ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

新しくなったテレビと気散じ状態での視聴について

引っ越しに伴い、古い家電をいくつか買い換えた 

この一週間は、妻が海外出張で不在だったのですが、とくに羽を伸ばして何かするわけでもなく、毎日仕事をして、夜は新居の片付けばかりして過ごしておりました。

今回の引っ越しに際し、古い家電をいくつか買い替えました。

1)掃除機

2)洗濯機

3)テレビとスピーカー

どれも京都時代から使っていたので10年近く経っています。買い替えるにはちょうどいいタイミングかもしれません。掃除機や洗濯機については改めて別の記事にまとめますが、今回は、3つ目のテレビについて書きます。

 

これまではテレビを日常的に見る習慣がなかった

西宮の家に引っ越して4年間は、好きなドラマや高校野球など、ごく限られた時間しかテレビを見ませんでした。朝起きたらニュースを見る、朝ドラを見るといった視聴の仕方をまったくしていませんでした。これはべつにテレビが嫌いだからというわけではなく、テレビを起動するまでの部屋の動線に問題があったからです。

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西宮のマンション、リビングの見取り図。また手描きです。

テレビの前には、ボーズの小さいスピーカーを置いていました。

 この形の少し古いモデルです。リモコンがないので、毎回テレビの前まで行ってボタンを押し、それからテレビのリモコンでテレビを起動しないといけませんでした。このめんどくささがいやで、なんとなくテレビは見なくてもいいやと思うようになりました。

 

49インチのテレビに買い換える

リビングが1.5倍くらい広くなり、テレビをだいぶ遠くから見ることになるので、もう少し大きいものに買い替える必要があると気づきました。もともと西宮で使っていたテレビは、右京区時代に、6畳ほどの狭いリビングでソファに座って1.5mくらいの距離で見ることを想定して、割と小さめのものを選んでいたのでした。

今回の引越しで、テレビとともに、スピーカーも新しくすることになり、テレビのリモコンと連動させて操作できるようになりました。セッティングには時間がかかりましたが、現在ではテレビのリモコンだけで、スピーカーとブルーレイレコーダーを起動・操作しています。 

テレビを見るには集中力が必要なのかもしれない

職場までの通勤時間が30分程度短縮されたので、朝ドラも見られるようになりました。また、ちょうど引っ越し当初は開催中のワールドカップやウィンブルドンのテニスも大きな画面で楽しむことができました。

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しかし、サッカーにせよ、朝ドラにせよ、ある程度ちゃんと見ていないと内容が頭に入ってきません。たしかにサッカーもテニスも、一試合に時間がかかるので、半ば眠りながらぼんやり見ているという楽しみ方はだれもがしていることでしょう。しかし、気がつくと点が入っていたり、勝負がついていたりして、じつはあまり楽しめません。朝ドラも同様で、たかが15分とはいえ、ちゃんと見ていないと誰が何をしてるのかちっとも理解できません。

今回ひさしぶりに毎日のようにテレビを見るようになって、テレビを見るのって、じつはある程度集中していないといけないのかもしれないと気づきました。そして私自身がこういう集中したテレビ視聴が煩わしいと感じていることに気づきました。私の本音としては、もっとリラックスした気分で、テレビを見ていたいのです。

そんなことを考えながら、先日の講義でとりあげたヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」のことを思い出しました。ベンヤミンは、20世紀初頭のテクノロジーが進化し、芸術の意味が変わっていく時代に、大衆がリラックスした状態で映画を見るということに着目したのです。

 

ベンヤミンの論文「複製技術時代の芸術作品」

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ベンヤミンはこの論文のなかで、写真や映画が登場することで、人々の芸術への態度が大きく変わったことを論じています。

1つ目の変化は、写真や映画は複製可能であるということです。それまでの芸術作品、たとえば教会の祭壇に掲げられた宗教画や、美術館に収められた名作などは、ごく限られた機会、限られた人間しか見ることができないという、特別なものでした。この特別さを、ベンヤミンアウラ(オーラ)と呼び、複製技術が実用化された世界においては、芸術がまとっているアウラが失われていくと述べたのです。

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*学生に配布したテクストは山口裕之先生訳の『ベンヤミン・アンソロジー』所収のものを使用しました。

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)

 

