ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

髪がふさふさになる

45歳、もう禿げるしかないのか?

男性がハゲを気にする、ハゲを馬鹿にされるというのは、昔からのことです。ところがじっさい自分が40代になってみると、昔ほど男性のハゲや老化を揶揄される機会はないように感じます。それはもちろん、人の外見を笑いものにするべきでないという美徳が一般的になってきたからであって、かつて苦しい思いをした人びとが、戦って勝ち得た結果に、私はただ乗りしているだけなのかもしれません。

ハゲはそれほど気にされなくなり、ハゲ人は生きやすくなったのですが、他人が優しくしてくれたところで、自分自身が禿げているという事実は変わりません。

ハゲ人にもいろいろな体質の違いがあります。私は、子供の頃から髪の毛が少なく、やわらかく、赤ちゃんや幼児のふわふわ髪のまま育ったような髪質です。小学校中学年から中学生までは、ずっと短髪でしたが、高校生になって、髪を伸ばし始めたころに、自分はまわりの友人たちとは違うのだとはじめて気づいたのでした。友人たちのように整髪料でまとめたり立たせたりといった髪型が、どれもこれも作れなかったのです。このころ薄毛であることを自覚し、禿げるべき運命を悟ったのでした。

それでも大学生ごろまでは、髪を伸ばしていました。浪人生のころは、顎の下くらいまでの長髪でしたし、大学に入ってからも耳が半分隠れるくらいの長さがふつうでした。

(↓二十歳のころ。無造作に伸ばしていました)

schlossbaerental.hatenablog.com

30歳あたりから、去年までずっとベリーショートで通してきたので、あまりハゲが進行するプロセスを自覚してはいませんでした。なんとなくいつも髪が少なくて、なんとなくよりいっそうハゲつつあるのかな、とときどき思う程度でした。

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2010年末、パリにて。顔は若いが頭はすでに薄い。

もう40代半ばなのだし、このまま禿げていくのだ、つるつるになっていくのだ、そう思っていました。

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昨年10月末ごろ。ブルーちゃんはふさふさだが、私は禿げている。

そんな私にとっての大きな転機は、コロナ禍でのオンライン授業でした。

 

オンライン授業で自己の外見を客観視する

コロナ禍でのオンライン授業やオンライン会議は、多くの人にとって、自己の見た目や画面に映る自己を客観視する機会となったことでしょう。

多くの大学教員から、授業動画を作る際に、自分の声を聞き直すのが苦痛で、作業がなかなか進まないという声がしばしば聞かれました。これは私にはよくわかりませんでした。というのも子供の頃から、声については誉められたことしかなかったからです。

代わりに私にとって気になったのは頭髪でした。語学という科目の性質上、板書や教科書を読むためにiPadの画面にかがみ込むとき、前頭部がはっきりと映ってしまいます。(昨年は正面から一眼レフで自分を撮影し、同時にiPad上で板書をして、それを合成して授業動画にしていました。詳しくはこちら

正面から鏡で見るよりも、はるかに薄くなった髪を目の当たりにして、少し驚きました。

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昨年10月ごろの授業動画。おでこのうえ左側に無毛地帯が広がっています。

薬で生えるかもしれない

考えてみれば、以前にもシャンプーやヘアトニックで育毛できるかもと考えたことがありました。ちょうど銀閣寺のアパートに引っ越した頃(31歳)、ネットでみつけた「沖縄黒なまこ石鹸」を買って、しばらく頭を洗ってみました。亀の水槽のような、クセのあるにおいを我慢しながら使いましたが、発毛効果はとくにありませんでした。

それ以来あまりお金をかけた発毛のための努力はしてきませんでしたが、たまたま見ていたYouTubeチャンネルで、50代くらいの配信者さんが、しばらくやめていた薬を再開したら髪がふさふさに戻ったという話をしていました。たしかにスカスカだった前髪がふさふさになっています。本当に効果があるならやってみようかな、と軽い気持ちで私も飲んでみることにしました。

私が選んだのは、フィナロイドとミノキシジルのタブレットです。一ヶ月分で数千円なので、効果がないなら(あるいは副作用があれば)すぐやめればいいやと割り切って、ネットで注文しました。

 

