ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

独文学会でシンポジウム発表をしました

独文学会でのオンライン学会発表をふりかえる

11月22日に、日本独文学会秋季研究発表会にてシンポジウム発表をしました。はじめてのオンライン学会ということで、これまでとは全く違い戸惑うことも多かったし、逆にメリットだと思う点もありました。少し時間が経ってしまいましたが、感想をまとめます。

私たちは、2016年に、関西大学の学会で「かけがえがないもの」についてシンポジウムを行いました。今回も同じメンバーで、今度は「オリジナルとは何か」という問題について、19世紀〜現代における文学・思想など、いくつかの具体例を挙げながら、概念的な変遷を検討することにしました。

schlossbaerental.hatenablog.com

 これが4年前のシンポジウムのころ書いた日記です。

  

オンライン学会でどのように発表をするか

オンライン学会/研究会の形式はいろいろあります。私が知る限りでも、

1)事前にpdfや動画などの形式で発表データを公開し、学会当日にzoomで討論をする。

2)発表者はzoomで資料を提示しながらリアルタイムでプレゼンテーションをし、その後討論をする。

3)事前に公開されたコンテンツについて、メールやGoogleフォームで質問を集め、当日zoomであらかじめ集めた質問に発表者が解答する。などの形式がありました。

独文学会全国大会の場合は、1)で、ドイツ現代文学ゼミナールは2)のタイプです。

 

コンテンツの形式は自由

学会事務局から発表をどのように進めるかについて具体的な方針が示されたので、夏休みのおわりごろ、zoomでミーティングを開き、チームの方針を決めました。

学会からの通知では、各発表者はpdf、動画、音声付きpptなどで発表コンテンツを締め切り日(10月半ば)までに用意する。その後11月初頭から学会開催日(11月21,22日)まで、コンテンツをweb上で公開する。学会当日には、質疑応答(シンポジウム発表の場合は最低でも1時間以上のディスカッションを含む)時間をとることとありました。

コンテンツはどのような形式でもいいということなので、はじめはPDFで発表原稿(完成原稿)を用意して公開したらいいのでは、という意見がでました。たしかに、完成原稿を読んでもらえば、誤解は少ないし、密度の濃い議論ができるでしょう。

しかし、口頭発表は私にとっては、論文を書くための中間報告というか、たたき台というか、場合によっては論文までのアイディアスケッチみたいな位置づけです。とうていちゃんとした原稿など用意できないだろうと思っていました。

私たちは動画で発表することに決めた

また、どの分科会の発表者もPDFで完成原稿を出してきたら、本当に参加者は聞きたい研究発表の分を全部読むでしょうか?ちょうど学期中の忙しい時期だし、事前に公開される予稿集だって軽く目を通すくらいしかできないはずです。

私の場合は、これまでの対面式の学会であれば、発表の前日まで原稿を直したりするし、そもそも原稿なし、レジュメのみで話す(私は何回かやったことがあります)ということもあります。完成原稿を読んでもらうだけでなく、口頭発表ならではの、発表者の生の声があったほうがいいと思いました。

そこで、動画によるコンテンツの作成と、Googleドライブでの公開という方法を提案し、メンバーのみんなに受け入れてもらえました。 

授業と同じように、自撮り動画を用意する

10月半ばという発表コンテンツ提出締め切りは、(9月末しめきりの別の原稿を書いていたので)、正直なところかなり時間的に厳しく、十分な準備ができませんでした。

大急ぎで発表原稿を用意し、締め切りぎりぎりの夜中に動画を収録して、レジュメとともにGoogleドライブにアップしました。

自分の動画を提出したものの、完成度ははっきり言って6割程度までしか達していないと感じていました。そして、かなり早く締め切りが設定されているものの、公開する日までは2週間以上時間があるので、その間にいくらでも修正などは可能なんじゃないかと気づきました。

結局他の仕事に追われつつ、11月初頭に、レジュメを加筆し、発表内容はそれほど変えなかったものの、動画は昼間の明るい時間に再度撮影しました。

でき上がったのがこれです。

 

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オンライン学会でのディスカッション

私たちの分科会は、二日目の午前10時からということで、一日目はほかのシンポジウムを聴講しました。

zoomでの学会の最大のメリットは、複数の端末を使えば、同時に複数の分科会に参加することができるという点です。私もMacBookとMac miniでそれぞれ別の分科会のミーティングに入り、片耳ずつでディスカッションを聞いていました。

