読書ノートをちゃんと書いていなかった
私は小さな頃から文学少年だったというわけでもないのですが、大学生以降毎日さまざまな本を読んできましたし、本を読んで考えたことを書くのが中心となる仕事をしています。
しかし、これまであまり読んだ本について記録を残すことはありませんでした。正確には、学部から修士ごろには、買った本とその日に読んだ本について、スケジュール手帳に数行のメモを残していました。しかし大学院生になると、研究に必要な本(あるいは論文)を毎日複数読まなければならないし、長編小説などは同時並行で読んでいるうちに何年も中断してしまうことも増えました。それで、研究に必要な本についてはメモ帳やWordなどでメモを取り、必要な部分を抜き出して翻訳するなどして、論文の材料にしてきました。
最近ではGoodnotesを使って、テーマごとに研究メモのノートを作っています。
今回考えている読書ノートというのは、こういう研究のためのメモや引用ではなく、とくに目的なく読んだ本について記録するノートのことです。
なぜ読書ノートを書かなかったのか
学部生のころにスケジュール手帳に書いていたものも確かに一つの読書ノートといえるのですが、研究に熱中するうちにめんどうになって書くのをやめてしまいました。
その後論文の書き方や読書論などを読むうちに、やはりノートに書くべきなのかと思ったことも当然あります。それでもやっぱりやめとこうと思った理由を以下に挙げます。
紙のノートのデメリット
紛失の危険性
私はしばしば持ち歩くものを家に置き忘れたり職場に忘れたりします。自分の不注意は嫌というほど分かっているので、日ごろからかばんの決まった場所に物をしまうように心がけているし、なるべく紙ではなくクラウドで使えるデータに頼るようになりました。
同時に複数の本を読むとき不便?
研究者の中でも本を読み始めたらとりあえず最後まで読む(読了)人がいます。私はよほど熱中した本でもないかぎり、最初から最後まで読むことはないし、部分的に同時進行で読んでいる本がたくさんあります。そういう読み方をしていると読書ノートは書きにくいのではないかと思っていました。
紙がとじられているのが不便
研究の際に気づいたことはGoodnotesにメモするか、またはロディアのメモ帳に書きます。
ロディアは切り取り線が入ったメモ帳なので、切り取って机に無造作に並べています。とうぜん散逸してしまうので、ときどき書いたメモを取捨選択して箱などにしまいます。何枚も紙が閉じられた本よりもこういう方法のほうが手軽ではないかと思ってけっこう前から実践してきました。
学部生から修士課程のころはメモ帳ではなくルーズリーフを愛用していて、これも同じように思いついたことを次々書き散らして使っていました。
なぜ読書ノートが必要なのか
それでもなぜ読書ノートを書こうと思ったのか、今度はノートのメリットとして考えたことを挙げてみます。
授業で文学作品を取り上げる時に気づいたのですが、文章で小説の登場人物やできごとを説明するだけではなく、名前を列挙してその関係やできごとを図式化したほうが、ずっと内容を整理できるし、分かりやすさも増します(というか図式化しないと学生に伝わりません)。
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を読んだ
今回、ノートを書こう!と強く決意したきっかけが、この本を読み始めたことでした。
最新の鴻巣友季子さんの翻訳が話題になっていたし、多くの人がSNSに感想を書いていたので、私もこの機会にウルフの代表作を読んでみようと思ったのでした。
分かりにくくて冒頭50ページを10回読み直す
しかし、とにかくわかりにくくてなかなか読み進められませんでした。ほんとうにこんな難しい本をみんなが読んで絶賛しているのだろうか? こんなについていけない自分はバカなんじゃないのか?と思えてくるほどぜんぜん理解できませんでした。
何より登場人物の関係がよくわからず、冒頭50ページを10回くらい読み直しました。
数回読み直すうち、わかってることとわかってないことをメモすればいいのだと気がつきました。読みながら登場する人物について、逐一メモを残していきます。
ラムジー氏:哲学者、ラムジー夫人:主人公、夫婦の間には8人の子ども(ローズ、プルー、アンドルー…)
チャールズ・タンズリー、ウィリアム・バンクス、リリー・ブリスコウなどなど。
それぞれ出てきた人物について言われたこと、印象に残ったことなどを書き留めていくと、だんだん人物どうしの関係が見えてきて、話についていけるようになりました。
ノートにメモを取ることでより主体的に読書ができる
第一部の最初の方ばかり何度も読み直していた『灯台へ』ですが、ノートに書き込みながら読むことで、だんだん面白さがよく分かるようになり、その後は一週間くらいで最後まで読み通すことができました。
この作品は、主人公のラムジー夫人を中心に、そこにいる人々についての、夫人の考えていることが次々と自由連想のように描写され、またその場にいる人物たちの思考も同様に描写されます。さらに思考の語り手が次々と入れ替わり、浮遊するように文章が繋がってゆき、徐々に物語の動きが見えてくるという構造になっています。
ちょうどヴェンダースの『ベルリン天使の詩』の最初の方で、目に見えない姿になって人間界を浮遊する天使たちが、ベルリン市民たちのさまざまな生活を眺め、人々のモノローグが語られる場面を思い出しました。
これは確かに多くの人が絶賛する優れた作品だし、現代において読まれる価値があると実感しました。
ノートには人物についての情報だけでなく、おこった出来事や文章や内容上で気になった点などもメモしていきます。すると読み進めたときに、以前の出来事とどのようにつながっているのか確認できるし、また最初はわからなかったことも、話が進むにつれてわかるようになるわけです。
ウルフの『灯台へ』を最後まで読み通してみて、非常に充実した読書体験ができたように感じました。
ものすごく当たり前のことに今ごろ気づきましたが、やはりノートにメモを書き留めながら読むことで、目で文字を追うだけではそのまま流れてしまう自分の思考に立ち止まり、文字通り本と対話するように読書をすることができるのだなと分かりました。
ノートに書くべきこと、そしてめんどくさくなく書き続けるためのルール
読書ノートをはじめるにあたって、以前から気に入っていたライフのノーブルノートを購入しました。
ページ数が多いし、紙質がとてもいい(ボールペンや鉛筆、万年筆など筆記具を選びません)のでこのノートを選びました。
大きすぎず小さすぎないB6サイズにしました。
ノートの最初のページには、自分なりの方針をまとめました。
・一ページずつ、片面に記入し、裏面は加筆時に使用する。
・最初の行に日付、タイトル、番号を記入する(同じ本について別の日に書くときに連番になっていると分かりやすいから)。
一ページずつ書く、というのは、本を読み始めて中断してしまって、別の本を読み始めるということがよくあるので、とりあえず自分が読んでいる本についてそれぞれ一ページずつ書けばいいということです。私のノートでも、最初に『灯台へ』第一部までのメモ、次のページには自分の研究のために読んでいる、ヘレンバッハの小説『メロンタ島』についてのメモ、三ページ目には先月から書評の原稿を書いていた研究書についてのメモ、という具合にどんどん違う本についてメモをとっています。そして『灯台へ』第二部以降の感想は、また別のページに書けばいいわけです。
この方法ならめんどくさがらずに読書ノートを書くことが習慣づけられるかなと思いました。とりあえずしばらく続けてみます。