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ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

講義科目をどうするか?(2)1、2年目の試み

講義内容をどうしたらいいのかということについて考えた前回に続き、今回は1、2年目(2013、2014年度)にやったことのまとめです。

映画を見せることにした

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(2015年夏に、職場内での研究発表会でこの講義について報告しました)

講義内容や方法論を模索していたのは、実は今の職場に着任する前のことでした。公募の際にも語学の他に、講義科目も担当することと明記してあったので、面接の時にシラバス案を持ってきて説明しました。シラバスの提出は義務づけられているわけではありませんが、講義内容についての質問は当然くると思っていたので、作ってきて正解でした。*1

話を元に戻します。面接の頃からある程度考え始めていた講義内容ですが、実際に細かい内容を決めていったのは、着任する2ヶ月前ごろでした。2013年度は、1870年代、ドイツ帝国の成立期から第一次大戦、第二次大戦を経て、東西冷戦、ドイツ再統一という130年くらいの歴史を7つの作品から見ることにしました。なぜ、ドイツ帝国成立期から始まるのかといえば、私が19世紀末あたりを専門にしているし、何より『コッホ先生と僕らの革命』を見せたかったからです。

以下、取り上げた作品と授業のテーマです。

  1. ドイツ帝国の成立とスポーツ 『コッホ先生と僕らの革命』
  2. 第一次世界大戦とドイツ 『戦場のアリア』
  3. ベルリンオリンピックナチスの時代 『アイガー北壁』
  4. ナチスドイツ時代と抵抗運動 『白バラの祈り
  5. 戦後ドイツとフットボール 『ベルンの奇跡』
  6. ベルリンの壁崩壊と統一ドイツ 『グッバイ、レーニン!
  7. 原発とドイツのエコ政策 『みえない雲』

2014年の授業では、毎回30分くらいの講義(時代背景、トピックなどの紹介)と50分くらいの映画上映、10分くらいでコメントカードの記入という時間配分で進めていました。映画はだいたい2回で一本のペースですべて(早送りなしで)見せていました。そのため、七本の作品を取り上げるといってもかなりのハイペースで、私も受講生もすこし忙しかっただろうと思います。

さらに、各作品を見終わるごとに、800字〜1200字の小レポートを課していました。このレポートを読むのもかなりの労力が必要でした。

また、あまり詳しくないテーマ、とりわけ7番目の現代ドイツのエコ政策などについては資料を読むのが本当に大変でした。

 

2年目は少し内容を変更

2014年前期は受講者70名、後期は20名程度があつまりました。

1年目の授業を終え、気づいたことがいくつかありました。一つには、学生たちは東西冷戦時代を全く知らないということはわかっていましたが、それゆえに逆に東ドイツに興味を示す学生がたくさんいたということです。たしかにもうなくなってしまった(現地に行くといまだにそこかしこに痕跡が見つかりますが)国である東ドイツは現在に生きる私たちにとって、興味深い場所です。

そして、もう一つは、回を増すごとに学生たちが映画を見る方法を身につけていくということでした。14年度の授業では、全体的にわかりやすい映画を選ぶように心がけました。学生たちが映画を見ること自体になれていないということが予想されていたからです。自分自身を振り返っても、大学に入って東京に出るまでは、ロボコップとかターミネーターみたいなハリウッド映画をゴールデン洋画劇場で見た経験しかありませんでした。しかし学生たちは授業を通じて、映画の何を見たらいいのかを急速に身につけていきました。コメントカードに書く内容が、単に面白かっただけではなくて、徐々に自分なりの考察になっていきます。その成長の早さにおどろかされました。

ということで、2年目も同じように映画を使って歴史の話をすることにしましたが、少しだけ内容を変えました。2年目は、戦後ドイツの歴史、とりわけ東西分裂時代を中心にしようということにしました。

2015年度の授業内容と映画作品は以下の通りです。

  1. 戦後ドイツの出発とワールドカップ『ベルンの奇跡』
  2. 68年のドイツとテロリズム 『バーダー・マインホフ—理想の果てに—』
  3. 西ベルリンと壁 『ベルリン天使の詩
  4. 東ドイツの芸術と検閲 『善き人のためのソナタ
  5. ドイツと東ヨーロッパ 『アンダー・グラウンド』
  6. 2000年代における東ドイツの痕跡 『グッバイ、レーニン!

前年度より1本減らした代わりに、2時間を超える長い作品も取り上げることができました。とくに『バーダー・マインホフ』や『アンダー・グラウンド』は私自身強烈なショックを受けた作品で、ぜひとも取り上げたいと思っていました。内容的な難しさや、ショッキングな映像など、万人受けする作品ではないでしょうが、せっかく自分の授業なのだから、自分の思い入れのある作品がいい、と思い切って選びました。

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「バーダー・マインホフ」2回目の授業資料。いろいろな出来事が起こっていて難しかったので、前回見た内容を整理。

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(資料裏面。主要な登場人物を顔写真付きでまとめた。これにものすごく時間と手間がかかった。そして下の方には「本日の問題」学生たちはコメントカード(B6サイズ)に回答を記入)

いかにして学生に考える時間を与えるか

2年目に大きく変えた点として、授業時間内にいくつかの課題を出したことが挙げられます。1年目は、コメントカード(出席票代わり)に今回の講義で面白かったことや気になったことを書くようにと呼びかけていましたが、このような漠然とした指示では、学生たちは何も書きません。

2年目には、映画を見せながら、どこをじっくり見て欲しいか、どこがその作品のポイントになるのかをよく考え、作品の内容についての問題を毎回3つから5つほど出していました。

たとえば、第12回、『グッバイ、レーニン!』の前半を見た回では、

1)アレックスは何のために夜のベルリンで行進していたのか?

