ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

いつもどこへ走りに行くのか

お気に入りのジョギングコースを紹介します

先日の紀州口熊野マラソン以後、4月の香住マラソン、5月6月のウルトラマラソンまで、毎月大会が続きます。徐々にあたたかくなって走りやすいので、練習の回数が増えてきました。

今日は、これまで西宮に4年間住んで自分なりに作ってきたジョギングコースをいくつかのエリアにわけて紹介します。

 

京都に比べて都会だけど、変化に富んだコースを走れる

京都に住んでいた頃は、左京区では鯖街道賀茂川右京区では桂川や北嵯峨と、自然に恵まれたところを走っていました。*1

しかし4年前に住み始めた西宮市は、わりとどこも住宅地が広がっていて、全く信号がないサイクリングロードのような場所はあまりありません。とはいえ、山や海、大きな川など少し足を伸ばせば走りやすい場所はたくさんあります。人が大勢いる観光地などがないので、京都よりもジョギングには適した環境かもしれません。

以下、グーグルマップとこれまでに撮ってきた写真で、気に入っているコースを紹介していきます。

 

浜コース

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私は西宮の海岸近くに住んでいるので、引越してすぐに走りに行ったのが、海岸の埋立地である西宮浜でした。埋立地は工業地帯および住宅地になっていて、南端にはヨットハーバーがあります。自宅からヨットハーバーまで往復するとちょうど10kmくらいです。ここから西に橋を渡って、南芦屋浜や深江浜まで行くこともあります。大きな橋から見える海がきれいです。

また、国道43号より一本南の県道342号線を東に進んで、今津灯台甲子園球場まで行ったこともありました。どこもほとんど起伏がないので走りやすいです。

 

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香櫨園浜。かつては海水浴場だった海岸です。いまも砂浜や江戸時代に作られた砲台が残っています。

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西宮浜のまわりは走りやすい道路です。散歩をする人、サイクリングをする人がたくさんいます。

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南芦屋浜から深江浜へとつづく橋。のぼりくだりがきついけど、景色は最高です。

 

山の手コース

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(苦楽園・六麓荘・朝日ヶ丘と丘陵地にお屋敷が並んでいます)

おそらく回数としては一番よく走りに行くのが、自宅から北に向かうコースです。芦屋市に入って、岩園町、六麓荘あたりまで行って、甲南中学高校の前を通って、芦屋川沿いに坂を下るコースをよく走ります。これもちょうど10kmくらいになります。また、自宅から北東方面にあたる、北夙川、苦楽園、甲陽園方面へ行くこともあります。

このへんは日本有数の高級住宅街なので、桁外れのお金持ちの世界を見ることができ、楽しめます。

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苦楽園のお屋敷町

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岩園町から苦楽園方面へ

複雑に上り下りを繰り返す坂道を通って、東は関西学院大学、西は神戸大あたりまで足を伸ばしています。

山手コースは、高低差がかなり大きいので、少ない時間でもトレーニング効果を高めることができます。

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苦楽園でみつけた子猫たち。はじめ置物かと思ったら全員一斉にこっちを見たので驚いた。

 

街道コース

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(JRと平行に東西に通じているのが国道2号線です。神戸までまっすぐ行けます)

坂道を登る元気がないときや、あまり遠くまで行かなくてもいいかなと思うときは、自宅近くの国道2号線周辺を走ります。歩道が広く、自転車や歩行者がそれほど多くいないので、どの時間帯でも非常に走りやすいです。

国道2号線で東灘区の摂津本山駅付近まで行って、そこから山手幹線を引き返して来るとちょうど10kmほどの距離になります。また、逆方向に進んで、武庫川まで行ったり、あるいは東灘区からさらに西に進んで三宮まで行くこともあります。

三宮まで往復すると30km近い距離になりますが、たいていは往復せずに、三宮から電車で戻ってきてしまいます。

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三宮駅手前にて。ここから阪神で引き返しました。

また、フルマラソン前の練習では、神戸の西端の舞子駅西明石駅まで電車で行って、国道2号線を使って戻って来るコースを走ることもあります。これも途中で電車に乗りたくなる誘惑との戦いです。

