ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

だいたい4年で慣れる

一つの場所に馴染むのにはけっこう時間がかかるということを実感しています。

いま、東大阪市の職場に通い始めて5年目ですが、ようやく慣れてきた感じがします。

 

京都に馴染めなかった最初の四年

これまで、19歳まで栃木で過ごして、その後東京4年、京都14年、西宮で4年を過ごしました。最初に転居した東京は、すでに一浪していて友人たちがたくさん東京に住んでいたこともあり、わりと自然になじめました。でもよく考えると、4年目ごろまで、ここにいつまでもいられないのだろうという気持ちで過ごしていました。できたら別の場所で暮らしたいと思いながら過ごしていましたが、おそらくそのまま東京で大学院に進んでいたら、もっと東京暮らしのいいところを見つけられたでしょう。

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京都に暮らし始めたころのことは、去年記事に書きました。修士課程で泥沼につかって出られなくなっている間、京都での暮らし自体もうまくいっていませんでした。いつまでたっても来ないバス、行きはいいけど帰りが坂道でたいへんな北白川、映画や演劇は限られた場所でしか見られない、そんな京都がいやでしかたがありませんでした。

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だんだんと京都の不便さに慣れて、楽しく暮らしていけると思い始めたのは、博士課程に進学したころ、京都に暮らして4年目以降のことでした。

結局京都は快適で、都合14年も住み続けることになりました。

 

バイトで通っていた大阪にもなかなか馴染めなかった

大阪には、大学院時代に看護学校の非常勤講師をはじめて、それから10年くらい通っていました。電車やいつも暑い街が大嫌いで、京都よりも不快な街だとずっと感じていました。

私が移動する時間や、担当する授業がある季節(看護専門学校は大学と異なり、授業の単位は半期や通年ではありません。科目ごとに授業回数が決まっていて、私はいつも初夏から夏休み明けごろに大阪の学校に通っていました)のせいだとはわかっていましたが、堺はいつ行っても暑くて、この街に冬なんかないんだとずっと思っていました。

それでもやはり数年経てばだんだん慣れてくるもので、西成区堺市と二つの学校で教えながら、毎週なんばで途中下車して町歩きをしたり、買い物をしたりするのも楽しくなってきました。

 

東大阪は5年経ってようやく気に入ってきた

今だから言えることですが、私は今の職場への通勤が嫌で仕方がありませんでした。私は2年間非常勤講師を務めた後、公募で近畿大学に入りました。大して業績もなく、語学力もないのに拾ってもらえてありがたかったのですが、近畿大学は非常勤先としてはぜんぜん気に入ってなくて、もし他にもっと条件のいい大学からオファーがあれば(RとかDとか京都の大学など)非常勤はさっさとやめてやろうと思っていたのでした。

近畿大学じたいは、教える環境として特に悪いとは思いませんでした。もちろん他の大学と違って、ドイツ語の授業が週1回しかないのは当時も今も不満です。私が通っていたのも東京でしたが、似たような大規模私立大学だったので、学生の雰囲気はなんだか懐かしさを感じるくらいでした。

東大阪のいいところ悪いところ

東大阪への通勤が嫌だった1番の理由は、近鉄線の不便さでした。通い始めた頃はどの電車に乗ればいいのかなかなかわからなかったし、慣れてからも本数の少なさにいつもいらいらしました。日本有数の巨大な大学があるのに、最寄駅には普通列車しか停まらないというのはあきらかにおかしなことです。

嫌だったのは電車だけではありません。最寄駅から大学までの迷路のような狭い路地も苦手でした。学生を追い越し、狭い道を走り回る自転車を避けながらの通勤は非常に苦痛でした。

昨年研究室が引っ越したのにともない、駅からの通勤路も少し変わりました。時間があるときには、大学周辺を散策したり、ちょっと遠いお店に弁当を買いに行ったり、最寄ではない少し離れた駅から電車に乗って帰ったりもしました。そうやって過ごして行くうちに、だんだんとこの狭っ苦しい町も味があっていいものだと思えるようになってきました。(俊徳道駅ちかくの古い住宅街。大昔からのお金持ちのお家が並んでいます)

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まったく不満はなかった西宮での4年間

一方、東大阪に通勤するために右京区から引っ越した西宮市は、住み始めて4年間、とくに不満を感じることはありませんでした。この街で始めて車を所有するようになりましたが、道が広くて安全なのは非常に気に入っていました。私は阪神電車で通勤していましたが、京都や北摂に出かけるときは、JR線や阪急線の駅にも歩いていけるところも非常に便利でした。

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香櫨園駅から見える夙川の風景。小さな川ですが、市民の憩いの場です)

夫婦共に職場が大阪中心部より東の方なので、どうしても通勤時間がかかってしまいます。しかしこの点さえ耐えられれば、一生住んでもいいとも思っていました。*1

 

さようなら西宮市、こんにちは大阪市

東大阪への通勤はだんだん慣れてきて、途中下車する大阪の街も気に入ってきた私たちにとって、やはり毎日の長時間通勤だけは苦悩のタネでした。昨年は一時的に車通勤をしてみました。自宅から高速道路の入り口が非常に近いので、電車通勤の半分ほどの時間で職場まで行けます。たしかに非常に楽なのですが、反面高速代が値上がりしてずいぶんお金がかかるようになりました。そして朝の混雑を避けるためには、電車以上にいつも決まった早い時間帯に家を出ないといけないということもわかってきました。当然帰宅時の寄り道も制限されます。そう考えると車通勤はあまりいい方法ではないと気づきました。

夫婦で半年くらい話し合った結果、私たちは大阪市内に転居することにしました。

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(部屋を引き払う前に最後に写真を撮りました)

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二人の通勤路のちょうど中間地点あたりになる、梅田周辺がちょうどいいということで、梅田からほど近い福島区に引っ越しすることを決めました。

トレイルランニングも海岸沿いを散策したりもできる、自然豊かな西宮市にくらべ、大阪はほぼ平らな土地で、住宅密集地ばかりです。とはいえ、福島区の新居は西宮のマンションと同じように国道2号線に面しているし、窓からは淀川や大阪湾が見えます。ちょっと歩けば中之島にも行けます。大都会の便利な暮らしだけでなく、都会の自然を楽しむこともできるというというところが非常に気に入りました。

(3月に東洋陶磁美術館に行ったのは、マンションの内覧のついででした)

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新居は、これまでのマンションより便利だし、広いので、当然のことながら不満などはありません。しかし、やはりこれまでの街と同様に、今わかっている住みやすさだけでなく、だんだんと時間をかけていいところが見えてくるのだろうと期待しています。

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(新居から近い、カフェバーンホーフです。梅田にもお店があります)

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日曜日には新しいテレビと棚が入り、リビングらしくなりました。サッカーも見やすくて非常にいいです。

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私の部屋の窓から梅田の夜景がよく見えます。

 

 

 

 

*1:たいしたことではありませんが、唯一不満をあげるとすれば、税務署や警察署が非常に不便な場所にあるということでした。市役所が阪神駅、国道二号線からすぐ行ける場所にあるのに対し、税務署や警察署は少し離れていて、かつ住宅街なので車も入りにくい場所にあります。確定申告の時には毎回どうやって税務署まで行くか頭を悩ませていました。