すぎるだろうと腹立たしさすら覚えます。

この作品のように、上京したけど、地元への愛着も捨てきれない登場人物といえば、大学生まんがではありませんが、おなじ上京青年ものとして『ツルモク独身寮』などほかにも面白い作品があります。

『恋は光』秋★枝(2013〜17、全7巻)

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恋をしている人が光を放っているように見える、という偏屈な男子学生が主人公の学生まんがです。主人公もヒロインもみんなまじめでかわいらしい若者ばかり出てきます。この作品が特徴的なのは、多くの漫画とことなり、東京の私学や東大が舞台となっているわけではないという点です。ぜんぜん別の学部なのに、共通教育科目のクラスで顔なじみになったり、学生たちの休日のお出かけがデパートや地元の海岸だったり、交際する前に交換日記のやりとりをしたりと、なんともまじめで地味で、なんだか地方国立大っぽいな(当時某県立大で教えていたということもあり)と感じました。作者は愛媛大学出身とのことで、やはりなと思いました。

大都市圏以外に住む、平成末期の学生生活が描かれているということで少し異色の作品といえるでしょう。

 

『しったかブリリア』珈琲、2017〜2018、全2巻

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大阪の中堅私学(勤務先がモデルなのかもと思いました)が舞台となっています。主人公の理助は、「イキる」ことこそすべてという信条のもと、大言壮語を繰り返し、サークルの後輩(実は年上)のみなとみらいに取り入ります。二人の恋愛そして、理助がほんとうは栃木出身でボロアパート暮らしだと知っている元カノの姫姫(ひめき)を軸にドタバタ学生生活が描かれます。

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この作品においては、自分が何になるかという「青春もの」における昔ながらのテーマは背景に退き、他人からどう思われるか、つまり体面を取り繕うことこそが学生生活の中心となっている点がまさに現代的でしょう。そのためにフランス語を学び、筋トレに励み、VR動画を自作し、はてはアフリカまで行って起業してしまう主人公のきまじめさは、戯画的に描かれているとは言え、授業に休まず出席し、単位をそろえ、就活で選ばれやすそうな人物となることに専念する、昨今の学生像を写していると言えるのではないでしょうか。

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(海外旅行の自作VR映像を披露する理助。本当は神戸でロケをしていた)

実は、大学からの依頼原稿で、『全員くたばれ!大学生』とどちらをお勧め記事にするか迷ったのが、この作品でした。それくらい私は気に入っています。

ジャンル特化もの

特殊な大学を舞台とした大学生まんがはひとつのジャンルを形成しています。『のだめ』(音大)、『アオイホノオ』、『ブルーピリオド』、『ハチミツとクローバー』、『惰性67パーセント』(以上美大)、『あおざくら』(防衛大)など有名な作品もあります。最初にあげた『動物の…』や『もやしもん』もこのカテゴリに入ります。

漫画家さんは美大に行くのがふつうですから、やはり「美大もの」作品はたくさんあります。しかし正直なところ、このジャンルは、作者自身が過ごしてきた場所を描いているので、どうしても「美大ってスゲー!おれたち変人!」みたいな自意識や思い入れが強すぎてあまり楽しめません。(たとえば現在連載中の『ブルーピリオド』は、美大受験まんがとしては面白かったのですが、主人公が東京芸大に入学して以降はいくぶん勢いが落ちたように見えます。ずっと大学に入れずに受験を繰り返すストーリーにしたほうがよかったのではと思います。)

『夏の前日』吉田基已 2009〜14、全5巻

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このジャンルで例外的に面白かったのが、この作品です。油絵の制作に励むストイックな美大生と、画廊の店長として働く年上の女性との恋愛、そして成長と別れが美しく描かれています。主人公の友人たち、片思いをする親友の恋人など、登場人物それぞれが生き生きしています。美大ものを読んだときの、またこれか、という感覚を抱かせないのは、主人公の恋人が社会人であったり、彼らの人間関係が大学の中だけに閉じていないからかもしれません。

『ロクダイ』コージィ城倉 2014〜、3巻

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めずらしい大学スポーツ(硬式野球部)もの。多くのスポ根マンガでは、高校時代が中心的に描かれ、主人公たちの大学生活は後日譚・エピローグ扱いにすぎません。たとえば『帯をギュッとね』(河合克俊、1989〜95、全30巻)の最終話などを思い浮かべることができます。*3しかしこの作品『ロクダイ』では、前作『おれはキャプテン』で描かれなかった甲子園出場の顛末こそが、主人公たちの運命を狂わせ、浪人(4浪までしてしまう人物もいる)のあげく東大野球部へと向かう原因となることが語られます。現在連載がストップしていますが、今後どのような展開になっていくのかとても楽しみです。

 

 いろいろ読んでみると、どれもおもしろいというバカみたいなまとめになってしまいそうですが、落ち着いて考えてみると、実は思ったよりも大学生活をテーマにした作品はそう多くなく、細野作品や『しったかブリリア』のように良作でも長くは書けないということがわかります。なぜ大学生まんがは書きにくい/長続きしないのでしょう。この理由はもう少し考えてみる必要があるでしょう。

 

*1:たぶん高校生から大学生ごろに雑誌連載をときどき読んでいましたが、私が知っているのは中学生編のいちばん最初だけで、主人公が成長し、柔道の実力者となっていくあたりをまったく読んだことがなく、今回そのおもしろさに驚きました。中学生くらいの男の子が抱く、親友へのあこがれや劣等感、そしてそこからの成長が描かれています。

*2:東山星香のみ芦屋のお嬢さんで上京して東大生という設定です

*3:これも中高生ごろに熱中して読んだ作品です。ごくふつうの高校生だった主人公たちが、練習を重ね、全国レベルの実力校へと成長していく、いわば小学館系部活ものの王道です。最近完結した『あさひなぐ』とも近い雰囲気があります。最終話では、高校卒業から一気に大学最終学年まで話が飛びます。