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明石海峡大橋。ジョギングだと橋のすぐ下を通ります。

 

川コース

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西宮と尼崎の境界にある武庫川は、河川敷が広く、舗装されていない柔らかい地面を走れるのでときどき出かけていました。武庫川の河口から、上流の宝塚まで行くと往復20km近くになります。

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武庫川の河川敷です。広々した景色が楽しめます。

当然河川敷なので信号などはなく、自分のペースで走れます。しかし、自宅からは川までいくだけで5kmと少し離れているので最近はあまり行く機会がありません。

また、自宅近くでも夙川沿いの遊歩道や、芦屋川沿いの砂利道を走ることもあります。短い川なのでそれほど長距離を走ることはできませんが、涼しくて気持ちいいので、夏によく出かけていました。

 

山コース

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山手コースからさらに奥へ進むと、峠道を登るコースにつづきます。夙川沿いに坂を登って行き、甲陽学院高校を越え、北山植物園、西宮甲山高校までくると、有馬温泉、宝塚、六甲山へとそれぞれ峠越えの道が分岐しています。

昨年6月のウルトラマラソンの前には、六甲山山頂へとドライブウェイを登る練習をしました。山道と違って、階段や岩はないので一見走りやすそうに見えますが、ドライブウェイは車道なので、そもそも人力で登ることなど想定して作られていないため、過酷な上り坂が続きます。歩いて上り下りするだけでかなり体力がつくでしょう。

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ドライブウェイ。厳しい上り坂です。

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六甲山最高点。景色がいいです。

トレイルランの練習をするときは、苦楽園中学校裏からゴロゴロ岳(565m)に登ったりもしました。自宅からすぐに行ける山なので気に入っています。

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とても眺めがいい苦楽園中学校

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中学校裏から山道を登るとごろごろ岳。山頂付近には別荘地があります。

ジョギング中の写真撮影

かつては、ウェストポーチなどにスマホを入れて持ち歩くことはあっても、取り出すのが面倒であまり写真を撮ることはありませんでした。

防水のiPhone7を使うようになってから、ポーチではなく、ポケットやあるいはちょっとした距離なら手に持ったままスマホを持ち歩くようになりました。気に入った場所を手軽に撮影できるので便利です。

走りながら撮った景色を見ると、また行きたくなるのでモチベーションを維持するのにちょうどいいです。

 

 

*1:左京区では北白川に住んでいたので、岩倉や鞍馬、上賀茂あたりまで足を伸ばしていました。右京区では、北嵯峨の田園地帯をぐるっと回ったり、清滝や八丁峠も気に入っていました。桂川を下って長岡京まで行くこともありました。

泣き落としは絶対にダメ

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日頃学生に対して怒ることはありません

大学で教えるようになってそろそろ10年くらいになります。

どの大学でも、いろいろな学生がいますが、基本的に学生を叱りとばしたり、怒鳴りつけたりすることはありません。大学院生の頃の塾講師バイトでは、「子供を甘やかしすぎ」と言われることが多く、人を効果的に叱る方法がよくわかっていないというのもあるのですが、正直なところそれほど腹をたてるようなことがこれまでなかったからかもしれません。

しかし、ときどき、こればかりは許せないなと思うことがあります。今回は、試験の時期にはどこの大学でも見られる、泣き落としメールを送って来る学生について、なぜ私が腹立たしく思うのかを書いておきます。

 

試験の時期はやはり難しい問題が起こる

毎学期、どの大学でも試験の際にはいろいろな問題が起こります。問題というか学生による不正行為です。カンニングペーパーを隠し持っていた、とかトイレに行くついでにスマホカンニングをしたなどというのはどの授業でも聞く話です。私の授業では、一人3年生の学生が、試験前に机に鉛筆でメモを書いていたことがありました。始まる前に見つけたのですぐに消させました。

