結局大阪万博には行かなかった
大阪万博には最初から良い印象がなかったのでどうせ失敗するだろうと思っていました。そしてどのように失敗しようとも、「公式的には大成功だった」で終わることもわかっていました。
実際に行ってみて楽しかった話はたくさん聞きました。しかし私はどうしても、家からほんの数キロしか離れていないところへ暑い中わざわざ出かけて数時間行列に並ぶということに耐えられそうになかったので、最後まで行かずに終わりました。
近所に住んでいる者として、夢洲の万博会場で工事が始まる前から、最終日の花火までずっと万博は身近にありました。ときには自転車で出かけ、ときにはベランダから眺めると行った具合に、この一年をつうじて万博の様子を見守ってきました。
今回は、一度も中に入らなかった私にとっての大阪万博を振り返ります。
夢洲は何も無い島
夢洲は地下鉄ができるまでは、車でしか上陸できない場所でした。歩道も備えたりっぱな夢舞大橋があったものの、完成当初から一度も歩道は使われておらず昨年までは草木に覆われていて、なかば自然に還りかけていました(その当時の写真を撮っていなくて後悔しました)。

舞洲から見た夢舞大橋と夢洲
夢洲には行けないし、行っても何もできないので、ふだんは対岸の舞洲に出かけていました。自転車で淀川を下って舞洲を一周すると往復でちょうど30kmほどの距離なので、休日の朝練などにちょうどいいコースとしてよく出かけていたのでした。

2021年11月、まだ万博の工事は始まっていませんでした。
2024年、着々と工事は進む
その後も定期的に舞洲へ自転車で出かけて写真を撮っていました。
スマホの望遠レンズを対岸へ向けると、少しずつ万博の建造物ができあがっていく様子が見えました。↓24年9月末、エモンダのカーボンハンドルを交換したとき。


同日。リングの形がはっきりと見えています。
2025年2月初旬、市内にミャクミャク像が現れる
妻と中之島を散歩していると、中之島美術館となりの関電ビルディング前にミャクミャク像を見つけました。2024年秋ごろから赤青白の大阪万博カラーに塗られていた関電ビルですが、いつの間にかミャクミャク像も出現していました。当時はこんな気持ち悪いもの、誰が喜ぶのかと違和感しかありませんでした。

ミャクミャク像と妻のミャクミャク顔
2025年2月末、開幕直前の夢洲を眺める
先述のように、夢舞大橋は長い間草木に覆われて自転車や歩行者が通行することはできませんでした。2025年1月末ごろに歩道が開通したため、2月には開幕直前のようすを見に出かけました。

寒く、風が強い夕方にミニベロで出かけました。いつも下から眺めていた橋をようやくわたることが出来てちょっと感動していました。

パビリオンの工事は遅れが目立つと報道されていましたが、大きなクレーンなどはもうなくなっていました。

多くの観光客が橋を渡っていました。おそらく地下鉄で夢洲に着いて、そこから歩いて橋を越え、バスで市内に戻る人たち(あるいは逆のルート)がいました。万博会場前はまだ人が近づける状況ではなかったのでここで引き返しました。
2025年4月、開幕直後の会場を見に行く

整備された淀川左岸の自転車道を通って、開幕直後の会場へ向かいました。

夢舞大橋は押して歩きました。

会場前の様子も見たいと思ったのですが、どこへいっても警備員が予約無しなら入れないと止めるので、うんざりしてすぐに引き返しました。周囲には私と同様、とりあえず冷やかしに来たサイクリストおじさんがたくさんいました。
2025年5月、きれいになった地下鉄に乗る
ふだん千日前線と近鉄線、そして京阪中之島線くらいしか電車に乗らない生活をしていたので、万博のために大阪の電車がどう変化したのかを実感する機会はありませんでした。
5月初頭に谷町6丁目に出かける用事があり、久しぶりに地下鉄に載りました。
中央線と谷町線の乗換駅は、万博来場者に対応するため案内表示がそこらじゅうに掲示してあるし、それまでは薄汚れて昭和感の強かった中央線も、薄皮一枚張り替えたようにきれいに整備されているのを見ました。


2025年5月末、自宅から花火が見える
万博会場で花火をやっている、というのはときどき聞こえる爆発音で気づいていました。しかしいつもほんの数分で終わってしまうので写真は撮れていませんでした。
ちょうど5月末ごろにパナソニックのフルサイズミラーレスカメラS5IIxを買っていたので、花火の音が聞こえた直後、200ミリの望遠レンズをつけてベランダに飛び出し、夢中で撮ったのがこの写真でした。


Pオートで撮影したので光の軌跡や花火の広がりまでは撮れていません。
2025年8月、再度自宅から万博会場の花火を撮る
自宅から万博までは直線距離で10kmくらい離れているので、肉眼ではごく小さくしか見えません。しかし一眼レフの望遠レンズを使えば、かなり大きく花火を撮ることができます。今回は、猫専用カメラとして活躍しているパナソニックGH7を使いました。

2025年10月、最終日の花火を本気で撮る
暑い夏が終わろうとする10月半ば、万博もいよいよ終幕となりました。
最後の最後まで、外から眺めるだけでした。
最後の3日間は毎日夕方に花火が上がるということを知って、10月12日と最終の13日はしっかり見届けようと事前に準備をして臨みました。
10月12日、手持ち撮影の限界に挑む



開始と同時にGH7とともにベランダに飛び出し、物干し竿にレンズを載せて手持ちで撮影しました。シャッターは50分の1秒くらいですが、手ブレも少なくきれいに撮れました。
10月13日、ベランダに三脚を立て、万博の最後を見届ける

前日の手持ち撮影で、およその画角は把握できていたので、事前に三脚を立て、ズームレンズで画角を決めました。

花火が上がるまで、ビールを飲みながら待ちました。この写真ではどこが万博会場かまったくわかりませんが、実際の距離感はこれくらい離れているのです。




淀川花火大会などに比べればごく短い時間でしたが、夢中で撮りました。今回はスマホをリモコンにしてシャッターを切ったので美しい光の軌跡が収められました。
2025年11月、また誰もいない夢洲に戻った
youtubeを見ていると、夢洲駅の閑散とした現状を伝える動画がいくつも公開されています。万博は終わり、ふたたび夢洲はほとんど人のいない島に戻りました。

舞洲からは解体工事、あるいはあらたな開発工事が進んでいる様子が見えます。

おびただしい数のクレーンが稼働しています。これからこの島はどうなっていくのでしょう。
私の行かずに眺めた万博は、これで終了です。