まだまだ先のことになるでしょうが、ドイツ語の参考書(大学教科書ではなく、一般向けの入門書)を書けたらいいなあと思っています。やる夫やらない夫を使う教科書ではなく、ふつうに本屋さんで売っているような本を作るとしたら、どんな形が考えられるでしょう。大学で授業を担当するようになってから、一般向けの学習参考書も多数買って手元に持っています。今回は自分自身のアイディアを整理するためにも、これらの本から何冊かを読みながら、内容を紹介します。
参考書の種類もいろいろある
紀伊国屋やジュンク堂などの大型書店には、英語の教材と並んで「その他の外国語」として、フランス語・ドイツ語・中国語・韓国語、さらにもっとマイナーな諸言語のテキストが並んでいます。パッと見て一番数が多いのは、フランス語でしょう。大学では昨今人気が凋落の一途を辿っているフランス語ですが、習い事あるいは趣味としては、いまだ高い人気を誇っています。
その次に種類が多いドイツ語ですが、一言で参考書といっても、いろいろなタイプがあります。大きく分けるとこのようになるでしょうか。
1初学者向け総合教材(やさしいドイツ語入門、初心者からのドイツ語会話みたいなタイトルのもの)
2文法のまとめや解説
3会話、リスニング、作文など、目的別
4専門的な学習者向け(院試、独検など)
以下、それぞれのジャンルで私が気に入って使ってきた本や、持っている本を紹介していきます。
1)初学者向け総合教材
このジャンルだと、やはり一番売れていて、大学のドイツ語教員からの評価も高いのは、エクスプレスドイツ語ではないでしょうか。
白水社のエクスプレスシリーズは、もう数十年前から多くの言語が出版されています。会話文、単語や文法事項の確認、まとめの練習問題、という流れで文法事項を大まかに学ぶおなじみのスタイルです。(このおなじみのスタイルは、いつ頃始まったのでしょうね?英語教材などの歴史を参照すればわかりそうですが)
エクスプレスドイツ語が優れているのは、ドイツ語において多くの場合挫折ポイントとなってしまう、格変化や動詞の変化など難しい文法事項をうまく散らして、少しずつ学べるように配置しているところです。
10年ほど前、私が民間の語学講師派遣会社で仕事をしていた時に、指定教材として採用されたのが、出たばかりの新版のエクスプレスでした。数ページ使ってみて、優れていることがわかりました。著者の太田達也先生は、ドイツ語教授法では非常によく知られた先生で、他にも多くの一般向けの参考書を出されています。
清野智昭先生の『ドイツ語のしくみ』は、初学者向けの学習書とは少し違うのかもしれませんが、全くの初心者でも、ドイツ語の特徴や概要を楽しみながら知ることができる好著です。この本は大学で教え始めた頃に買いましたが、授業で文法事項を説明する際に非常に参考になりました。名詞の性がどのように決められるか、定冠詞と不定冠詞の違いとは、格とは何か、例えばこういった問題について、わかりやすく解説されています。
2)文法のまとめや解説
これは初学者向けというよりは、大学などである程度学んだ学習者が使うものでしょう。大学であるいは趣味で読んでいるテクストなどが分からない時に、文例を調べたり、文法事項の定義を調べたりするのに使うのが、文法書です。
この本は、おそらくドイツ語を専門的に学ぶ学生であれば、だれもが一度は使ったことがあるというくらいよく知られる一冊です。私も大学入学時に購入し、学部生の頃は、購読の授業前には、「総まとめ持ってきた?」とか「この文よくわかんないけど、総まとめのどこ見たらわかる?」などと友人と相談しながら、毎回フル活用していました。活字が小さく、文字が詰まっているので見づらいところもありますが、初級文法を網羅的に解説しているので、非常に便利です。
「ドイツ文法総まとめ」と同様に、教科書に出てくる文法事項を整理しているのがこちらの本です。「総まとめ」に比べると調べやすいので、最近自分の授業の予習で使うのは、主にこちらです。
最近出版されたこちらの本は、上記の文法書と同様に、初級から中級まで、さまざまな文法事項を豊富な文例と解説で紹介しています。かなり分厚いので初学者向けというよりは、一度ドイツ語の初歩を学んだ人向けと言えるでしょう。数の表現の項目で、計算をどう言うかが載っていたので、そのうち授業で紹介しようと思いました。
この種の本のなかでも、大学院などで勉強する人が使うのが、こちらの本です。橋本大文法などと呼ばれています。やや古い本ですが、さまざまな文例が掲載されているので、大学院の授業のときなどに使いました。最近はあまり開く機会はありません。
3)大学院入試向け
上記の文法書などと並んで、学部時代に私が使っていたのが、独文解釈の参考書や問題集でした。最近はどう言う本がでているのか、傾向を抑えていないのでわかりませんが、20年くらい前だと、この辺の本がありました。
母校の先生に院試を受けることを伝えると、まず勧められたのがこの本でした。初級文法を解説しながら、さまざまな例文で、実際にどのように使用されるのかが学べるようになっています。出てくる文例がかなり高度なので、大学院受験向きということなのでしょう。ショーペンハウアー、トーマス・マン、ニーチェなどの文章をこの本でたくさん読みました。単に難しいだけでなく、含蓄のある、覚えておきたい名文などもあり、気に入った文章はノートに写したりしていました。
