ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

身近にあるドイツ語とは?

一年生クラスの課題:身近なドイツ語を探そう

以前職場のFD発表会で、韓国語の先生から授業実践のお話を聞きました。そのときに、いくつか紹介していた授業内の活動で、ぜひとも取り入れたいと思ったのが、身の回りにある韓国語を探すというワークでした。

学生にグループを組ませ、大学や大阪周辺で、韓国語の看板などと一緒に写真を撮り、簡単なレポートとともに提出させるというものです。新しい外国語を学び始めた学生にとって、身近に存在する外国語に関心を持って探してみるということは非常に意味があると思いました。

このようなワークは、中国語・韓国語の授業では非常に取り入れやすいでしょう。文字が違うのですぐにわかるからです。とりわけ韓国語は、大学周辺には大規模なコリアンタウンがあるし、大阪には韓国からくるツーリストも非常に多いから、看板などにも多く書かれています。しかし、ドイツ語の場合はちょっと事情が異なります。

 

身近なドイツ語?それは英語やフランス語ではないのか?

当然のことながら、ドイツ語の学習を始めたばかりの学生に、その辺で見つけたカタカナ名やアルファベット表記をドイツ語かあるいは他の言語か見分けることなどほぼ不可能です。そして、お店の名前やマンションの名前などに使われるのは、もっぱらドイツ語ではなくフランス語ばかりです。

とくに、パン屋さん、ケーキ屋さん、そしてマンションの名前などにはしばしば(間違った)フランス語の名前がついています。フランス語の中・上級クラスの課題として、間違ったフランス語看板のどこが間違いなのかを探すなんていうのも面白いかもしれませんね。

大学近くのケーキ屋さんです。お店のモットー的なものが書いてあります。

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素人の私ですら気づく大きなミスをやらかしています。

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もう一つ大学近所のお店。ケーキ工房ランコントフです。reを「ふ」とあえて表記しているのが本格的な感じがしますね。

 

韓国語やフランス語と違って、お店の名前や看板に限定するとかなり難しくなってしまいます。そこで学生への課題は、ドイツ発祥のブランドロゴや、ドイツ語が書かれた商品パッケージや説明書まで範囲を広げて、身近なドイツ語を探してもらいました。 

学生たちが見つけてきたのは?

  • ベースの弦、アンプなど音楽関連製品のマニュアルやパッケージ:けっこう音楽関係はドイツの製品が入ってきています。バンドをやっている男子学生ふたりが、自宅にあるものの写真を撮っていました。ドイツ製品で音楽というと、クラシック関係かと思ってしまいますが、ギターやベースもあったのは私も気づきませんでした。
  • 車屋さん:やはり日本におけるドイツの製品といえば、一番身近なのは車でしょう。
  • お菓子のパッケージ:カルディなどのお店が増えることで、最近はお菓子もメジャーになってきました。とくにハリボのグミは輸入食品店以外でも買うことができますね。
  • お店やアパートの名前:いくつか写真を撮っていましたが、だいたい英語・フランス語でした。ドイツ語のついた名前というと、私が思い出すのは、京大の近くにあった「レーベンプラッツ百万遍」というマンションです。
    追記:自宅近所で見つけたマンションを後半で紹介しています。

 

私が見つけた町の中のドイツ語

西門前のゲームセンター:あうとばあん

学生たちがなぜかスルーしていたのがこの店名です。あれ?ひらがな表記だから気づかなかったのかもしれません。Autobahn=高速道路です。

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コーヒーとケーキのお店、Bahnhof(大阪市内)

カタカナ表記ではなく、ドイツ語そのものの店名ですね。Bahnhof=駅です。しかし、このお店は駅から数百メートル離れていて、駅と名乗るのはちょっと違うんじゃないかな、と思いました。お店の上にはJR環状線が通っているので、より正確にUnter der Hochbahn(高架下)のほうがいいのではないでしょうか。

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自宅近所の家具工房&caféティシュラー Tischlerei

