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ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

講義科目をどうするか?(5)文学テクストを使った講義実践

ドイツ語 研究活動

第4回までで、これまで2年間の試みの紹介、さらに大学教員になる以前に教えていた看護学校での講義、そして2016年度の講義をどう変えるかという話をしてきました。

今回は、今年度取り組んでいる講義を実際にどうやって進めているのかを説明します。

使用するもの、配布するもの

講義の際には、毎回Keynoteでスライドを作り、教壇上のスクリーンとサブディスプレイを使って映します。さらに、Keynoteの配付資料(A3一枚に収まる量=16ページ以内。すべてのスライドをそのまま小さくして配布しているのではなく、主要な部分だけを選んだ配布版を使っている)と、その回で取り上げる文学テクストを、授業開始時に教室前方の机に置いておき、各自が答案用紙とともに持っていく形にしています。

答案用紙は、授業中に出題する課題の答えを書く紙です。B5サイズの用紙を使っています。

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(5月30日、第8回 フロイトの回です。毎回スライドの表紙にはテーマに関連した画像を載せます)

 

文学作品のコピーも、あまり枚数が多くなると大変なので、なんとかA3サイズ両面で2枚までに収めることにしています。A3両面ですから、普通の大きさの本であれば、16ページで両面2枚となります。第5回の『ブッデンブローク家』のような超長編だと、どこを使用するか選ぶのが非常に大変です。(始めはA3サイズを使っていましたが、紙束がかなり重くなり、研究室から教室までの移動が大変なので、ここ2回ほど、B4サイズに統一したものにしています。おかげで持ち運びが楽になりました)。

たいてい読むテクストはコピーをしますが、ニーチェの回では、『人間的、あまりに人間的』の中の、短いアフォリズムを全集からいくつか取り上げたかったので、自分でWordで書き写し、4ページほどの縦書きの資料を作りました。こうしたほうが当然本のコピーよりも読みやすいです。

 

授業開始、前回の振り返り

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授業開始時には、毎回前回の講義で答案用紙に記入させた課題の解説をします。この時間をとることで、前週の講義内容を復習し、今回の内容とのつながりを意識してもらえればと思っています。

しかし学生たちにとっては、前の週の内容=もう消えてしまった時間なのかもしれません、どうしても私語が多くなりがちです。そこで、第8回目には、採点したこれまでの答案用紙をまとめて返却しました。自分の記入した答案用紙が手元にあれば、先週自分が何を考えていたのかが思い出せます。点数に気を取られがちな学生も多いのですが、それよりも、先週抱いた疑問を思い出すことが重要です。

また、採点した答案用紙を返却したことで、学生たちにも、授業における答案が教員とのコミュニケーションの場であるということが意識されるようになったように思います。というのも、毎回課題とともに講義の感想や気付いたことなどを書くように呼びかけていましたが、前回はこれまでとは異なり、難しかった、面白かったという一言だけでない、自分なりに考えた感想が多く見られたからです。答案用紙と前週の振り返りによる相互作用で、学生が能動的に参加するようになればいいと思っています。

 

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上の写真では、課題3に対する、学生の答えをいくつか紹介しています。課題の振り返りのさいには、私自身が書いた解答を提示するよりも、学生たちの答案の中から、よく書けているもの、面白いものを取り上げたいと思っています。

この回では、世紀転換期ドイツの心霊主義シュレーバー回想録をテーマにしたのですが、シュレーバーについての意見で、非常に的確なコメントが見られました。特に面白かった箇所には、上の写真のように色をつけておきました。

 

iPadiPhone、机間巡視

講義の間は、iPadをプロジェクタとつないでKeynoteを映し、iPhoneiPadのスライドを遠隔操作します。そうすることで、自由に教室内を歩きながら(当然ワイヤレスマイクを持っているので)話をすることができます。

iPadiPhoneから動かすには、まずそれぞれを同じネットワークにつなぎます。

www.html5-memo.com

こちらのリンクに詳しく説明されているように、iPadの方で、リモート操作を有効にしておきます。この操作は一度やっておけば、次からは不要です。

それから、iPadKeynoteから使いたいプレゼンを開きます。

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次に、iPhoneKeynoteを開き、プレゼンテーション選択画面の上にある右矢印のついたボタンを押します。(再生マーク)