4)目的別の参考書
大学で教え始めた頃、会話やリスニング、作文などをどのように教えるのかがよくわかりませんでした。それはもちろん、私がそういった勉強を大学院を出るまでにあまりやってこなかったからでした。そこで、市販の参考書を集めて、いろいろ読んでみました。
リスニング、発音
発音および聞き取りについては、こちらの教材が役に立ちました。ドイツ語の発音は、自分自身なんとなくで覚えていた部分もあったので、わかりやすく教える方法がよくわかりました。
二年生以上のクラスでドイツ語を教える際に、読み物のテキストだけではたいくつなのでリスニングを取り入れたことがありましたが、この教材は、簡単な問題から応用的な問題まで多くの教材が入っているので、授業でも役立ちました。
作文
私が学生時代に作文の練習に使ったのは、この本でした。難しい表現を覚えるのではなく、簡単なすでによく知っている動詞を使って作文をしよう、という本です。ひととおりやってみると、基本的な動詞の意味や使い分けがよくわかります。
この本では、前半で基礎的な文法、重要な表現の練習をして、後半では、3段階の問題練習をするという形式になっています。3段階の練習を通じて、基本的な動詞や構文だけで書ける文から、複雑な文章まで内容を膨らませて書く練習ができます。
手紙
これは自分でドイツ語のメールや手紙を書く際に使っています。ドイツに長期滞在していれば、ドイツ語メールを書く機会は多いのでしょうが、京都にこもって勉強してきた私は、このへんの経験がぜんぜんありませんでした。そこで今更勉強しています。
番外編:大学教科書もいろいろ
ここまでは、一般に売っている本をとりあげてきました。私は普段大学で教えているので、一般書ではなく、大学の教科書を使って授業をやっています。勤務校では専任教員が話し合って、統一の教科書を何種類か選ぶので、あまり難しすぎるものや突飛なものを選ぶことはできません。しかし、出版社から送られてくるサンプルなどを見ると、この教科書で一体どんな授業ができるのか?こんな難しい教科書を学生がちゃんと理解できるのか?と心配になるものも多々あります。
私が初めて京大で非常勤講師として教えた年に使ったのがこちらの教科書でした。著者は非常に有名なドイツ語学者だし、パッと開くと解説がぎっしり並んでいて、これだけ内容が豊かならば、こちらがあれこれ話す内容を用意するのに困ることはないだろうと思ったのでした。しかし実際に使ってみると、文法事項の解説が難しくて理解できず、うまく説明するのに手間取ったり、練習問題があまりに高度で、学生ができないだけでなく、私自身も正解が分からない(模範解答が付属していなかった)といったこともありました。この経験から、学生の学力が高いからといって、むやみに難しいテキストを選ぶのは危険だということを理解しました。
京大で教えておられる斎藤治之先生が書かれたこの教科書ですが、先にあげた岩崎先生の本と同様、ボリュームたっぷりの内容です。この本もまた、練習問題がかなり高度です。さらに驚くのは、巻末にはAnhang(補遺)として、文法事項の解説が小さな文字で数十ページにわたってつけられています。ここでは「時制と相アスペクトとの関連において」、「分詞による分析的動詞形式」、「再帰動詞と中動態」といった、言語学専攻の学生あるいは教員じゃないとぜったいに読まなそうな文法的な知識が紹介されています。著者の熱意が溢れる好著ですが、深く考えずに選んでしまった教員は大変な目にあったことでしょう。
番外編2)古い参考書も非常に勉強になる
現在市販されている本だけでなく、ずっと昔に出た本にも、多くの名著があります。ドイツ語は明治期から日本の大学で教えられ、私たちが大学に入る前の時代には、ドイツ語を学び、ドイツ語の資料を用いて勉強をする学生が多数いたので、おそらく今よりもずっとドイツ語参考書業界も活況を呈していたことでしょう。
古い参考書として、ドイツ語学習者に人気なのが、関口存男の一連の著作です。中でも私が気に入っているのが、『独作文教程』です。
戦前から多くのドイツ語学習者に読まれてきた本です。私が持っている版は、戦後に改定したものだと思いますが、例文は昭和初期の空気を感じさせるものも多数含まれていて、たいへん味わい深いです。
以下、気になった例文です。
- 土人達は、適当な陶器や硝子器が無いので、缶詰の空き缶を椀代わりに用いる
- 装甲自動車には、軽装甲車、重装甲車の二種がある。前者は主として偵察の目的に用いられ、校舎は、無限軌道を有し、困難なる地形を克服するがゆえに、これが元来の戦闘用なのである。
- 今日刑事がやつて来て、君のことを訊ねたぜ。
- おまへ、そんな事を書いてゐるとそのうちに刑務所行きになるよ。
- 砲弾が命中すると掩蔽壕が鳴動してミシミシと云ふ。
- 大抵の学生はドイツ語を習ひ初める時は非常に熱心だが、一学期も経つと恬然として授業を怠け始める。
これをドイツ語で作文するというのは、かなり難しそうです。非常にレベルの高い教材ですね。