ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

私たちの生活を変える商品とは?

基礎ゼミ2は文献購読と発表

経営学科の1年生のゼミの授業を担当しています。毎年基礎ゼミでは、ディスカッションや発表の仕方、ディベート、リーディング、そしてレポートを書く練習などをしてきました。今年は後期の基礎ゼミを履修する学生が非常に少ないので、昨年までの授業内容を少し変えて、文献を読むこと、発表することを中心にしてやっていこうと思っています。(これまでの4回は、映画を見てその内容や見どころをPPTで作り発表するというワークをやっていました)

基礎ゼミでどんな文献を扱えばいいのか?

文献を読むといっても、私の専門である、カフカやベンヤミンやフロイトを読むわけではありません。基礎ゼミとはいえ、経営学部の授業なのですから、何かしら彼らの学びに役に立ちそうな本を扱いたいところです。しかし経営学の教科書や入門書は、たぶん私が読んでもあんまり面白くなさそうだし、専門の先生に教えてもらったほうがいいでしょう。それならば、自分が持っている、社会科学系(とくに経済・経営分野)の新書の中から、何冊かを選んで読んでみることにしました。

 

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(経営学部にいながら、まったく経営学の知識がないのはまずかろうと思い、ときどきこの種の本を買って、少しずつ読んできました。とはいえ、ここに選んだ本もほとんど中身を見ていないものもあります。ピンクのふせんは、金曜日に決めた発表担当者を書いています。)

学生たちには、上に挙げた本から一つ選んでもらい、そのうちの第1章を読み、担当者がレジュメを作成して発表する(参加者全員に事前に文献のコピーを配布)、という形でゼミを進めることにしました。*1

今回はその1回目ということで、私が『経営と文化』(林周二、中公新書、1984年)の一章を読み、レジュメを作って発表しました。この本は、「文化」がタイトルに入ってるので、文学部出身の私でもわかりやすそうだなと思って買ったのでした。

 

経営と文化 (中公新書 (729))

経営と文化 (中公新書 (729))

 

 

『経営と文化』第1章の要旨

今回は、じっくり読むこと、レジュメを作って発表する方法を教えたかったので、約2ページのかなり詳細なレジュメを作り、本文の小見出しごとに内容をまとめました。

内容的にはかなりわかりやすく書かれていて、予備知識が全くない私や学生たちにもちゃんと理解できていました。

要点は以下のようにまとめられます。

・私たちの社会には、政治・経済のシステムと文化のシステムという二つの側面があり、相互に関連してる。

・企業がつくる文化は、学校教育や家庭教育などとともに、人々の行動を規定し、社会を成立させる基盤となっている。

・企業は、商品やサービスによって人々の新たな欲望=新たな生活文化を作る。ウォークマンやコカコーラ(ライフスタイルの変化)、七五三参り(百貨店が流行らせた)など。それゆえ企業には社会的責任がある。

・(おもしろかった話)エスカレーターの乗り方のような、無意図的に作られる文化もある。英国は右に立つ人、左に歩く人だが、日本や韓国は立ち止まってエスカレータに乗る。これは百貨店が不慣れな客を誘導してエスカレーターに乗せていたことの名残だという。(当時はまだ片側を空けて乗る、というのは一般的ではなかったようです)

以上のように内容をまとめて報告し、その後は学生たちとディスカッションをしました。彼らはやはり、私が要点に挙げた、ウォークマンや七五三参り、それからエスカレーターの乗り方など、具体的な文化現象についてがいちばん気になったようでした。

学生に質問されて、私は次のような例をあげて、自分が日常的に意識している、商品やサービスによって作られる新たな価値観や行動について紹介しました。

 

アップルウォッチによって変わるお金と買い物

ちょうど1年くらい前に買った、Apple Watchはまさに私にとって一番身近な、商品によって価値観や行動が変わる体験でした。

schlossbaerental.hatenablog.com

買った当時に基本的な機能やスポーツウォッチとしての使い勝手についてまとめました。その後、クレジットカードを登録して買い物に使用することが非常に多くなり、いまでは、日常生活で現金を使うことも、カードを使おうと財布を取り出すことすらなくなっています。Apple Watchによる支払いは、日本では、IDやQUICPayという方式ですが、ドイツでは使えないので、出張中は現金を使う機会が多く、非常に不便を感じました。

価値観の変化としては、べつに浪費しすぎるようになったということはまったくないのですが、現金を持ち運ぶことのわずらわしさを感じるようになりました。小銭以外の現金はもういらないとすら思うことがよくあります。