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すると、スタートボタンが表示されます。ボタンを押すとPCをプロジェクタにつないだときのように、スライドを送ったり戻したり、発表者ノートをiPhone側から見たりできます。

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また、非常に便利なのが、ポインタツールです。iPhone側から、ポインタを使って、スライド上の文字をなぞったり、ペンで書き込んだりすることができます。色も何色かの中から選べます。

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 ペンを使って、スライド上の写真をなぞってみます。

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すると同じようにiPadやスクリーン上にマークしたり、文字を書いたりできます。学生の視線を引きつけたい時に使えますね。

机間巡視と課題で学生との対話が生まれる

前回(講義科目をどうするか?(4))で述べたように、今年度の講義のポイントは、iPhoneによるスライド遠隔操作と学生に課題を出したことです。

先ほど説明したiPhoneiPadを遠隔操作して、教室を歩き回って講義するということと、学生への課題出題とは、学生との対話という形で結びつきます。

講義開始後に、私がテーマについて大まかに説明をしたり、知識や資料を提示します。その後一つ目の課題を出し、学生たちは解答用紙に自分の答えを書きます。

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第6回の課題の例です。この時は、前半で1900年ごろの社会の動きとして、生活改革運動を取り上げ、水浴・温浴療法、日光浴や体操の流行などの事例を背景とともに説明しました。その後課題1という形で、簡単にここまでの話の流れを自分の言葉でまとめさせています。さらにこの回は、健康ブームという現代にも当てはまる現象を取り上げたので、現代においてどのような健康ブームがあるか?という問いで、現代日本との関連性を意識させました。

 

課題を出してから、10分〜20分程度(テクストを読む場合は長い時間をとります)机間巡視を行い、学生たちの進み具合をチェックしていきます。

やる気のある学生、全くない学生と様々ですから、一人一人に合わせた対応をします。すぐに手を動かし、あっという間に書き上げてしまった学生には、「いい答えだね、ここのあたり、もっと詳しく書いてみてもいいね」などとコメントし、なかなか書き出せない学生には「もう一回資料を読み直してヒントを探そう」などと発破をかけます。私語が多くなりがちなグループもありますが、そういう時でもグループの一人の学生に声をかけると、おのずと他の学生たちもちゃんとやらなきゃ、という雰囲気になります。

書き終わって喋っている学生たちには、「お互いに違いを比べてみよう。本当にこの答えでいいのか考えてみよう」と呼びかけたりもします。その事で資料やテーマについての議論になったり、私への質問が生まれたりもします。

課題1を大半の学生が書き終えたら、さらに講義を進めていきます。およそ10分から15分程度私が話したら、課題2、課題3へと進みます。学生たちに考える時間を十分にとりたいので、大まかな情報やヒントを提示する以外は、なるべく私が解説をしすぎないように気をつけています。

課題は、授業時間はじめには答えやすいものを配置します。上のスライドのように、そこまでの講義の中で解説した内容をまとめたり、講義内容と自分の身の回りの生活から解答できるような問いを選びます。課題2、課題3では、より時間のかかる問題を出します。小説の内容を自分の言葉でまとめたり、テクストのキーワードや中心になる概念をまとめたり、他の作品と比較したりといった問題を出しています。

このように、大教室の講義でも、学生との対話を積極的に行うようにしているので、徐々に学生たちがなついてきました。授業の後に質問をしたり、一言コメントを私に言って帰る学生たちが増えてきています。これは大変嬉しいことです。 

答案用紙から次回の講義へとつなげる

学生の答案用紙には、毎時間出題する課題の答えの他に、感想を書いてもらっています。感想や気になったこと、気づいたことを書くように呼びかけると、全員とは言えませんが、少なからぬ学生が、講義のどのような内容に興味を持ったかを書いてきます。学生からのコメントは次の講義のヒントになります。

