これまでに3回にわたって、私が担当する講義「国際化と異文化理解」についての考察を続けてきました。1回目では、講義科目がなぜやりにくいのか、2回目では、2014年、15年度における実践、3回目はこれまでの教育経験から考えた講義のあり方について述べました。4回目では、今年の授業について紹介します。
改めて、何が問題なのか?教室の設備以外にも問題があった
国際化と異文化理解の2年間を振り返った、第2回、こうして見直してみると映画を扱った楽しい授業、興味深い授業という感じがしますが、本当にうまくいっていたのでしょうか。機材的な問題以外にも、何とかならないかと思うことがありました。
一つは学生の私語および居眠りでした。「ベルリン天使の詩」のような難解な作品であれば仕方がありませんが、わかりやすい映画、楽しい映画にもかかわらず、コメントカードに「眠ってしまってわかりませんでした」と書いてくる学生、友人の答えを書きうつしたり、ウィキペディアで映画のあらすじを調べて解答を書く学生*1など、授業態度のよくない学生がたくさんいました。そして映画の間はともかく、講義の時間には私語が目立ちました。
人間関係の欠如という問題
どこの教室でも私語や迷惑行為などは起こっています。これは大学のレベルには関係がない問題です。他の大学の授業でも、あるいは大人の集う場でも私語は問題になります。これは単純に人数と、そして人間関係の欠如が原因です。履修者が全員教員と顔見知りのゼミなどの場合であれば、授業の妨げになるほどの私語は起こりません。ドイツ語の授業も多くてもせいぜい30人程度ですから、ざわつくことはあってもそれほどひどくはありません。
しかし人数の問題は私だけではどうしようもありません。毎年、なんとなく簡単そうだと思って受講しても不合格になるだけだから、安易に履修しないようにと呼びかけているにもかかわらず、学生たちはやってきます。おそらくちょうど空いている時間なのでしょう。
できれば学生たちみんなを覚えて、その学生がどんな性格でどのような関心を持っているのか把握しておけたらいいでしょう。しかし100人以上も集まる教室ではなかなかうまくいきません。そのために他の先生方は、グループワークを取り入れたり、SNSを使ったりといろいろな手段を考えているのでしょう。
私の場合は、語学の授業や看護学校の授業のように、机間巡視をして、学生と話す方法があればと考えていました。
解決策は身近にあった!
机間巡視をするためには、教壇を降りなければなりません。しかしそうなるとPCでスライドや資料を示すことができなくなります。教壇に登っている限り、学生との距離感は埋まりません。
昨年度までの授業では、毎回iPadに資料を入れて、それをプロジェクタとつないでいました。iPadを遠隔操作できればいいのでは、と気づき、方法を探しました。iPhoneにiPadをリモート操作するという機能があることを知り、教室で試しに動かしてみたら、確かにどこからでも教卓上のiPadのスライドを操作することができました。*2
これさえあれば、教室内を歩き回って講義ができます。
映画に代わる教材、考えさせる内容と時間を与えれば同じこと
映画を見せていたのは、全く知識がない分野についての教材と問題提起を同時に提供できるからでした。本来こういうことは、教科書を使った予習なり、当該分野についての基礎的な関心といった形で、学生側が準備することでしょう。たとえば日本文学史の授業であれば、学生たちは文学に興味があって、ある程度知識があるということは前提となるわけです。しかし私の科目は経営学部における共通選択科目です。学生たちは中国語は履修していますが、ドイツ語履修者はわずか1割程度で、ヨーロッパ文化についても特に知識も関心もありません。
そのため、私は映画を使ってきました。しかし、映画以外の教材を使っても、こちらがテーマや課題を提示して、学生たちに考える時間を与えれば、同じような授業をすることができます。
設備的な問題から映画を見せることは断念したので、今年は文学や哲学のテクストを使うことにしました。文学作品を読ませることについてはいろいろな困難が考えられました。長さや難易度、どのように学生に配布するかといったことです。私としては大学のシステムを使って、教材をダウンロードさせるなどはちょっと1年生には難しいだろうと思い、コピーを用意しました。
コピーで資料を配布するとなると、量的な制約もできます。どのような形であれ、毎回紙の資料はA3両面3枚以内になるようにしました。
一方的な講義にならないよういくつか課題を与える
これが今年のポイントです。第3回で紹介した、看護学校の授業では、初めにテーマについて簡単に自分の考えや知っていることを書かせ(例:臓器移植をどう思うか?一、二行で簡単に書かせる)そのあと、資料でケーススタディを読み、グループで課題の答えを考える。最後に自分の考えをまとめる。というように、3段階に分けて学生に作業をさせていました。
それを思い出し、だいたい20〜30分ごとに一つの課題を与え、学生に考えさせ、その合間に説明等をするようなタイムスケジュールを考えました。
わかりやすく言えば、ちょうどクイズ番組のようなものです。海外の観光地や文化を紹介し、それについて定期的にクエスチョンが提示され、回答者と視聴者が考えるというクイズ番組がありますが、あれもまた視聴者を飽きさせないで情報を提供するための工夫なのでしょう。
クイズ番組と異なるのは、突飛な問題は出さないという点でした。運任せの○か×の問題や、知っていないとわからない問題はクイズであって授業の場にはふさわしくありません。与えられた資料をもとに、自分で考えさせることが設問の目的です。
テーマと教材はどうするか
テーマはこれまでの授業と同様、ドイツの近現代の歴史と文化です。時代区分は少し変更して、フランス革命後の19世紀から現代までとしました。