2)アレックスはなぜ母の部屋を元通りに改装したのか?

3)母にピクルスが食べたいと言われたアレックスはどうやって用意したのか?

4)今回の映画を観て考えたこと、気づいたことなどを書きましょう。

というように、4つの問題を出しています。各回ごとのコメントカードは後日点数をつけ、翌週の授業の中でいくつかのコメントを紹介し、内容の確認を行いました。

 

 ベルリン天使の詩で、学生たちの8割が寝落ち!

全15回の講義でもっとも困ったのは、第7回〜8回の『ベルリン天使の詩』でした。ベルリンが分断されている時代を東西両方の視点から見ておきたい、そう思ったので東を描いた『善き人』や『レーニン』に対して、西側から分断されたベルリンを描いている作品としてヴェンダースのこの名作を選んだのでした。この作品はたしか学部生の頃に見て、えらく感動してその後すぐにベルリンに短期語学研修を受けに行った、思い出深い作品でした。しかし20年ぶりにじっくり見直してみて、おどろきました。最初の1時間くらい、ほとんど何も起きません。天使たちの視点で白黒の西ベルリンが描かれ、だれかのモノローグがぼそぼそと聞こえるだけです。たしかに天使が空から降下していくようなカメラの動きや、ちょっとした人物の表情など、すばらしいカットはたくさんあるのですが、映画としてのわかりやすさはゼロです。これは授業に使えないのではないか、と心配になって、別の作品に変更しようかと迷ったのですが、結局美しい映像を見るだけでも価値があるだろうと、取り上げることを決めました。

しかし当然のことながら、初回はほとんど物語が動かないので、学生たちは退屈して、約8割が寝落ちしていました。まあ、想定の範囲内なので驚きませんでした。二回目も楽しく見ていた学生は半数以下。ところがコメントカードを見ると、面白かったと書いてきた学生が10人くらいいました。140人分の10人ですが、私としては十分な成果が得られたと感じていました。

 

後期は別の作品を

14年度後期は履修者が大幅に減り、2年生が8人のみ登録。実際に毎週出ていたのは6人でした。これだけ少なくなってしまうと、授業のやり方も一方的な講義ではなく、インタラクティブなゼミ形式に近づけた方がいいのかも、と思ったのですが結局同じようなやり方で進めることにしました。

しかし、『ベルリン天使の詩』だけはなんとかしないといけません。140人もいたから、10人の学生が面白がってくれたけど、6人しかいなかったら全滅ということも有りえます。そこで、現代ドイツにおいてもう一つ重要な問題である、移民系ドイツ人のことを扱おうと思い、ファティ・アキンの『おじいちゃんの里帰り』を見せることにしました。

映画を見せる授業はやめようと思った

2年間取り組んできた、映画によるドイツ文化と歴史の講義ですが、2年目の後期に、もう限界だなと感じました。学生達はよく勉強するので問題ないのですが、教室の設備的に映画を上映するのは無理だと分かったのでした。私の学部は築50年くらいが経過している古い建物で、入っている機材も老朽化しています。北側の教室はあまり日光が差さないのでプロジェクタが見やすいのですが、南側の部屋はブラインドを下ろしても外の光が強くて、 プロジェクタの光量不足のため、映像を見るのは辛いものがありました。暗い場面が長く含まれている作品*2などは、ほとんど見えなくなるということもありました。

また、定員200人くらいの教室にもかかわらず、スクリーンが小さく、パワーポイントやPagesで作った資料は部屋の中央より後ろだとほとんど見えません。サブディスプレイも資料を提示する際には映るけど、DVDを映すと見えなくなってしまいます。(どこかが繋がっていなかったのかもしれません)こういったハード面でのトラブルにいちいち気を使うことがしんどくなってきたのでした。

映画じゃなくても、文学でも同じことができるはず

そもそも映画を教材に用いたのは、まったく知識ゼロでも、授業時間中に資料を読み解き、知識を得るとともに考えを深めることができることを期待したからでした。学生が何らかの教材に対して一定時間をかけて読むなり考えるなりすることを授業の核にするのであれば、映画でなくてもいいのではないかと気がつきました。そうです。文学作品でも絵画でも漫画でもいいわけです。学生に教材を与え、教員がアドバイスや解説をすればいい、そういう授業のやり方もあるはずだ。2年目の一番の課題は、この点に気がつけたことでした。そして、3年目の授業内容を考える段階に移ります。

 

*1:公募についてはのちにまとめて書きますが、講義科目も担当することがわかっているのであれば、面接の際にシラバスを作っておくといいです。私は実際に大学で実施した映画で学ぶ近現代史のシラバスと、もう一つ自分の専門であるドイツオカルティズムについてのシラバスを用意しました。人数分コピーを取っておいて、面接の際に配布して話すとわかりやすいし、評価もよくなるはずです

*2:『アイガー北壁』の後半、悪天候の中でザイルで吊るされる中ビバークする場面など