カンニングなどの不正行為は、いうなれば試験という約束事を壊す行為なので許せません。カンニングのように、明確に大学でやってはいけない行為とされていないけれど、やはり許せないのが、試験後のメールです。

 

試験後にメールで配慮を求めるのはやめてほしい

今回私が非常に腹立たしく思ったのが、試験が終わった後に、合格点を取る自信がないので、追加課題等で単位をもらえないかというメールを送ってきた学生です。

私の本務校のような大規模私立大学の場合は、さまざまな背景(一般入試、付属出身、指定校・商業高校からの推薦入学、スポーツ推薦等)をもった学生が来ているので、教員に配慮をもとめるというケースがなくはないようです(実際に自分のところにきた学生はいないのでわかりませんが)。ですから、そういった配慮してもらった学生の噂を聞いた別の学生が教員にメールを送って来るということはありうるだろうと思います。

しかし、去年も今年もメールを送ってきたのは、非常勤先の神戸大の学生たちでした。彼らは難関国立大に合格できるくらい、本来は勉強が得意なはずです。泣き落としや追加課題でお目こぼしなんていう手段をとらなくても、ドイツ語の勉強くらいできるはずです。

それに第4クオーターの始まりから、試験当日までは短いとはいえ1ヶ月半もありました。勉強についていけないなら途中でわかっていたでしょう。なのになぜ試験勉強をちゃんとやらないで、あとになってメールで相談などするのかと理解に苦しみます。

 

なぜ試験後のメールがダメなのか

メールを送ってくること自体は、不正行為でもなんでもない。たしかにそうでしょう。配慮を求めること自体は勝手にやってればいいという先生もいるでしょう。

私が問題だと思うのは、試験後のメールとその後のやりとりで単位が取れてしまえば、試験や普段の授業の意味がなくなってしまうという点です。私たちは、学生との関係(仲がいいとか信頼しているとか)のなかで単位を出しているわけではありません。自分たちが教えている分野について、理解できたかできていないか、知識が身についたか否かが私たちの単位を出す尺度です。そのためにレポートがあり、小テストがあり、期末試験があるわけです。それなのに、一番最後の試験ができなくて、すべて済んだ後で、配慮を求めるというのは、これまでの授業や試験、そしてシラバスという教員・学生間の契約を完全に無視することと等しいからです。

授業にちゃんと出ないとか、授業中にいねむりをするとか、そういったことは私はどうでもいいと思っています。しかし、成績評価をどうするかという、大学の制度の根幹にあたる部分をないがしろにするような行為については、厳しく対応しないといけないと思っています。

また、解答用紙の余白に「単位ください」とか「単位bitte!」とか「先生好き」とか「死ねばいいのに」とかあれこれ書いてくる学生については、欄外のぼやきなのだから好きにすればいいでしょう。成績評価には関係ないので、授業アンケートで事務職員さんの目に触れるコメントよりも、自由に書いてもらって構わないとすら思います。

単位が取れるかどうか不安な学生のみなさんへ

単位なんて教員とのコミュニケーションでなんとかなると思うのであれば、試験より1ヶ月前ごろには相談をしたほうがいいでしょう。

単位くれるよう配慮してほしいではなく、単位が取れるようにどんな勉強をすればいいかを聞くことは大いに結構です。試験まで一週間しかないけどどうしたらいいか、という相談もときどきあるけど、それだってもちろんウェルカムです。試験ができるかどうかは本人次第ですが、私としてもできる限りのことは教えます。

すくなくとも私も、学生たちには何かあれば事前に連絡して欲しいと言ってきました。そしてそのためにメールアドレスをシラバス等で公開してきました。

 

メール出して来る学生が発生した理由は?

