ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

アクティブ・ラーニング型初級ドイツ語教科書についての挫折と成果

思いっきり不評だった教科書

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昨年選んだ、アクティブ・ラーニング型の教材が非常に不評でした。自分としては、いろいろ考えて選んだはずだったのに、多くの非常勤の先生方には、いい本と思ってもらえなかったようでした。私が何を期待して教科書を選んだのか、実際の授業では、どのように使ったのか、そして他の先生方にとっては、何が使いにくかったのかを考えながら、教科書選びと授業の運営についてのさまざまな問題点についてまとめていきます。

1年間、以前からやってみたいと思っていた、ドイツで使われている(日本版ですが)アクティブ・ラーニング型の教科書を使ってみました。昨今、ドイツで出版されている教科書としては、Menschenが人気があるそうです。

 

Menschen: Kursbuch A1 MIT DVD-Rom

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パラパラめくってみると、非常におもしろそうだし、ぜひ使ってみたいと思うのですが、本学の場合は週一コマだけの授業で、ほとんどの学生が一年間で学習をやめてしまいます。やる気のある学生は多いものの、そうでない学生もそこそこいる今の状況では、このような「意識高い系」の教科書は使いこなせないだろうと思っていました。

 

日本語版の『プリマ・プルス』を選ぶ

朝日出版社からとどいたサンプルに、南山大の太田達也先生らが編集された、『プリマ・プルス』という本が入っていました。これもMenschenと同様、現地で使われている初級用教科書を編集し、適宜日本語の説明を入れたものです。ぱっとみると、ドイツ語だらけで難しく見えますが、よく読むと、ひとつひとつのワークはたいして難しくありません。むしろ、学生たちにとっては、自然にドイツ語になじめるので、じっくり教えれば、勤務校の学生でも十分理解できるはずだと確信しました。

 

プリマ・プルス

プリマ・プルス

 

 

教科書会議では、半ば無理やり自分の意見を通した

勤務先では、ドイツ語専任教員5名が集まって、各学部の教科書を話し合って決めます。1年生向けの総合1については、それぞれ担当する学部でどんな教科書がちょうどいいかを考え、自分の学部では、これ!という具合に意見をだします。

私のいる経営学部の学生は、学力的には中ぐらいですが、元気がよく、他者とのコミュニケーションを厭わない人懐っこさがあります。そのため、ひとりひとりがもくもくと勉強するような教材よりは、ペアワークやグループワークなど他者との協働で学ぶスタイルの教材を選ぶようにしています。

教科書選定会議のさいには、はじめからある程度予想はしていましたが、他学部の先生方から反対意見が出ました。オールカラーでA4サイズの教科書はダメだという、全く内容に関係ない反対意見がまず出ました。そして本学の学生には難しすぎる、会話練習を嫌う学生が多い場合はどうするのか、といった声があがりました。私の担当するクラスであれば、どの学生にも自分にあったやりかたで、授業に参加してもらうようにはできるでしょう。しかし、他の先生方がどうするか、あるいは他学部のクラスだったらどうするか、というのは正直よくわかりませんでした。それでも、一度やってみたいのです、と半ば強引に、経営学部と薬学部の指定教科書に選ぶことになりました。

その後、3月までに担当の非常勤講師の先生方に、出版社から教科書を送ってもらいました。3月末には、次年度の授業についての説明会があります。なにか否定的な意見がでるかもしれないと少し心配していました。あるいは上手くできるか心配する先生がいたら話をしなければと思っていました。しかし、非常勤講師説明会では、それほど否定的な意見は出てきませんでした。あるベテランの先生は、先進的で非常に面白そうとおっしゃってくれました。

ところが、やはり半期も立たないうちに、非常勤の先生方から苦情にも似た疑問や質問をあちこちでぶつけられるようになりました。私自身のクラスではうまくいっていたという手応えがあったのですが、多くの先生方にとっては、非常に使いにくい教科書だったようでした。では、何がいけなかったのでしょうか。

一年たってみて、気づいたこと

1)体系的でない。

これはすぐに気づいたことだし、何人かの非常勤の先生方から指摘されたことです。

数字一つをとってみても、1〜10まではともかく、20以降の数の読み方は、各ページに記載されているので、数字の話になると、いちいち学生が教科書をペラペラめくって確認することになります。要はページ番号といっしょに、ドイツ語の表記があるわけです。21ページだったら、21 einundzwanzigという具合です。

普通の教科書のように、1ページに1から100までの数と序数詞をまとめてあったらよかったのにと思います。

文法事項についても、冠詞の変化や動詞の人称変化は、少しずつ説明されます。そのため、このページを見れば全てのルールを網羅できる、という箇所がありません。学生達にもその都度教える形になるため、体型的に知識を整理することができず、教員によっては、プリントやサブテキストを作る必要があったようです。

まあ、これについては、やる夫シリーズのように私にとってはむしろ特技なので、自分のクラスではあまり必要がなかったものの、あえて自作プリントを使うこともありました。

しかし、いちおう各課の最後に、文法事項のまとめページがあるので、特に問題ないと思っていたのですが、いわゆるスタンダードな教科書のように、文法説明と例文がいくつも載っていないと教えにくかったのかもしれません。

2)作文、プレゼン、グループ練習の扱い 

この教科書は、ほとんどの練習を、パートナーとともに、あるいはグループで、あるいはクラス全体でのプレゼンテーションの形式で行います。ちょっとしたスキットを二人で練習したり、それを応用して自分のことを言ってみる練習、さらに一つの課で出てきた知識や表現をまとめて、一つのプレゼンテーションや作文をするといった練習が含まれています。

これらの練習を一つ一つまともにこなそうとしたら、週一コマの授業であれば、一年間で教科書の半分も進むことはできません。私の場合は、進度についてはあまり考えず、ゆっくり進めるように心がけました。

また、担当が一つのクラス、しかもごく少人数(8名)のクラスだったため、ペアワークやグループワークは非常に楽に進められました。課題のスピーチやプレゼンテーションなども、教科書に載っている例とほぼ同じように、PCをつかって行うことができました。動詞の人称変化や格変化など、初歩のドイツ語において格となる文法事項については、ドリル形式ではなく、何度も繰り返して作文を行うことで定着を図ることができました。

3)テストはどうやった?

