ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

アルテミドロスの夢判断

前回のテーマはフロイトの夢解釈

先週の授業では、世紀転換期ドイツ語圏の文化のひとつということで、フロイトの夢解釈について話しました。その前の回が『シュレーバー回想録』だったので、無意識や精神病への関心というテーマで連続性があるということを強調しました。

フロイトの夢解釈の前史として、メスメリズムおよびシャルコーのヒステリー研究を紹介し、フロイトの『夢解釈について』と『詩人と空想』の一部を取り上げました。フロイトにおける夢とは、自分の経験したことや頭の中のイメージがなんらかの加工を経て、夢という意味のわかるもの(意味を持ったもの)へと形成される。そしてそれは、私たちが日常目にしている文学作品や映画においても同じである(『詩人と空想』の論点)といった話をしました。

 

あなたの見た夢はどんな夢?その意味は?

夢解釈の話に入る前に、学生たちに最近見た夢について書いてもらいました。最近どんな夢を見たか、そしてその夢をどう解釈するか、ということについて答案用紙に書かせました。

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定番の「落ちる夢」や「バイトに追われる夢」、「好きなアイドルに会う夢」なども多かったのですが、それぞれ自分なりになぜその夢を見たのか理由を考えたり、夢の意味を考えたりしていました。

古代ギリシアの夢解釈、アルテミドロスの『夢判断の書』

フロイトの『夢解釈』という本そのものは、とても分厚い本です。私が面白いと思うのは、フロイトが自分自身の論を展開する前に、膨大な数の先行研究を紹介している点です。それこそ古代からフロイトにとっての現代である19世紀末まで、おびただしい数の夢研究が残されてきました。フロイトが言及する文献の中でも特に古くて、そして非常に夢の実例を多く収録しているのが、古代ギリシア(2世紀)に活動した占い師アルテミドロスの『夢判断の書』です。

 

夢判断の書 (叢書アレクサンドリア図書館)

夢判断の書 (叢書アレクサンドリア図書館)

 

 私はこの本が非常に好きで、これまでに何度も読み返しています。なかでも気に入っている夢判断をいくつか、授業の資料に引用して紹介しました。

 

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どの例も、なるほどと頷きたくなる妙な説得力があります。

授業でスライドに引用した事例以外にも、様々な夢とその解釈が収録されています。面白いものとして、こんなものもありました。

 

内臓の夢

腹を切り開いてみたとき、内臓が各部分とも本来の位置にあって整然と並んでいる夢は、子供のいない人および貧者に吉。子供が生まれ、財産ができるだろう。なぜなら、内臓を意味するスプランクナという言葉は、子供をも意味するからであり、腹の中に内臓があるのは、家の中に財産があるのと同じだからである。富者には恥辱を、秘密を持っている人には秘密の発覚を予言する。他人に内臓を見られる夢は、誰にとっても危険の前兆である。失敗をして裁判に巻きこまれ、隠していたことを暴露されるだろう。

 

胸と乳房の夢

たくさんの乳房をつけている夢は、乳房が大きくふくらむ夢と同じことを意味するが、女には姦通の予言でもある。

知人に胸を刺される夢は、老人にとっては、悲しい知らせを聞くことを意味する。だが若い男女にとっては、恋の予兆である。

 

どの項目を見ても、本当にこんな夢を見る人間がいるのだろうか?と疑いたくなるような、突飛な夢が続出して面白いです。アルテミドロスの収集した事例を見ていると、大昔の人間と今の私たちとは、夢の素材になるような経験も、夢を加工するノイズや欲望も全くことなっていたのかもしれないと思います。

しかし、授業が終わった後、学生たちの答案を見てみると、彼ら自身のいろいろな夢の記録や解釈が出てきました。驚いたことに、アルテミドロスの解釈した夢と同じような、耳から稲が生えてくる夢を見た学生がいたということです。彼が財産にめぐまれることを祈ります。