 上のスライドはこの本の改題を参考に内容をまとめました。

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もう一つの変化は、複製技術である写真よりさらに進化した映画は、人々の感覚や芸術需要の方法を変えていくというのです。すなわち、映画が動く絵を見せるという点です。この論点は現代に生きる私たちにはちょっと理解しづらいのですが、写真が普及し始めた時代、人々にとってショックだったのは、写真には人間が感知できないものが映り込むということでした。人や馬の動きをたくさんのカメラで連続して撮ることで、これまでの理解を超えた動きの存在を知ることができたのです。たくさんの写真を一定のペースで動かすことで映画やアニメーションの動きが作られるわけですが、この一コマ一コマの画が、無意識のうちに人間の知覚へと入り込むことになります。 無意識のうちに、たくさんのビジュアルがさらに音や動きとともに見ている人間の脳内に入り込んでくることによって、映画はこれまでの芸術とはちがった作用をもたらすのです。

ベンヤミンは、大衆化し、大勢によって一斉に見られる映画という芸術においては、これまでの芸術と異なり、気散じ(Zerstreuung)した状態で受容されると述べています。つまり、絵画や文学作品のような集中力や知識をもたない人間でも、リラックスしているうちに、映画を楽しみ、映画に入り込むことができると考えたのです。このように大衆が同時に、そして気散じ状態でも楽しめる芸術には、政治的・社会的な変革へと生かす可能性があるだろうというのが、ベンヤミンのこの論文の主旨です。

 授業では、「複製技術時代の芸術作品」後半部分を読ませ、ベンヤミンは映画の特徴をどう考えていたか、そして現代の芸術はベンヤミンの時代とどのように違うかを論じさせました。

学生たちの答えはそれぞれ興味深いものでしたが、少し問い方として難しかったかもしれません。しかし、やはり映画が登場し始めたベンヤミンの時代と現代とでは、当然私たちの芸術との関わり方は大きく変化しているでしょう。

この辺で話を戻しますが、要は私たちは100年くらい前に映画を見ていた人たちよりももっともっと気散じした状態で、芸術や娯楽を受容しているのではないかと私は思っています。

 

テレビ番組よりYouTube

先ほども書いたように、テレビを見るという、気散じ状態でもできるはずのことすらできなくなりつつあると気づいた私は、新しいテレビでもっぱらYouTubeを見ています。

iPadiPhoneからは、YouTubeアプリで開いた動画を、そのままテレビで視聴することができます。(Macからだと、AppleTVがないとできない?みたいですね)

この機能が非常に便利で、ミュージックビデオやまんが日本昔ばなしなどを、ソファに座ってのんびりしながら見ています。

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YouTube動画のいいところは、基本的に一本が短いというところ。そして、一時停止や巻き戻し(というより自分が見たいところを何度でも見られるということ)が可能であるという点です。

 

現代における気散じと娯楽

ベンヤミンは映画が気が散った状態でも受容できる芸術として、大衆社会において大きな可能性を持っていることを論じました。私は先ほども書いたように、現在はよりいっそう気散じ状態における受容が当たり前になっている世の中だと思っています。

私がだらだらしながらYouTubeの動画ばかりみるようになったのはその一つの例です。さらには、娯楽自体のあり方も変わってきているかもしれません。スポーツ観戦は「いま・ここ」にいなくても視聴可能性がいくらでもあるし、たとえその場にいても、大型スクリーンで拡大されたプレイバック映像などで、見逃した場面を見ることが可能です。また、カードゲーム、ボードゲームなどもコンピュータでリセット可能。若者が麻雀をやらなくなったというのも同じことでしょう。大人数で集中して役を揃え、計算するよりも、スマホゲームの方がずっと気楽で、他のことと並行してできるからです。

この話題は非常に興味深いので、来年度の授業では、ベンヤミンの文章を解説するだけでなく、現代における芸術や娯楽の変容についても考えてもらうように、内容を変えていこうかと思いました。

 

まんが日本昔ばなしおすすめの動画

最後に、この2週間くらいで見た、「まんが日本昔ばなし」のなかで面白かった動画をいくつか紹介しておきます。子供時代に見てトラウマになった作品をまた改めて見る、子供さんにも見せる、なんていう楽しみ方もいいでしょう。

牛池 ブラック労働の悲しい話

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とうせん坊 BGMからもう怖い

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茸の化け なんていうか不思議な話

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吉作落とし 現実にありそうな怖さ

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十六人谷 これですよこれ!トラウマ昔ばなしの決定版

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