今回よくわからないなと思っていたのは、毎年神戸大の学生ばかりが、試験後に配慮を求めるメールを出してくるという点でした。

いろいろ考えて気づいたのですが、おそらく国立大の場合は、成績開示や異議申立て制度があるためかもしれません。

本務校にはおそらくそのような制度はないと思います。今のところ一度も聞いたことはありません。

他の国立でも考えてみると、似たようなことがありました。5年くらい前ですが、京大で非常勤をしていた時には、自分と同じくらい試験ができていない友人は単位を取れているのに、なぜ自分が不合格なのか、本当は合格点がとれているのではないか、と異議申し立てをしてきた学生がいました。

異議申し立てや成績開示という制度はあってもいいと思っています。もちろんそれに反対するわけではありません。しかし、このような制度が、学生に、いざとなったら先生にメールすれば単位とれるんじゃないか?と安易な行動をさせるきっかけになっているとしたら残念です。

 

試験で何が見られているのか?

そもそもなんでドイツ語のような、たいして専門の勉強にも役立たない科目までちゃんと試験勉強をしないといけないのか、と思っている学生は多いでしょう。

たしかに、ドイツ語はかつてのように学問をする上でどうしても必要な言語ではなくなって(とは言えないけど、世の中全体が、英語でいいじゃんって雰囲気になっているだけです)しまっているのは事実です。

しょせん趣味の語学程度なんだから、合格の基準なんて適当でいいのではという考えもあるでしょうが、大学で単位を出す科目である以上、他の科目と同様、試験や課題で評価することは当然です。

そして、単に大学という制度を維持するために、ドイツ語の試験があるわけではありません。ドイツ語でも他の科目でも、大学のテストで問われているのは、授業で習得した知識をもとに、それを運用する能力です。どのようにわからないことを調べ、理解し、自分のものにしていくのか、それを学ぶのが大学だと私は思っています。ドイツ語が将来役に立たないとはいえ、学び方については、いくらでも応用が利くのでしっかり身につけてほしいと思います。

語学のような周辺的な科目だって、やはり学び方を学ぶ機会としておろそかにしてもらいたくはないと願っています。

 

メルカリで断捨離する

年始から30点くらいの商品を売った

年始から最近まで、毎日メルカリで不用品を売っては、コンビニで発送していました。お正月明けからの一ヶ月で30点ほどの商品を扱ったので、日によっては朝の出勤時に2点、帰宅して夕食後にもう2点発送するなんていうこともありました。自宅からコンビニまでは一番近くても徒歩12分くらいかかるので、毎回車でシャーっと乗り付けていました。

そうやって、コンビニで毎日のように荷物を出しているうち、下の記事に書いたように、自分のコンビニ店員時代を思い出したわけです。

schlossbaerental.hatenablog.com

 

そもそも、メルカリで家の不用品を売ろうと思ったきっかけは、昨年新しいカメラを買ったことでした。

 

schlossbaerental.hatenablog.com

高いカメラを新品で買ってしまったのだから、今持っている使わないカメラは売るか下取りしてもらうかしないともったいないと思ったのでした。

 

カメラがすぐ売れる

メルカリのアカウントを作り、出品の仕方を確認して、商品の写真を3、4枚撮りました。ちゃんと動くカメラとわかるように電源を入れた状態のものや、元箱や充電器など付属品も撮りました。カメラを買った時期や状態を書いて、商品を公開しました。

おどろいたことに、わずか数時間で、2台のデジカメが売れました。どちらも3、4年前の機種なので、べつにそれほど魅力があるわけでもなかろうと思っていたのですが、あっというまに買い手がつきました。

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メルカリの仕組み

メルカリのしくみと出品の手順についてここで簡単にまとめておきます。

1)アプリをインストールし、アカウントをつくる。

2)アプリから商品の写真を撮り、商品の説明文を書き、値段を決める。

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(出品スタート時点の画面です。カメラで写真を撮り説明を記入します)

