ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

日本独文学会でドイツ文学講義について発表しました

独文学会で発表しました

9月30日から10月1日まで広島大学で行われた日本独文学会に参加してきました。

今回は、「語学教育の方法を生かしたドイツ文学講義の試み—教養科目でどのように文学を取り上げることができるか—」と題して、ブース発表を行いました。ブース発表はポスター発表と一般口頭発表を合わせたような、90分の時間を使って、発表者と来聴者が自由にディスカッションできるような形式です。90分の使い方は、発表者によってさまざまなのでしょうが、私の場合は、2014年秋にスマホを使ったドイツ語教授法について話した時も今回も、半分くらいの時間を自分の報告、残りの時間を使ってディスカッションと情報交換という形にしました。

一年前にブログで下書きしていた

ドイツ文学について文学部ではない学部でどのように講義をすることができるか、そのさいに、語学教育のノウハウをどのように生かすことができるか、というのが今回の主題です。このテーマについては、すでに一年ちょっと前、去年の初夏にこのブログでも、数回に分けて書いていました。記事を書きながら、授業方法について整理することは私にとっては非常に有益だったし、ブログ記事を発表後にあらたな着想が得られたりすることもありました。

schlossbaerental.hatenablog.com

schlossbaerental.hatenablog.com

今回の発表では、すでにブログに書いた内容に加え、16年前期・後期、17年前期と3学期間の授業で得られた手応えやその間に変更してきたこと、年度が変わって見えてきた課題なども付け加えて話しました。

土日と二日間の学会で、一番プログラムが混んでいる土曜日の午後という時間帯にもかかわらず、たくさんの人に聞きに来ていただけました。一時間半と持ち時間が長かったため、他の分科会の発表と行ったり来たりしながらも、ディスカッションには戻ってこられて、質問してくださった方や、他の発表には目もくれず私のブースにずっとついていてくださった方、予想もしない大入りで、大変感謝しております。

今回は、先週の発表の概要といただいたコメントから考えたことなどをまとめておきます。

 

1)独文学会における、文学講義の発表

日本独文学会でも、ときどき文学教育を題材とした研究発表をする方はいますが、私の知る限り数年に一回程度とごく稀です。しかし、多くのドイツ語教員にとって、語学教育だけでなく、教養科目としての文学や文化の講義も重要な仕事の一つです。周りの研究仲間に聞いても、みな講義の仕方については困っているという意見ばかり聞くのに、講義方法についての研究は多くないし、そもそも周りの人がどんな講義をしているのか意見を聞いたりする機会すらめったにありませんでした。

今回の私の発表が目的としていたのは、自分の授業実践を紹介するだけでなく、他の先生方からどんな工夫をしているか情報を得ることでした。懇親会でも情報交換はできますが、ブース発表という場があれば、私の方から提供した題材をもとに、懇親会より多くの先生がたから意見が得られるだろうと考えたのでした。

 

2)当日の発表内容

以下、当日使ったスライドで、発表内容を紹介します(一部省略したところもあります)。

 

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まずは、問題提起です。そのあと簡単な自己紹介として、専門分野や教歴を話しました。つぎに、2014年〜15年度に行なっていた講義内容です。

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この講義実践については、すでに昨年に近畿大学共通教育機構の紀要に概要をまとめて報告しています。

kindai.repo.nii.ac.jp

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2年間映画を使って授業をしましたが、一番の問題点は、教室のハード面の不備でした。2015年春学期は170名も受講者がいたため、定員200名程度の大教室を使いましたが、南側の窓にぼろぼろのブラインドがぶら下がっているだけで、あまり暗くならないため、もう映画はやめようと決意しました。

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映画を見せるということは、語学で言えば教科書を使って、授業で扱う材料を提供することと同じです。それならば、時代背景の解説と文学テクストのコピーを使っても、同じように授業ができるのではないかという発想から、文学を使う授業を始めました。

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授業の際気をつけたいのは、学生が漫然とこちらの説明を聞くだけになる時間をなるべく減らすということでした。これは普段の語学の授業でも気をつけていることですが、90分のうち、私が話す時間は30分から40分程度に留めるようにしていました。それ以外の時間はできるかぎり、学生が資料を読み、考え、書くための時間に充てました。