議論がつまらなそうなときは、音量を絞ったり、逆に興味深い質問から議論が盛り上がっているようなときには、音量を大きくして聞いたりしました。おかげで通常の学会発表の時よりも、ずっと多くの人の話を聞くことができました。反面、驚くほど疲れてしまい、一日目には別に何か議論に参加したわけでもないのに、ぐったり疲れて夕方眠ってしまいました。

二日目になり、私たちのシンポジウムがはじまりましたが、始まってみるとさまざまな質問が出てきて、90分の持ち時間があっという間のように感じられました。実はだれも発言者がいなくなったら、シンポジスト同士の討論を入れて間をつなごうと考え、事前に多くの想定質問をつくっていましたが、そんなもの全く必要ないくらい活発な議論ができました。シンポジウム終了後に、メンバーでもう一度zoomに集まり、気づいたことや反省点などを話し合いましたが、まずは成功に終わったことを喜び合いました。

 

オンライン学会のメリットとデメリット

さきほど述べたように、オンライン学会には多くのメリットがありました。しかし一方で、いくつか問題点もあるように思ったので、両方について列挙しておきます。

メリット 

同時平行で開催されている別の分科会の発表も、発表者に気兼ねなく行ったり来たりして見ることができる。

二日間の日程でも、一日に圧縮可能。

端末を複数台使えば、同時に複数のセッションを視聴できる。

発表形式の多様性:これがいちばん面白かったです。リアル発表の場合は、分野ごとに傾向はあるでしょうが、ある程度方法は決まっています。しかし、オンラインでは、PDFによる完成原稿、スライドにナレーションをつけた動画、自撮り動画、zoomミーティングの録画(いわゆる一人zoom)などによる発表がありました。さらにあるグループは、シンポジウム登壇者が全員そろって、全体の趣旨説明、それぞれの発表、ディスカッションまで録画した動画を公開していました。発表形式の多様性は、この半年オンライン授業に取り組んで、それぞれの教員が身に付けたノウハウを披露しているので、それぞれ得意な方法を選んでいて、なるほどなと感心しました。

どこにいる人でも参加可能:webは距離を飛び越えることができるので、海外にいる発表者、聴衆も参加していました。ドイツにいる作家さん本人が登場し、新刊の紹介をしてもらえる、なんていうこともありました。

  

問題点もなくはない

書店ブースがzoom飲み状態:教科書会社など、書店さんが会社ごとにzoomを用意して、時間を決めて商品の案内や買い物ができるようになっていました。エレベータが開いたら店員さんが待ちかまえてるお店を想像していましたが、まさにその通りで、zoom飲みのような状態でした。私はひごろ親しくしている人と話せて楽しかったのですが、これで本を買ったりはちょっと難しいかと思いました。

人と知り合う機会の喪失:チャットなどを使って人と個別にやり合うということはできなくはないのでしょうが、もともとの知り合いならメールでやりとりをすればいいだけです。私たちの学会の場合は、若手研究者と知り合い、将来的な非常勤講師候補を探すというのも重要な学会中の仕事でした。

しゃべりすぎるおじさんがよりいっそう活性化:これまでの対面での学会でも、身の上話が長いおじさんや、自分の専門分野を語りすぎてしまうおじさん先生などはいましたが、オンラインになり、顔出しをしなければ、人の目に触れることなくいくらでも話せる状態になってしまうと、この種の周りを無視して話しすぎてしまう人が現れやすくなったように思いました。あきらかに「老害」と言われても仕方ないような、迷惑なおじさん研究者だけでなく、若手でも、サービスのつもりかもしれませんが、必要以上にしゃべって時間をとってしまう人を見ました。

新たなハラスメントの危険:ハラスメントではなく、自由な発言の範囲内ですが、顔が見えない無名の(一応名前は出ますが)聴衆となれる場なので、その場にふさわしくないような無責任な質問や発言もいくらか見られたように思いました。今後ハラスメント的な問題も生じてくることが危惧されます。

 

まとめ

今回は、独文学会秋季研究発表会の準備と当日の感想などをまとめてみました。

私自身は、わざわざ時間とお金をかけて遠くまで行かなくていい、オンライン学会には、非常に大きなメリットがあるし、今後(コロナ収束後)も、何らかの形で継続できたらいいなとは思っていました。

しかし、最後に挙げたように、いろいろなデメリットや問題も放置することはできません。そして、今回振り返ってみて気づいたのですが、私たちは周りの人の視線によって制御されながら話し合っていたのだということを改めて思い知りました。コロナ禍で、オンラインでのやり取りが増え、私たちの人とのかかわり方も今後大きく変化していくのでしょう。