 

ペットボトルは私たちと水の関係を変えた

以前のブログ(そもそもは10年くらい前のmixi日記)に書いていたことですが、約20年前のペットボトルの普及も、私にとっては重大な生活や価値観の転換点だったと思っています。

tetsuyakumagai.blogspot.com

当時コンビニでバイトしていた私は、数ヶ月の間に、冷蔵庫の商品が次々とペットボトル飲料に入れ替わったことを覚えています。そして、当時は500ml入りのペットボトルから直接ガブガブ飲むのは、ちょっと行儀が悪く、ちゃんとした大人や女性などはコップに移して飲むものとされていたことも思い出します。

大学生だった私たちは、授業の合間に浄水器の水を飲んだり、自販機で缶のコーラやコーヒーを買って、その場で飲み干して次の授業に出かけていました。10年ほど前に初めて大学で教え始めた頃、学生が教室にペットボトルを持ち込むのはもう当たり前でしたが、リプトンやイチゴ牛乳の紙パック飲料を机の上に出したり、椅子の傍に置いたりしているのを見て衝撃を受けました。蓋ができない飲み物も持ち歩くようになったのか、と驚いたのでした。

 

500円玉の登場と金銭感覚の変化

これも何度か書いているネタですが、500円玉の普及は、私が覚えている中で一番古い記憶の一つです。

tetsuyakumagai.blogspot.com

子供の頃に父からもらってすごくうれしかった500円玉ですが、当時の大人には、実際のところあまり好かれるものではなかったのでした。京大図書館で探した雑誌記事(1984年8月の朝日ジャーナル)には、500円玉が重くてかさばるし、100円玉数枚で足りるのに、わざわざ持ち歩く必要はないという記者の意見がありました。

500円玉は確かに重いけど、買い物に必要ないというのはなぜなのかと思い、もう少し調べると、当時はタバコの値段が200円前後だったり、ジュースは100円だったということで、500円の硬貨だとお釣りが増えるだけという印象だったのでしょう。喫煙者だったころを思い出すと、500円というのはちょうどタバコ2箱分、という感覚だったので、財布の中で邪魔だと思ったことはありませんでした。つまり、500円玉導入当時の人にとっては、普段必要な小銭は100円玉数枚であり、500円という単位は大きすぎると感じられたのでしょう。

私が禁煙したのは10年以上前ですが、その後タバコの値段はどんどん上がり、いまや500円に迫るほどになっています。しかしそれ以外の物の値段は、20年前とほとんど変わっていません。私たちはあいかわらず500円を一つの単位とする世界に暮らしているのだと思います。

 

学生が挙げた、ウォーターサーバーの事例

私がこのようにいくつか事例を挙げると、学生は実家にあったウォーターサーバーの話をしてくれました。ウォーターサーバーは、水が飲めるだけでなく、お湯も出てきます。だから、お茶などを飲む時非常に便利だったけど、一人暮らしになった今、お湯を電気ケトルで沸かすのにいちいち時間がかかり、ウォーターサーバーがいかに便利だったか痛感しているというのです。

慣れ親しんでいると気づかないけど、そこから離れて初めて、いかに便利さの恩恵を受けていたかに気づくということは、たしかによくあります。 

 

私たちは身の回りの商品によって行動も欲望も規定されている

学生たちからは他には具体的な事例は出てきませんでしたが、考えてみれば、彼らの生活にも、自らの生活や価値観を変えるような商品は多数存在しています。その代表的なものとしてスマートフォンが挙げられるでしょう。もちろん今の学生たちは、初めて手にしたケータイがスマホという世代なので、いかに便利で、生活が変わったかということは容易に意識できないのかもしれません。

でも、先ほどのウォーターサーバーの事例のように、いざ使えなく(使わなく)なってはじめて、いかにその商品に、自分の行動が規定されていたかということを意識するようなことは、今後彼らにも、たくさんあるのではないかと思います。

どんな分野であれ、学問に取り組むことは、自分の日常生活を省みることと不可分です。いろいろな本を読む中で、彼らが自分の日常と、社会との関係に意識的になってくれることを期待しています。

*1:レジュメを作って発表するというのは、私自身は大学院に入って、ファシズム研究のゼミに出たときにはじめて経験しました。今の1年生だって、当然レジュメの作り方などわからないと思うので、自分なりに説明しました。また、Google検索で、「ゼミ発表 レジュメ 作り方」と入れれば、各大学で使われているレジュメ作成のガイドラインが山ほど出てきます。