3)出品する→しばらく待つと買い手がつく

4)その後はアプリの誘導に従って、梱包した商品をコンビニや郵便局から発送

5)商品が購入者の元に届くと、手数料(価格の10パーセント)と送料(175円〜900円くらい)を引いた金額が売上金としてアプリ内に計上される。

6)売上金を振り込み申請する。

7)振り込み指定日(月曜日締め金曜日払い)に登録した銀行口座に売上金が入金される。

出品して売上金を手にするまでの流れは上記のようにまとめられます。5)に書いたように、自分が決めた商品の値段から、手数料と送料を引いたものが売り上げとなります。ですから、値段が高い商品の場合は、手数料もそれだけ高くなってしまいます。PCやカメラの場合はメルカリの取り分を計算に入れて値段を決める必要があります。

ヤフオクとの違い ヤフオクの思い出

メルカリと同じように、個人売買ができる場所としては、ヤフオクが昔からありました。私は大学院時代によく利用していました。ヤフオクが便利なのは、新品で買うわけではないから失敗することもあるけど、それでもちょっと試しに使ってみたい、買ってみたいと思う商品が手軽に買える点でした。

院政時代愛用していたポーター のカバンも、いくつかはヤフオクで中古品を買って使っていました。また、シャネルの香水もはじめはヤフオクで半分残ってる瓶などを安く買って、その後気に入って現在は毎年免税店で買うようになっています。また、2004年ごろかiPodが普及し始めた頃には、中古でiPod miniを買って、壊れるまで使い倒しました。

ヤフオクでは、正規で買うと高いけど、中古でも価値(機能など)が変わらないものを買うことが特に多かったです。バイクのブレーキが盗難にあった時には、新品だと3万円くらいのブレーキを1万円くらいで買えました。バイカー時代に来ていたショットのレザージャケットもヤフオクで購入し、その後バイクを手放した時にほとんど同じくらいの値段でオークションで売却しました。

ヤフオクとメルカリは似たようなサービスですが、いくつかの点で異なっています。

まずメルカリの一番の特徴が、スピードです。ヤフオクの場合、購入希望者が締切時間までに入札を繰り返して行き、一番高値をつけた人が購入できることになります。たいてい3日から6日程度の期間をとります。商品の買い手が決まったら、振込先を連絡したり、送り先を教えてもらったりと、購入者と出品者がメールのやり取りをして交渉を進めます。なんだかんだで、おそらく出品から取引の完了まで10日くらいかかるのが普通ではないかと思います。

しかしメルカリの場合、値段は出品者側が決め、購入希望者は値下げの交渉をするという形で、ヤフオクと違い出品時から値段を下げることが多くなります。また、人気の商品、安い値段の商品などはあっというまに買い手がつきます。私の場合一番早かったのは、出品して1分以内に売れたときでした。

購入希望者は、大抵の場合カード決済やメルカリサイト内にある売上金を使って、すぐに代金を支払います。代金が支払われると、出品者はコンビニや郵便局から、QRコードを使って伝票を作成し、発送します。本人同士のメッセージのやりとりが必要ないので、このあたりの手続きは一瞬です。そのため購入希望者は購入手続きから2日後くらいにはすぐに商品を入手することができます。

お互いの本名や住所などの情報は、メルカリ側がもっていて、出品者・購入者はそれぞれ匿名性を保てるというのも非常に画期的な点です。

 

中古PCも売ってみる

中古カメラと同様、すぐに売れて利益が高いのがPCです。職業柄(?)使い古しのPCは家のあちこちに眠っています。今回はiMac1台、MacBook Air2台、MacBook Pro1台、さらにタブレットではiPad Air2を1台とネクサス7、Amazon KindleFireを売りました。

まだまだ使える妻のMacBook Air(early 2013)やiPad Air2(2015)は高く売れるとわかっていましたが、まさか2010年モデルのMacBook Proや2008年夏に買ったiMacまで売れるとは思いませんでした。しかしどの商品もたいていは1時間から1日以内に買い手がつきました。

メルカリでは、ほとんどゴミのようなものや、写真がちゃんと撮られていないものなども売られています。それが原因でトラブルも多いだろうと思いました。私としては、ただ売れればいいやではなく、自分がうるものについてはちゃんと責任を持ちたいと考えて、PC等はデータを消去する際に同時に、あれこれ整備もしました。

MacBook Proをまだまだ使えるようにする!

