ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

そのミスは英語のせいなのか?—学生の答案から見るドイツ語学習への英語の干渉

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テストの採点おわる

1月末の学期末テスト週間が終わり、いまはどの大学教員も採点や成績登録の作業に追われている時期です。

私は自慢ではありませんが、超少人数クラスしか担当していないので、ドイツ語のコマについてはすべて採点も成績登録も済ませています。

schlossbaerental.hatenablog.com

前回の記事では、テストにむけて、初級の学習者がつまづきやすいポイントを解説しましたが、私の学生たちは、当然このブログなど読むことはないので、だいたい予想通りの出来でした。

しかし作文中心の期末テストを採点していると、学生たちのミスにだいたい一貫した傾向、とくに英語からの類推に起因するミスがあることがわかってきました。もちろんドイツ語と英語は非常に近い言語なので、学ぶ際にも英語は大きな手がかりになるし、英語の学習経験がドイツ語の理解の妨げになっていることは多くの研究者や教員がすでに指摘する通りです。

今回は、私が教えながら気づいた、超初歩のドイツ語学習者にありがちな、英語の干渉によるミスの事例をいくつかあげていきます。

 この記事を書くにあたり、Twitterで上記のようにつぶやいたところ、多くの同業者の皆さん、ドイツ語学習者の皆さんから、ありがちなミスの事例を報告していただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

 

 

 

1)文中でもIch

 ドイツ語の一人称単数ichは英語のIのように、常に大文字で書くわけではありません。それなのに、英語と同じように、文の最初ではないときも、Ichと大文字書きする学生が後を絶ちません。

例)Um 18 Uhr esse ich zu Abend. 6時に私は夕食をとる。

このように文中でichは大文字ではなく小文字書きになります。

逆に、常に大文字で書くのは二人称敬称(あなた・あなたたち)のSieです。こちらは格変化してもIhrer, Ihnen, Sie(あなたの、あなたに、あなたを)と大文字で書くし、所有冠詞Ihr Vater(あなたのお父さん)も大文字書きになります。この点については、学生の多くは忘れてしまいます。

しかしsieと小文字で書いてしまうと、三人称単数のsie(彼女は)と三人称複数sie(彼・彼女たちは)といっしょくたになってしまいます。

 

2)発音と綴り

さきほどのIchの例と同様、学生たちの答案を見ていると、英語と似た単語をことごとく間違えていることに気づきます。

よくあるのはこのようなミスです。

haben(もっている)→haven

Englisch(英語)→English

du(君)→do

Sohn(息子)→Son

kann(できる)→cann

また、綴りとともに、発音のミスも英語からの影響がありそうです。

Schule(シューレ、学校)をすくーれと読んでしまったり、er(エア、彼)をあー、die(ディー、女性名詞の定冠詞)をだいと読むなど、やはり英語の干渉が強く現れます。最初にあげたschの綴りは、ドイツ語では非常によく出てくる(Danke schönダンケシェーンなど)し、Englisch(エングリッシュ)の「シュ」はちゃんと読めるのに、語頭にあるとschoolからの連想で「スク」と読んでしまうのでしょう。

最近はテストに和訳を出すことはほとんどないのですが、別の大学で教えていた頃には、Kind(子供)を英語のkindと同一視して、「親切な・・」と訳す答案をよく見ました。

 

3)語順

初級ドイツ語の大きなポイントの一つが、動詞の位置を理解することです。私の書いた教科書でも、最初の課では、「私、あなた」といった人称代名詞の説明の後に、動詞を二番目に置くという語順のルールを説明しています。

また、話法の助動詞を含む文(〜できる、〜しなければならないなど)や現在完了形、受動態の文の場合は、助動詞が二番目、本動詞(または過去分詞)が文末という語順になります。

ドイツ語では、主語を一番に置くというルールはないので、しばしば「いつ」にあたる内容が文頭に置かれます。

例 Gestern hat er Sushi gegessen. 昨日かれは寿司を食べた。

       Am Samstag muss er früh aufstehen. 土曜日に彼は早く起きなければならない。

練習問題でも、「明日〜しますという文を、morgen(明日に)を文頭にして書く」という練習がありますが、学生がやりがちなのは、Morgen, ich will ins Kino gehen.   のようにmorgenのあとにコンマをうって、ich willとつづける書き方です。正しくは、Morgen will ich ins Kino gehenとなります。ここでも、英語の癖で、動詞や助動詞が主語より前になるという書き方が嫌なのでしょう。

また、助動詞を含む文の場合は、Ich kann sprechen Englisch(正しくはIch kann Englisch sprechen)のように、助動詞のすぐ後に本動詞をくっつけてしまう例をよく見ます。助動詞が二番目、本動詞や過去分詞が文末におかれて「枠構造」を作る、というのが基本なのですが、どうしても英語のルールにとらわれてしまうようです。

 

4)前置詞

ドイツ語文法でもけっこう難しいのが、前置詞です。

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空間的な位置(上に、下に、間になど)については、教科書にある図などを使ってすぐに理解してもらえるのですが、特に難しいのが行き先の表現です。

つまり日本語だと「郵便局へ行きます」、「駅へ行きます」、「東京へ行きます」、「叔父の家へ行きます」と、大抵の場合「〜へまたは〜に」で済むし、英語でもtoが多用されると思うのですが、ドイツ語だと行く先の性質によって何種類かの前置詞を使い分けることになります。

・具体的な地名(東京、フランクフルト、難波など)の場合はnach

・海や川はan

・建物のなか、建物に入って何かすることが前提となる場所(映画館、図書館、郵便局、銀行など)はin

・公的な場所、人の家など(公園、駅、〜のところ、パーティーなど)はzu

・公共の建物類はaufを使うこともあります。

テストではできるかぎり解答を一つに絞りたいので、「私は今日図書館へ行きます」(in die Bibliothek)や「日曜日は海に行きます」(ans Meer)のような問題を出しますが、zuを使って答える学生がよくいます。やはり英語のtoと似ているzuを使うほうが安心だと思ってしまうのでしょう。

 

まとめ

以上、ごくごく初歩の段階で見られる、英語からの干渉について考えてみました。おそらく学習者のレベルが上がれば、もっと別の形で英語からの影響が現れてくるでしょう。

毎回テストの採点をするたび、英文法の知識が悪い方向にドイツ語の学習に影響していることを感じていました。今回記事にまとめようと思ったのは、実は私自身が、英語を仕事に使えるレベル(発表とか論文とか)まで勉強し直そうと思っていて、話したり書いたりするさいに、自分の英語がかなりドイツ語に侵食されていると感じたからでした。

そんな状況で学生たちの答案を見ていると、これまでドイツ語を教えながら、それほど英語との違いに気を配っていなかったことに気づかされました。自分自身が英語を勉強し直すとともに、学生たちの英語の知識をどうやってドイツ語の学習に生かしていくか(英語に邪魔されないようにするにはどうしたらいいか)を考えていきたいです。