ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

人称代名詞の格変化と所有冠詞の区別について

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新シリーズ、ドイツ語初級文法のわかりにくいところを解説する その1

以前書いた、所有冠詞と2格の区別についての記事が非常に好評だったので、ほかにも学生を教えていていつもなかなか理解してもらえないな、と思う文法事項について、かなり初歩的に説明する記事を書いてみようと思います。

新たなカテゴリ、「ドイツ語文法入門」をつくり、これまで発表した記事とともに、ドイツ語学習に役立つ文法事項の解説記事をまとめていきます。

 

ドイツ語の難しさってどんなところなのだろう?

私の授業に出ている学生たちから、しょっちゅうドイツ語が難しいという意見を聞きます。そしておそらく彼らの親御さんの世代で大卒ならば、ドイツ語を履修し、ちっともわからず、難しかったという記憶だけが残ったという人もたくさんいることでしょう。昨今では、お父さんお母さんから難しいと言われてドイツ語を避けた、という学生の話もよく聞きます。

いやしかし、ドイツ語に限らず何語であれ、違った難しさがあります。そもそも言語の難しさという概念自体が定義しづらいものです。学習者の母語にもよるし、学習レベルに応じて違った難しさに直面するということもあります。ドイツ語ばかりがやたら難しいとも、あるいは学びやすいとも、簡単には言えないなと思っています。

言語としてどう難しいかという議論はともかく、初級文法を教科書に沿って学んで行く際に、多くの学習者がひっかかりやすいポイントというのがあります。

発音にはじまり、動詞や冠詞類の変化など、ドイツ語特有のつまづきポイントについて、ごく簡単に仕組みを解説したいと思います。

今回は、混同しやすい人称代名詞と所有冠詞についてまとめます。

 

ihrが難しい

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ドイツ語の人称代名詞は、英語より少し多くて、9種類あります。

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I=ich, you=du, he=er, she=sieとだいたい同じように対応していますが、何が違うのかというと、二人称が複数に分かれるという点です。要は、英語でyouにあたるのが、du, ihr, Sieと3種類に分かれるのです。

教員と学生、初めて会う人同士の場合などは、一般的にSieが使われます。単数複数とも同じSieで、英語のIのように、常に大文字で書かれます。友達同士や仲間内、家族などで使われるのが、duです。duで呼ぶ対象が複数ならihrを使います。君と君たちとが違う人称代名詞になるわけです。*1

また、英語で私は:I、私に:meと形が変わるのと同様、ドイツ語にも4種類の格変化があります。

以前の記事にも書いたように、1格:〜は、2格:〜の、3格:〜に、4格:〜をといった具合に、日本語の助詞にだいたい相等しています。(しかし100パーセント対応しているかというとそうではないので、そのことについてはあとで別の記事に書きます)

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先ほどの表にあげた、人称代名詞はこのように文の中での役割に応じて形が変わります(格変化)。✴︎人称代名詞の2格は現代ドイツ語ではあまり使いません。

学生たちには、まずこの9種類の人称代名詞を覚えてもらうわけですが、やはり英語と対応していない部分が覚えにくいようです。パートナー練習でよく使うduはともかく、あまりつかわないSieやihrはなかなか覚えられません。

やっかいなことに、ただでさえうろおぼえなihrは、格変化の表を見ると彼女の3格がおなじihrとなるし、彼の3格はihmだし、彼ら・あなたの3格はihnenとなんだかみんな似ているように見えます。

 

所有冠詞も加わるとさらに紛らわしくなる!

以前「〜の」についての記事でとりあげた、所有冠詞ですが、こちらも人称代名詞と似ていて紛らわしいです。

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まずこれが基本の形です。私のはmein、君のはdeinということです。

やっかいなことにまたihrが出てきています。つまり、彼女の、彼らの、あなた・あなたたちのがみなihr (Ihr)となるわけです。

そして、この所有冠詞の後ろには、名詞の性・数・格に応じて語尾がくっつきます。

つまり、

Das ist mein Vater. この人が私の父です。(男性名詞1格)

Das ist meine Mutter. この人が私の母です。(女性名詞1格)

Ich schenke meinem Vater ein Buch. 私は父に一冊の本を贈ります。(男性3格)

Ich kaufe meinen Kindern dieses Spielzeug. 私は子供たちにこのおもちゃを買う。(複数形3格)

おなじ「わたしの」という所有冠詞ですが、後ろに来る名詞の性や格で少し形が異なっているのがわかるでしょうか。

所有冠詞には、どの種類でも決まった語尾がくっつきます。一つのものや不特定なものに付く、不定冠詞einと同じような語尾変化です。

たとえば、彼女のまたは彼らの「ihr」の場合はこのように変化します。

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わかりやすくするために、Computerコンピュータ, Tascheカバン, Buch本, Kinder子供たちと具体的な名詞も含めた形にしています。

この表を見ると、ihren Computerのような語が、先ほど出てきた人称代名詞のihnenにも似ているように見えてこないでしょうか。というより、これだけ似たようなものばかり表で並べていくと、違いを見つける方が難しいのではないかと思えてきます。

 

見分け方を整理しよう

1)語尾がついている、語尾がなくても後ろに名詞が続いているのは所有冠詞

Ich helfe ihren Eltern. 私は彼女の両親を手伝う。(複数3格)

Ihr Mann arbeitet in der Fabrik. 彼女の夫は工場で働いている。(所有冠詞男性1格)

 

2)語尾がない場合=君たちのihr, 彼女・彼らの3格ihr あるいは所有冠詞ihr男性名詞1格、中性名詞1・4格の場合

Wo seid ihr? ふたりとも、どこにいるの? (人称代名詞ihr1格)

(『アイガー北壁』で行方不明になった登山家二人を探す、ヨハンナ・ヴォカレクのセリフです)

人称代名詞の種類を区別するには、動詞の形や前置詞の格支配で見分けることができます。

Lernt ihr Deutsch? 君たちはドイツ語を勉強しているの?(人称代名詞ihr1格)

Er geht heute zu ihr. 彼は今日、彼女のところへ行く。(人称代名詞sie3格)

Ich fahre mit ihnen nach Kobe. 私は彼らとともに神戸へ行く。(人称代名詞複数のsie3格)

 

3)わかりにくい場合

Ihr Kopf tut ihr weh. 彼女は頭がいたい。

この場合は2回ihrが出てきますが、Ihr Kopf彼女の頭:こちらは男性名詞1格の所有冠詞です。また、tut ihr weh彼女にとって痛い:こちらは人称代名詞3格です。

パッと見ただけではよくわかりませんが、人(3格)weh tunで〜に痛い思いをさせる、という表現を辞書で探せばわかるでしょうか。

 

結論 

なんだか覚えにくくてめんどうな人称代名詞と所有冠詞について、見分け方などを提案してみましたが、どうもあまりわかりやすくなったような気がしません。しかし、結論として言えることは、まずは人称代名詞の9種類をしっかり理解しておくこと。そして所有冠詞や、人称代名詞3、4格については、この記事にまとめたように、表を活用して同じ形になるのはどのような場合なのかを押さえておくことが必要です。また、最後にあげた例文のように、辞書の用例をよく見ておくことももちろん大切ですね。

 

 

 

 

 

 

*1:フランス語のように、三人称複数の場合は男性・女性の区別はありません