徐々に前髪が充実してくる

薬の服用をはじめたのは2月くらいでした。私はじつはサプリメントが苦手で、これまでなんどか妻が勧めてくれたサプリを飲んで、腹痛をおこしたり、嘔吐したこともありました。今回も副作用が強く現れることを危惧していましたが、今のところ不快さや危険な副作用はとくにありません。

効果が現れるのに、それなりの期間が必要(数週間から半年くらい)ですが、だいたい一ヶ月くらいで、妻から前頭部が黒っぽくなってきたことを指摘されました。

私は一ヶ月半に一回散髪をして、だいぶ短い髪型にしているので、ちょっと見ただけではわかりませんが、上からみるとたしかにこれまで無毛地帯だったところが、少しずつ黒くなってきていました。

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今年5月ごろ。頭頂部の髪がしっかりしてきましたが、前頭部の不毛地帯はそのまま。

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6月ごろ。前髪はまだ薄いけど、頭頂部の毛量が増えているのがわかります。

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7月。夏休み前最後の回くらい。前髪が伸びてきました。不毛地帯も狭くなっています。

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9月。後期が始まった頃。全体的に黒々してきました。

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10月。対面授業が再開されたために、一部科目は研究室で授業動画を撮るようになりました。

このように経過を見てみると、頭頂部から徐々に前頭部へと髪が増えていったことが分かります。かつてはすかすかで床屋に行かなくても何も生えてこなかった前髪も、今はしっかり毛に覆われています。

 

もはやハゲではない

先日撮影した動画です。

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これは夜の8時くらいに自宅で撮影しています。朝・晩と自転車で2時間の通勤をこなし、ヘルメットをかぶって汗をかいてベタベタになっているはずですが、髪はこのとおりふんわりしています。以前ならちょっと汗をかいただけでぺたんこになってしまったのに、今はちょっとブラシで梳かすだけで、夜でもこの状態です。もはやハゲではない、そう言っていいでしょう。

 

目標はヘアドネーション

すっかりふさふさになった私の次の目標は、長く伸ばすことです。剛毛のみなさんにはわからないでしょうが、私のような髪質だと、長く伸ばしてもとくに困ることはありません。寝癖もつかないし、雨が降ってもさらさらです(梅雨時は汗をかいてべたつくでしょうが)。

このまま順調にふさふさでいてくれるのであれば、もっと長く伸ばしてみたいと思っています。しょせんは薬の効果ですから、永続的なものではないし、ふたたびハゲに戻ることもありうるでしょう。それならば、ハゲきる前の最後のチャレンジとして、ヘアドネーションできるくらいまで伸ばしてもいいかと考えています。(YouTubeで、美容師さんがヘアドネーション後のカットをする動画を見ています。みなさん50~60cmくらいまで伸ばしているようですが、切った後もある程度長さが必要だからですね。ほぼ丸刈りになってもいい私としては、もっと短くても大丈夫でしょう)。

 

私たちは日々、外見で判断され、見られ・評価されて生きている

この一年で私たちは、いやというほど自分の外見を見てきました。それまでだって鏡は見ていましたが、動画に写っているのは、自分とリニアに動く写像ではなく、録画された(外側から見られた)自分でした。

私たちはすでに、日々視線にさらされ、評価されて生きています。これまで中年男性ということで私はあまり意識していませんでしたが、顔をさらし、声を張って仕事をしている私たち教員など、まさに他者の視線にさらされることから逃れられない職業だといえるでしょう。

さらに考えてみれば、私たちは、見た目だけでなく、書いたものだって、客観的な評価にさらされているし、それが当然だと受け入れています。自分が書いたものが思わぬ評価を受けて落ち込むことがあるように、客観的に見た自分の外見や声が自分にとって受け入れ難いということは多々あるし、他人からひどい判断を下されることもあるわけです。

今回自分の薄毛に向き合い、薬を飲んで髪が生えるという経験を通し、人から見られる(自分の意識の外から見られた)自分について反省する機会が得られました。

ハゲ人にとって、少し生きやすい時代になったことはたしかでしょうが、一方で見た目や、人からどう見られるかということの重要性は高まっているようにも見えます。だれもが寛容であってほしいのはたしかですし、まわりが寛容でなくても、自分の姿形や生き方を大切にできる世の中であってほしいと強く望みます。ということで、私が落武者のような長髪になっても、こいつは自由を満喫しているのだなと思ってもらえたら幸いです。