教材として文学を取り上げることには先に述べたように不安を抱いていました。しかし時間的、レベル的な問題以上に、これまであまりまともな文学研究をやってこなかった自分がいったい何を教えられるのか、という私自身の問題もありました。
京大のリレー講義ではトーマス・マンやシュニッツラー、リルケなどを紹介しましたし、ドイツ語購読ではフロイトやカフカのテクストを学生と読みました。乏しい研究歴はともかく、授業の中で幾つか文学作品を取り上げたことはあったし、あとはシュレーバーとオカルティズムという専門分野もいつかは授業でやってみたいと思っていたのでした。ともかく、自分の好きな事、やってみたい事を中心に教材を選んでいきました。
今学期のテーマと教材(まだ予定の部分もある)は下記の通りです。(同業者の皆さんが気になるかもしれないので、どの翻訳を使ったのかも明記しておきます)また、各回はテクストの読解の前に、簡単に時代背景や文化的現象についての説明(ナポレオン戦争、心霊主義、生活改革運動について)などもしています。
- オリエンテーションなど
・アンケートで学生への関心を問う
・講義の内容や進め方の説明 - フランス革命の衝撃とドイツの18世紀
・近代までのドイツ(カール大帝から18世紀ごろまでの歴史)
・フランス革命とドイツへの影響
・クライスト『チリの地震』(種村訳、河出文庫)の後半部分を読む。
・クライスト「チリの地震」についての問題に答える。 - 19世紀初頭のドイツとゲーテ
・ナポレオンのドイツ侵攻
・ナポレオン失脚後のドイツ
・19世紀前半における社会と文化
・ゲーテ『ファウスト第二部』(粂川訳、集英社版)を読む。*3 - ドイツ帝国の成立と社会
・19世紀後半のできごと:48年革命、ドイツ帝国の成立
・19世紀後半における社会・文化
・『コッホ先生と僕らの革命』における新たな時代とフットボールの普及 - ドイツ帝国期の市民生活
・19世紀における体操とスポーツ
・学校、社会における体操やスポーツの普及
・科学技術の進歩と社会
・トーマス・マン『ブッデンブローク家の人々』(川村訳、河出書房新社版全集)を読む。*4
・「ブッデンブローク家」と「コッホ先生」の類似性を考える。 - 世紀末ドイツの生活文化と思想
・19世紀ドイツにおける健康法ブーム
・生活改革運動の概要
・なぜ自然療法が流行したのか?
・ニーチェ『人間的、あまりに人間的』(池尾健一訳、ちくま学芸文庫版)を読む。
・ニーチェとキリスト教批判、ニーチェにおける人間関係の考え方。 - 世紀転換期ドイツの心霊主義と社会
・心霊主義というムーヴメント
・なぜ写真に霊魂が写ると考えられたのか?
・テクノロジーの進歩と心霊主義
・シュレーバー『ある神経病者の回想録』(金関・尾川訳、中公クラシックス)の第1章冒頭と第5章冒頭を読む。
・シュレーバーにおける神経や神、シュレーバーはなぜ光線として言葉を聞いたのか? - 20世紀初頭の思想と精神分析
・メスメリズム、ヒステリー、心霊主義など無意識への探求
・フロイトと夢解釈
・フロイト『詩人と空想』(道籏訳、岩波版全集)を読み、夢と創作について考える。 - 20世紀前半の社会と文化 カフカ『変身』ほか(「隣村」、「父の心配」なども取り上げる予定)(多和田訳集英社版、平野・浅井訳ちくま版など)
- 第一次世界大戦の時代 映画『戦場のアリア』
- 第一次世界大戦の終結
- 第二次世界大戦
- ナチスドイツと市民社会
- 戦後ドイツの文学
- 東西分裂時代を振り返る 映画『グッバイ、レーニン!』
教材の欄が空欄になっている回は、まだ迷っているところです。ベンヤミンやハイデガーのような思想とか、ブレヒトやボルヒェルト、ハイナー・ミュラーのような劇文学を入れてもいいかと思っていますが、とにかく少ない量で読みやすくて学生が考えられる(難しくて放り出したりしない)テクストを選ぶことに気を使っています。
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概略ではなく、テクスト自体を読む
各回で取り上げるテクストですが、量や難易度を問題にするのは、こちらで概略や要点を紹介するのではなく、学生にテクスト(翻訳ですが)自体を読ませるためです。ゲーテの『ファウスト』、マンの『ブッデンブローク家』などの場合は長編なので、一部分を切り取り、それ以外の部分を解説としてスライドにまとめたり(ファウストについては粂川先生の書かれた梗概を使わせていただきました)しました。
テクストを取り上げたのは、こちら側で作品の内容を何から何まで説明して、このように読め、と学生を誘導することをなるべく避けたかったからです。これだとつまんない文学史の授業にしかなりません。もちろん学生が本を手に取り、中身を全て自力で読みきるという読み方ではなく、私がある程度概略を説明して、本の一部をコピーして読ませているので、それだけ読み方の自由度は狭まるのは仕方がありません。
分厚くて難解に見える本でも、一部分を取り出せば、実は自分自身にとって切実で感情移入できる問題を扱っていたり、現代の自分たちとつながっている部分があるんだということに気づくことがあります。最近はやりのニーチェやカフカやアドラーなどの解説書・入門書などは、まさにこのようなことを書物で試みているわけです。
原典を参照せずに、簡単に読みやすく編集されたものだけを読んで、本を読んだ気になってもしょうがないのではないか、という意見も当然あるでしょう。しかし少しでも自分自身が原典にあたって考えたことというのは、将来的な読書に向けての手がかりになるのではないでしょうか。
授業はどう進めるのか?スライドと資料はどう使うのか?
ここまで今年の授業を準備するに至る過程を書き出してきましたが、もうだいぶ長くなってしまいました。授業の実際の進め方とこれまでの実践結果からの反省などについては、次回改めて詳しく書きます。