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ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

セミたちと古い校舎

大阪の夏は暑い

関西に移住して16年目になりますが、毎年この時期が一番過酷だな、と思います。

それまで住んでいた京都も、住民たちは夏の暑さ(そして冬の寒さ)をことさら嬉しげに自慢したものでした。京都の冬は確かに雪が多くて陰鬱ですが、空っ風の吹き付ける北関東の寒さに比べれば大したことはありません。

夏の暑さも栃木や埼玉の方が平均気温としては高いのかもしれませんが、大阪や京都の逃げ場のない、絶望的な暑さというのは、また独特のものがあります。

私は京都で学生時代を過ごし、大阪で働き、現在は阪神地方(神戸の手前)で暮らしています。三つの地域を比較すると、やはり大阪が一番暑いと思います。気温が高いというより、街の中や大学、駅など、移動する場所に熱がこもっているところが多いように思います。この辺りの違いを誰かちゃんとまとめていてくれるといいのですが。

 

夏は虫が多い

最近セミから見た環境の変化について本で読み、関西の暑さと昆虫の生態の関係について学びました。 

クマゼミから温暖化を考える (岩波ジュニア新書)

クマゼミから温暖化を考える (岩波ジュニア新書)

 

 東京で住んでいたアパートは、緑の少ないごちゃごちゃした商店街の近くにあったため、窓を開けっ放しにしていても、まったく虫が入ってくることはありませんでした。

しかし、京都に移住してからは夏といえば虫というくらい、さまざまな虫が家に現れ、日々虫たちとの戦いが繰り広げられていました。

北白川のアパート(家のすぐ裏が山)では、部屋にセミやカミキリムシが入ってきたり、朝起きたらベッドにアリがいっぱい歩いていたこともありました。

銀閣寺道のアパートは、便利な住宅地にありましたが、ここでは保存してあるそばや小麦粉に小さな虫が大量発生しました。

院生時代に3年続けた喫茶店のバイトも、夏は害虫たち(たまに害獣も出たりした)との戦いでした。

昆虫に悩まされる生活を10年も続けていくと、だんだん考えが変わってきました。果たして昆虫とは我々の敵なのだろうか、と考えるようになったのでした。

いかに虫たちを駆除するべきかを調べようとして、昆虫の生態や昆虫食文化、昆虫と人間たちの関係、昆虫からわかる環境問題など、さまざまな文献を読むうち、虫たちというのは私たちの生活世界において重要な生物なんじゃないかと思えてきました。

セミたちと消えていく校舎

現在私の職場では大規模な校舎の新築工事が進められています。かつて薬学部の植物園があった場所は半分以上が掘り起こされ、新しいビル(12階建ての巨塔)が建てられています。残った半分の庭園が、現在は喫煙所として残されています。

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大きな木が数本残っている、小さな庭は、この時期ぎっしりとクマゼミで覆い尽くされます。いったいどれほどの数がこの木にしがみついているのかと思うほど、彼らの鳴き声が大きく響き渡っています。このセミたちは、約7年間土の中にいて、ようやく地上に現れたのです。

しかし、すぐ隣は工事現場です。彼らの兄弟たちの多くは、工事のことなど知らず、土の中で過ごしているうちに、逃げることもできないまま重機に押しつぶされてしまったのでしょう。そんなセミの一族の無念、そして生き残った者たちの生命力を思うと、セミの立てる轟音も、むしろかけがえのないものとして感じられます。

来年には二期工事が始まり、この植物園の残骸も潰されてしまうでしょう。その時、セミの一族は一旦この場所から完全に消え去るでしょう。(南校舎にもセミたちが群がる木が残っていますが、先ほど紹介した本によると、セミはそれほど長距離を移動しないそうです)老朽化のため、もはや授業が行われないこの味わい深い校舎とともに、セミたちは消えていくのです。

古くて汚くて、半ば忘れ去られてすらいる校舎たちが改装されて無くなっていくのと共に、この場所から姿を消す、セミたちのことも覚えていたいものです。