妻が結婚する前に買っていたMacBook Proはいつのまにか電源が入らなくなり、本棚の隙間に放置してありました。数ヶ月前に、これって何で動かないのかな?と取り出してみると、バッテリーが膨張してトラックパッドが盛り上がっていましたが、何度か試みるといちおう電源は入ることがわかりました。

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HDDを取り出して、SSDに取り替えました。

冬休み中にバッテリーを注文し、分解修理をしました。バッテリーを換えてOSをクリーンインストールするとけっこう快適に使えることがわかりました。さらに他のPCで使おうと思って買っていたSSDを入れてみると、少なくともネットをみるくらいなら全く不自由なく使えるようになりました。 DVDドライブの動作に少し不安が残りますが、それ以外はまだまだ現役で使えるマシンなので、買った人も満足されたと思います。

 

売れるものと売れないもの

いくつかの品物を売っているうち、売れるもの、売れないものの区別がわかってきました。PC、カメラ、家電製品の場合は、動くもの、バッテリーが生きている製品はたいてい買い手がつきます。多少古くても、必要な人、安ければいい人というのはいるようです。

靴やバッグも信頼の置けるブランド品であれば売れます。おどろいたことに、院生時代に4、5年使っていたポーターのリュックも売れました。昨年まで使っていた通勤用のノースフェイスもちょっとくたびれていたけど、すぐに買い手がつきました。

一方でなかなか売れないのが、食器類でした。また、売れても安いわりに梱包に気を使わないといけないし、場合によっては送料がかかってしまって、ほとんど利益がでないこともありました。

売れるものの、バッグなどはかさばるので梱包に苦労しました。値段が安い商品の場合は、手数料と送料を除くとほとんど儲けがなくなってしまうこともありました。

 

トラブルが厄介

このようにスピード感のある売買ができるメルカリですが、トラブルもたくさんあります。少し前には、現金を出品する人や盗品を出品する人などもいて話題になりました。私の場合、購入者の方とトラブルになったのは、このような犯罪がらみのことではありません。宅配業者のミス(と考えられる)による商品の破損が一件だけありました。

不要な食器を出品してすぐに買い手がついたので、発送したのですが、数日後にソーサーが一枚割れていました!とメールがきました。すぐにメルカリ事務局にトラブルの報告をしたのですが、なかなか対応してもらえずやきもきしました。結局トラブル発生から一週間くらいかかって、やっと補償してもらえることがわかりました。実害はなかったものの落ち着かない気分でした。

進化する梱包技術

PCやカメラだけでなく、服や食器、家電製品など、さまざまな商品を出品しているうちに、徐々に梱包技術も磨かれてきました。はじめはアマゾン箱に緩衝材ですき間を塞いで詰めるくらいでした。そのうちに、家にたまっていた段ボール箱をリサイクルし、さまざまな商品をきれいに梱包し、荷造り用透明テープで固める技術が身についていきました。

 

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カメラのレンズをアマゾン箱を使って梱包しています。

写真だってちゃんと撮りたい

自分が出している商品がどのくらいの値段で売れるのかを模索する際に、ほかの商品の写真や説明も参考にしました。そこで気付いたのですが、やはりすぐ売れる商品は説明文がしっかりしているだけでなく、写真がきれいに撮られています。メルカリはスマホタブレットですぐに出品できますが、そこであえて一眼レフで商品写真をつけるとあきらかに他の出品者から一歩抜きん出ることができます。

私はパナソニックG8に単焦点レンズをくっつけて、背景ボケを生かした写真をとってみました。 

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妻が一人暮らし時代に使っていたペンダントライトです。引越し後4年ほどしまったままで処分に困っていたので売れて安心しました。

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単焦点レンズならではの美しいボケです)

これから何を売るか?