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毎回悩みのタネが配布資料でした。本からのコピーとなるため、どうしても枚数が多くなってしまいました。最大A3で四枚くらいでしたが、170名分を輪転機で用意するのに、毎週1時間以上かかりました。授業は月曜日だったので、人がいない金曜日の夜や土曜日に出勤して印刷作業をしました。(今思えば、早めに資料をつくって、学部の事務で印刷してもらえば良かったんですよね)

資料の枚数が増えると、学生が消化不良になるということはもちろん問題でした。しかし一番の問題は、私の研究室から経営学部の校舎までが、500mも離れていたため、当時は大量の資料と機材(iPadVGAケーブルなど)、そして答案用紙の回収箱(学科ごとに分けた二枚のトレイ)を持ち運ぶのが非常にたいへんということでした。

配布資料とともに、授業でつかったスライドもいちぶ紹介しました。各回ごとに、どのように問題をだし、次の回でどのようにフィードバックをしているかを説明しました。

サンプルとして取り上げたのは、第9回目のカフカを紹介した回です。

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『となり村』、『お父さんは心配なんだよ』と『変身』を読ませ、解答用紙に設問の答えと感想を書かせました。そして、次の回では、コメントの例を紹介します。

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どの回でも、学生たちのコメントはすばらしかったのですが、とりわけ面白い解答が多く出て来たのが、カフカの回でした。オドラデクのスケッチも面白かったです。

さて、実際の講義のスライドを紹介し、つぎに、どのようにこれまでの授業の問題点を改善できたか、3つのポイントに絞って説明しました。

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私語が多い、履修者が多すぎるという問題には、教室の機材とVGAケーブルで繋いでいるiPadを、自分のiPhoneをリモコンとして操作するという方法で、教室のどこにいてもスライド操作ができるようにしました。*1

こうすることで、教卓=話す人、椅子=聞いている学生たち、という位置関係によって規定された態度を変えてもらおうと試みました。

発表の際にも、この方法について説明しながら、じっさいに会場内を歩き回りながらスライドを動かしてみました。

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それから、授業内課題や中間レポートなどで、何を書いたらいいのか、指示を明確にするようにしました。漠然と感想を書かせると、どうしても学生たちは、「大人におもねるようなことを書けば正解だな」と判断して、自分たちが言いたいことが言えなくなってしまいます。文学の読解ですから、正解はありません。いかに自分の考えたことを筋道立てて書けるかが重要であると強調しました。

もちろん、あきらかに間違っている解答(殺されたはずの人物が生きてることになってる等の事実誤認や勘違い)には、「違う!」「もっとよく読むこと!」とコメントすることもありました。

 

発表ではさらに、私が授業で取り上げた作品について行ったアンケートと、学部指定の授業アンケートの結果を紹介しました。 

私の作ったアンケートでは、全14回で取り上げた作家と作品をならべ、以下の問いに、それぞれの回数(第2回目だったら、2と解答)を答えてもらいました。

1)最も面白かった回はどの回ですか?

2)最もつまらなかったのはどの回ですか?

3)もう一度読みたい作品はどれですか?

4)難しかった作品はどれですか?

アンケートの結果は、やはりわかりやすい、映画『コッホ先生と僕らの革命』がいちばん面白かったという反応でした。逆に、フロイトシュレーバー、ボルヒェルトなど、文章や表現が難しい作品は、つまらないという回答が多かったです。

問3では、カフカフロイトなどを選んだ学生も多くいました。問4 の質問は、問2と被ってしまうから無意味かなと思ったのですが、結果を見ると、難しいけど印象に残った作品と考えたのか、面白かった作品、もう一度読みたい作品とも重なる作家・作品に多く票が入っていました。

 

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私にとって興味深かったのは、学部のアンケートの結果でした。20項目程度のなかから、授業についての総合評価と理由を書いたコメントの部分だけを抜き出してまとめました。

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 学部事務がまとめてくれた結果から、いくつかのコメントを抜き出してまとめました。低い点をつけている学生も、べつに授業がつまらないし、真面目に勉強してなかったから低い点をつけているわけではなく、ちゃんと理解できなかった、授業内容を消化できなかったという点から低い点にしていることがわかります。取り上げるテクストの難易度をもう少し下げたり、あるいは説明や設問をわかりやすくする必要がありそうです。