学期末の試験は、事前に口述試験を行い、試験期間中にはほとんど作文問題だけの筆記試験を行いました。作文といっても、基本は教科書に出てきた疑問文にたいして、自分で考えた答えの文を作るという形式です。後期には話法の助動詞や分離動詞も出てきたため、人称代名詞(あるいは主語になる人名)・動詞・助動詞・その他を組み合わせて、意味の通る文章を作るという問題も出しました。

また、プレゼンテーションやスピーチなど、自分自身のことを語る場面がほとんどだったため、Ich spiele gern... Ich trinke..., Ich esse...と人称代名詞と人称変化のバリエーションにとぼしい練習に偏りがちでしたが、それでも教科書の丸写しではなく、自分なりに言いたいことを考えて言えればいいと思ったので、この点については、学生の自主性に任せました。

他の先生方はどうやっていたのか?

多くの非常勤の先生方は、使いにくさや学生たちの動きの重さに苦労された様子でした。二年生クラスでは、私以外の教員の授業をとっていた学生も半分くらいいるので、一年時どうしていたか聞いてみると、発音、パートナー練習、プレゼンテーションなどはほとんどやっていないというクラスもありました。

予想はつきますが、クラスの雰囲気的にグループワークができないというところも多かったし、人数が多すぎてクラス全体を動かせなかったという場合もあったでしょう。

また、日本語の教科書にくらべて、授業でとりあげる文法事項が少なくなってしまったというクラスもありました。私のクラスではなんとか話法の助動詞や分離動詞まで教えられたので、勤務先の大学の進度としては、いちおう合格点といえるでしょう。(本学の場合は、一年時に初級文法を終えることは全く不可能です。2年目のクラスでも、現在完了まで行ければいいという感じです。関係代名詞や接続法は、3年目以降です)

文法事項をどこまで教えるか、というのは難しい問題です。週一コマで、専門に学ぶ必要がない学生が対象なので、私としては、現在時称で、自分自身や自分の周りのことを表現できるという段階までで十分だと思っています。何でもかんでも詰め込めばいいというわけではないでしょう。

 

私の学生たちのその後

昨年私が担当した一年生は、一クラスだけで、わずか八名でした。しかし、そのうちの7名が二年生クラスに進んでくれました。別の教科書で授業を受けた法学部の学生と比べると、やはり文法的な知識、単語の知識などはとぼしいのですが、その反面、発音や作文はよくできます。2年次は全学部共通の、オーソドックスな文法と作文の教科書を使っていますが、ノーヒントで和文独訳をする練習でも、臆せずにどんどん書いていくことができます。むずかしいことでなく、基本的な文章であれば、知っている知識やこれまでの経験を使って、少しでも書こうとする態度は、昨年度の授業で培われたものだと思っています。 

統一教科書のむずかしさ

私自身は、自分の学生たちの手応えをみると、昨年使った教科書が失敗だったとは、思いません。しかし、多くの非常勤の先生がたの意見を聞くと、ダメだったと言わざるを得ないでしょう。私は非常勤の先生たちの教え方を非難するつもりはまったくありません。むしろ選んだ自分がバカだったし、見通しが甘かったのだと思っています。

では、何が悪かったのか?一つ言えることは、授業スタイルを選ぶ教科書はむずかしいということです。最低限の内容が書かれていて、誰でもどんなスタイルでも、同じように教えられる教材がいちばんなのかもしれません。

とはいえ、予備校のようにひたすら教員が説明し、学生は問題を解くだけというスタイルがいいという先生もいれば、学生が主体的に練習し、教員はサポートに徹するだけでいいという形もあります。(もちろん私は後者よりのスタンスです)

もちろん、理想は、共通教科書など使わないで、各担当教員が自分のクラスごとに教科書を選ぶことです。これまでに教えた国立大学などは、そのようにしています。

かといって、担当者が自由に選ぶと教務委員や事務職員が地獄を見ることになります。じっさいに、今年の神戸大学では、教務委員の先生との連絡ミスで、私の担当授業で、教科書が入れ替わってしまったという事件も起こっています。こんなことが本務校で起こっていたら、もっととんでもない事態になっていたでしょう。これは現実的に不可能な話です。

今年度は

昨年秋に教科書会議で話し合い、今年はもう少しとっつきやすそうで、かつアクティブラーニング的な要素も残した教科書を、文系学部(文芸学部を除く)では統一して採用しました。まだ一ヶ月しかたっていませんが、いまのところ問題や否定的な意見は聞こえてきません。教員それぞれが自分の意見や好みがあるので、誰もが納得する教科書などありえないのでしょう。しかし、今回の経験から、非常勤の先生方との日頃の情報交換の大切さを知りましたし、私たちがそもそも何を教えるべきなのかという大きな問題についても考えさせられました。今後の授業に上手に活かしていきたいと思います。