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看板に書かれているドイツ語と、その音を書き写した店名とが、違う語であることに非常に違和感を覚えます。Tischlerei(ティシュレライ)とは、家具工房を指します。しかしティシュラーTischlerとは家具職人のことです。店名にTischlereiと書くのであれば、その通りにカタカナ表記(ティシュレライ)すればいいのに、敢えてそうしなかったのは、やはりわかりやすさを優先したのでしょう。

 

大阪駅のデパート、ルクア1100(イーレ)

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大阪駅の駅ビル、ルクアです。数年前に改装されてこういう名前になりました。改札を出ないでとった写真なのでちゃんと看板が撮れていませんが、こういうロゴです。

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www.lucua.jp

イーレとは、「あなたの」を意味する所有冠詞Ihrに語尾eがついたものです。あなたの百貨店という意味なのでしょうが、なぜドイツ語にしたのでしょう。そして、数字1100をイーレと読ませるのはどういう意味なのでしょう。

ドイツ語の所有冠詞はしばしば学生が混乱するポイントなので以前記事を書いたことがありました。

schlossbaerental.hatenablog.com

創作バル まはと

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休日に偶然町歩きをしていて見つけたお店です。「まはと」とはドイツ語のMachtのことです。ニーチェの『Wille zur Macht 権力への意志』やカネッティの『Masse und Macht 群衆と権力』など、多くの場合「権力」と訳されます。Machtとは、支配する権限とか命令を行使する力のような意味です。たしかに独英辞典をみるとMacht=Powerとなっているので、Power=活力とか元気とかいう意味でこの名前をつけたのかなと思います。それならばむしろKraftのほうがいいでしょうか。

ドイツ語の姓が由来の会社名:日本フルハーフ

日本フルハーフ - Wikipedia

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お店の名前ではなく、会社名ですが、これは面白いと思ったので紹介しておきます。高速道路や大きな街道で渋滞している時など、ぼんやり前のトラックを見ていると「日本フルハーフ」というステッカーが目につきます。綴りをみると「Frueauf」とあります。カタカナ表記はおかしいけど、これもドイツ語です。

もとはアメリカのトラックやトレーラーの会社で、社名は創業者アウグスト・チャールズ・フルハーフに由来しているそうです。この人はアメリカ生まれですが、その両親はプロイセン出身で、19世紀半ばにアメリカに移住してきたとのことです。

www.immigrantentrepreneurship.org

Fruehaufとはドイツ語ではFrühaufと表記し、フリューアウフと読みます。元の意味は、Frühaufsteher=früh早く・aufstehen起きる・者というドイツ語の姓です。しばしばドイツ語では、人の特徴からつけられたあだ名が元になっている姓というのがあります。Frühaufもその一つと考えられます。この名前がアメリカに渡ってウムラウトがなくなり、そしてフルハーフと読み方が変わって、さらに日本に伝わるというのは非常に面白いと思いました。

 

追記(5月15日):ゲマインシャフトとベッサーボーネン

ドイツ語をつかったマンションの名前はあまり見かけませんが、なぜか自宅から近いところに二つも見つかりました。

ゲマインシャフト芦屋

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エントランスにはアルファベットで書いてありますが、GEMEIN SCHAFTと分かち書きになっています。本当はGemeinschaftで一語です。家族、共同体といった意味です。ドイツ語の長い単語や複合語をみると不安になって、適当なところでスペースを入れてしまうというのは、学生たちにもよく見られる現象です。

 

ベッサーボーネン芦屋

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ゲマインシャフトから道路一本挟んだ隣にあるのが、ベッサーボーネン芦屋というマンションです。(プレートが暗くてよく写っていませんが)どうも管理会社を見ると、この近くの三千院家みたいな大きなお屋敷がもとの地主なのかなと思います。

Besser Wohnenとは、besser:gutの比較級、より良い、wohnen:住む、暮らしといった意味です。ぐぐってみたら、同名の雑誌があるようです。ドイツ語圏の書店に多く置いてある、日本からみたらかなり本気のリフォーム雑誌のようです。

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