一通り家にあるものを売り払ったところで、もう一つ売れそうなものを思い出しました。ロードバイクです。

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銀閣寺ハウス時代、玄関をめいっぱい使って整備していました)

2010年に購入後、当時勤めていた京都精華大学への通勤に使っていましたが、4年前に転居してから全く乗る機会がありません。やや古くなってはいますが、コンポーネントを全とっかえしたりと、それなりにお金をかけてカスタムした車体です。メルカリや姉妹アプリのアッテ(直接会って取引ができる)をつかえば、これも高値で売ることができそうです。

とりあえずホームセンターで買ったサビ取り剤で、錆を除去して、整備し直そうと思っていたのですが、せっかく整備するならまた乗ってもいいんじゃないかと思い始めました。売ろうと思えば売れるけど、自転車はまだ手元に置いておいて、ときどき乗ることにします。

 

ものの値段とはなんだろう、と考えたくなる

1ヶ月近くメルカリでさまざまな不用品を売りました。お金が手に入るということはもちろんうれしかったのですが、それ以上に、自分が売り手になって、ものに値段をつけ、それが他の人に求められて買われていくという一連の流れが非常に面白いなあと思っていました。私たちは日頃商品を、作り手側が決めた値段で買っています。

しかし、メルカリで売るときは、私は自分がこのくらいの価値だろうと思った値段で売ることができます。そうやって値段をつけることは自由ですが、買い手側に、値段の妥当性が伝わらないと商品はいつまでも売れません。では、適正な価格とはどんなものなのでしょう。メルカリでは私が自由に値段を決めることができるけど、商品の状態や年式、買い手がどのくらいいるか、どのくらいの希少性があるかなどさまざまな要因を考えながら、値段を決める必要があります。

フリマアプリで気楽に出品しながら、商品の値段や、世の中の流通の仕組みが興味深く思えてきました。

紀州口熊野マラソン、3回目の完走

2月はちょうどフルマラソンの季節です

1月から3月ごろにかけて、各地で毎週さまざまなマラソン大会が開かれています。東京マラソン京都マラソンなど、この時期に開催される有名どころの大会はテレビや新聞のニュースにもなります。しかし当然のことながら、都市部で開かれる大きな大会は人気が高いので、毎回抽選があり、10倍以上の高倍率を勝ち抜かないと出場することすらできません。

私は毎年この季節に2、3回フルマラソンに出場しています。今回はまず和歌山県上富田町で開かれた紀州口熊野マラソンに参加しました。

 

泉州国際マラソンは落選

昨年出場した、泉州国際マラソンですが、今年はなんと落選でした。

schlossbaerental.hatenablog.com

(昨年のレポートです↑)

自宅から日帰りで行きやすい大会なので残念でしたがしかたがありません。やはり都市型マラソンということで、出場条件がややきびしいものの(フルマラソン5時間以内)、参加者は非常に多いようです。

一方、口熊野マラソンは、大阪からすぐ行ける和歌山での大会ですが、規模は小さく、抽選はありません。参加費も安いので気軽に申し込める大会です。

kuchikumano-marathon.jp

 

和歌山は大阪から近い

東京や関東から見ると、和歌山県はでっぱった紀伊半島に位置し、中上健次の小説などで描かれた様子から、中央から遠く隔絶された田舎のイメージが強かったのですが、少なくとも和歌山市やその周辺は大阪からほど近く、やや地方色が強いベッドタウンといった様子でした。(しかし和歌山都市圏を離れると一気にものすごい田舎になります。高速道路は片側一車線で非常に混雑します)

 

枯木灘 (河出文庫)

枯木灘 (河出文庫)

 