第5回の講義では、トーマス・マンの『ブッデンブローク家』を取り上げ、同時に、この作品でも言及されている学校における体操の話もしました。近代ドイツにおいて体操は、フランスなど外敵から祖国を守れる強靭な若者を育てようという発想のもとで普及していきました。それが19世紀末になると市民社会全体に広まり、健康法ブームとして他の自然療法・民間療法とも結びついていきます。

このような話をしたところ、学生たちが健康法ブームに関心を示していました。そこで第6回では生活改革運動について紹介し、健康ブームがどのようなものだったかを話しました。以下のスライド。

 

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このように、講義最後の感想から、次の回で話す内容を考えたりします。学生たちから反響があった話題については、もう一度少し補うことで、前の回と次の回の話題が連続性を持っていることを意識してもらえればと考えています。

 

うまくいかない回もある—失敗の要因とは? 

しかし毎回うまくいくわけではありません。これまでに8回の講義を終えましたが、数回、明らかに失敗だったと思える回がありました。

各回のテーマについては、前回のエントリを見てください。うまくいったと思えたのは、第2回、第4回、第6回、第7回、第8回です。しかし、第3回ゲーテファウスト』の回と、第5回トーマス・マン『ブッデンブローク家』の回は失敗でした。

うまくいった回とうまくいかない回の違いはどのような点にあるのかも考えてみます。うまくいかなかった要因として、まず考えられるのは、取り上げたテクストの量と難易度です。『ファウスト』も『ブッデンブローク家』も、元は非常に長い作品です。その中のごく一部分を取り出して授業で読ませています。そのため、コピーを配布しない部分については、こちらでスライドの中で解説をしています。

また、テクストの難しさも問題になります。シュレーバー『回想録』やフロイトの『詩人と空想』も確かに難解な部分はあります。しかし難しいキーワード(フロイトなどは明らかに説明不足で分かりにくい部分があります)にとらわれずに、全体としてどんな話なのかを考えれば、まだ部分だけを引用しても内容を汲み取ることはできます。

しかし、超長編小説だと、関係ない人名はたくさん登場するし、登場人物同士の関係性がわかっていないと、物語のセリフの意味もよく理解できなくなります。そのように考えると、やはり長い小説のごく数ページだけを読むというのは難しくなります。特に『ブッデンブローク家』は失敗だったと痛感しています。

逆にうまくいった回として、とりわけ学生が生き生きしていたのは、第6回のニーチェの回です。『人間的、あまりに人間的』の中から、特に学生たちにとって日常的な関心と重なる、人間関係についてのアフォリズムを選びました。ニーチェアフォリズムは長いものもありますが、短いものは1、2行しかないので、非常にとっつきやすく感じられます。正直なところ、学生たちにはあまり簡単すぎるものを読ませたくはないし、簡単に腑に落ちたとスッキリしてもらっちゃ困ると思っています。 分からなさに立ち止まるような読書体験を少しでもして欲しいと考えているので、みんなが「よくわかった、簡単だった」というような授業にならないように気をつけたいところです。

 

まとめ 

5月半ばから5回にわたって書き続けてきた講義科目についての考察も、そろそろ終わりにします。最後にこれまでに考えてきたことから、自分なりの原則のようなものが見えてきたので、まとめておきます。

  1. 講義科目といっても、教員が話すだけ、学生が聞くだけとならないよう気をつける。
  2. 学生に考える材料を与え、課題を出すことで、語学の授業と同じように、能動的に参加する講義を作れる。
  3. 多すぎる受講生に対応するには、こまめな机間巡視と声かけが有効。学生たちが教員とのコミュニケーションの中で学んでいるということを自覚させる。
  4. 毎回の講義の形を揃えること。1)振り返り、2)テーマの概要を説明、3)中心となるテクスト、人物、作品を紹介、4)考察。この段階の間に、3、4個の課題を挟む。
  5. 自分なりの型を意識すると、どのようなテーマや題材でも同じように講義で扱うことができる。