最後に、全体のまとめです。

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 実践報告の発表なので、学問としての体裁はととのっていません(教授法のちがうクラスを比較してデータを取るなどのことはしませんでした)が、自分が実施している方法と、学生からの声を時間をかけて紹介したので、聞きに来てくださった方々には、ご理解いただけたと手応えを得ました。

 

3)今回の発表の工夫

2014年秋につづくブース発表でしたが、前回の発表からあまり時間がたっていないので、スライドや機材の使い方、時間の使い方等の要領がわかっており、準備もスムーズに進めることができました。

今回あらためて工夫したのは、まずスライドです。ブログやツイッターのアイコンにしている、ダディクールのイラストを入れました。あまり目立つところに入れない方法はないかと考えていると、Keynoteのテンプレート編集から、イラストやマークを入れる方法がわかったので、やってみることにしました。授業にはいつもKeynoteでスライドを作ります。そのさい、フォントは遠くからでも見えやすいように、太め大きめの文字(見出しはヒラギノ角ゴシック80ポイント、本文もヒラギノ角ゴ38ポイント)に直しています。今まで気づかなかったのですが、マスタースライドの編集で、いつも使う4種類くらいのパターンを全部修正しておくと、スライドを作ってる途中でも、ページ全体の仕様を変更することができるのでした。これは大きな発見でした。

このように、ダディクールとページ番号をそれぞれのページに入れました。

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地味に紛れ込ませるだけのつもりだった、ダディクールですが、せっかくいるのだからと、スライドを作る途中で、コメントを吹き出しに入れたりしました。

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また、配布資料については、ここまで紹介して来たスライドを、A4一枚に9ページに縮小し、さらに文字が小さめのページ(授業で扱った作品、参考文献表など)は、A4に2ページの大きさにしたものを合わせてA3で2枚にまとめました。

学会発表で、スライドをそのまま縮小した配布資料を配ることについては、賛否あると思います。今回は同じ時間に魅力的なプログラムが集中していたので、とにかく多くの人に資料だけでも持って帰ってもらおうと、見やすく、発表内容全体がわかる形の資料を作りました。

 

4)いただいたコメントなど

90分のうち、のこり40分ほどをディスカッションの時間に当て、多くの先生方から貴重なご意見をいただきました。思い出せるものを以下に挙げておきます。

  • 少人数クラスにもかかわらず、学生がひとりひとり作業しているだけ、というのはもったいないのではないか、学生同士に対話させるほうがいい。
  • テクストを読んでわからないことを、相互に質問し合うのが効果的だった。
  • 文章で書くことだけでなく、場面を想像して絵を描くという方法もある。
  • クラスの学生が知らない同士で、人間関係がないのであれば、むしろ授業を学生たちの集まる場所、学生自身にとっての居場所にしていく必要がある。
  • 学生に文章を書かせるのであれば、授業の中でどのように成長の跡が見られるか、確認したほうがいい。
  • 初年次教育分野におけるライティング教育から取り入れられるものもあるのではないか。

ほかにももっと多くのご発言をいただきましたが、なかでも私自身がこれから取り組んでいく必要がある課題となりそうなご意見は以上の通りです。

今回の発表は、また、これから講義科目を担当するよう若手の研究者の方にも参考にしてもらえればと思っていましたが、京大の後輩にも聞きに来てもらえました。彼らの今後の講義実践に役立てれば何よりです。

多くの人から、ご意見をいただけましたが、一番うれしかったのは、学部2年生のころにドイツ語を教えてくださった先生から、発表の後「いい先生になったね。本当に誇りに思います」と言っていただけたことでした。先生に習っていた頃は、もう20年前で、私はただのアホな小僧でしたが、なんとかそれなりの教員になることができました。

 

5)まとめ

スライドとともに、今回の発表をふりかえってきましたが、いつのまにかかなり長くなってしまいました。2016年から実施している、文学作品を読む講義ですが、まだまだ完成とは言えないでしょう。もっともっと改善しなければいけないことや、やってみたいこともあります。今回の発表で得られた意見から、さらに良い授業へと変えていければと思っています。

 

 

 

*1:メールやLINEの通知が学生たちに見られるのでは、というコメントがありましたが、この場合iPhoneへの通知は表示されません。また、iPadについては、あらゆるアプリの通知をOFFにしています。