 私にとって和歌山というとこの作品でした。狭い村社会、複雑な家族関係、憎しみ合う親子兄弟などなど暗い話なのですが面白い小説です。

和歌山は日差しが強くてあたたかいはずなのに

今年はせっかくだからと前日の夕方から和歌山入りしていました。昨年、一昨年は、どうせ近いのだからと早朝に高速道路で出かけていましたが、実際のところ200km近い距離があるので運転はそこそこたいへんです。会場に近づくにつれて道路は渋滞してくるので、間に合うかどうかと気持ちも落ち着きません。

今回は土曜日の午後に家を出て、空いている時間に和歌山に到着し、田辺のお寿司屋さんで夕飯を食べて、みなべ町のホテルに泊まりました。安くて広い部屋に泊まれました。ホテルから会場までは30分もかからなかったのでちょうど良かったと思います。

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毎年口熊野マラソンは、家のまわりや大阪よりも暖かく走りやすいので好タイムが期待できる大会です。昨年は土砂降りでしたが、それでも大阪より暖かかったです。しかし今年はかなり風が冷たく、寒さに苦しみました。これまでにない寒さのなかでのマラソンでした。

 

遠い4時間

2年前ごろから、フルマラソンならだいたい4時間10分程度で走れるようになってきました。とくに練習量を増やしたり、体重を落としたり、スピードを上げるトレーニングをしたりはしていないので、おそらくウルトラマラソンなどもっと長距離を走る練習が生かされているのかもしれないし、あるいは10年近いマラソン経験の蓄積がより効率的な走りにつながっているのかもしれません。

しかしなかなか4時間を切ることはできません。昨年のタイムやコンディションを振り返りながら、あと1km分、6〜7分くらいを短縮できればサブ4達成できるとわかっていたので、前半の元気なうちになるべく貯金を作る作戦をとりました。すなわち前半の22kmを2時間、後半は1時間で10kmずつ走って4時間でゴール。非常に単純な作戦ですが、おそらくこれが自分の走り方にはあっているのではないかと思っていました。

結局30kmすぎあたりから徐々に予定より遅れだし、41km地点でちょうど4時間が過ぎてしまい、昨年の4時間11分よりは少し早いものの4時間7分でゴールしました。またもやあと1km分間に合いませんでした。

 

 

木津川マラソンとの比較

会場までの道を歩いていて、妻が木津川マラソンと似たような感じがすると言っていました。たしかにコースや会場周辺の様子など似ていると私も思っていました。ちょうど2月初旬に京田辺市で行われる木津川マラソンは、京都から近く参加費が安いことから、以前2回出場したことがありました。

2回目の出場となる2013年にはそれなりに練習を積んで(11月ごろから月250〜300km近く走っていました)いたにもかかわらず、当日に体調を崩し、5時間以上かかってしまいました。その後引っ越して京田辺まで行きにくくなったこともあり出場していませんでした。

木津川マラソンも口熊野マラソンと同様、川沿いの道を往復します。川特有の風の強さと同じ風景がずっとつづくことが非常に苦しいコースでした。木津川マラソンでは2回とも風と寒さによる汗冷えが原因で失速したものと考えられます。

しかし口熊野マラソンは、木津川と比べてこれまで2回はあまり寒い思いをしませんでした。和歌山なので温暖だし、木津川よりも山の中なのでそれほど吹きさらしにならないからかもしれません。

今回はずっと冷たい風が吹いていて、木津川マラソンを思い出しました。私は春のマラソンや夏のウルトラマラソンのように、暑い時期の大会の方が得意です。寒い時期のマラソンではたいてい胃をやられて失速したり、ゴール後に嘔吐したりしています。苦い記憶が何度も蘇ってきましたが、無事ゴールし、お昼ご飯もたくさん食べられて安心しました。

 

ラソンを走ることで何を感じているのか?

フルマラソンは長いし、ずっと走っているので忙しいです。しかし、4時間もかかるとその間にいろいろなことを感じます。仕事のことや研究のことを思い出したりもします。いつも感じているのは、自由な気持ちです。

息を切らして走りながら、自分は自由なんだと実感します。ちょうど子供の頃、日が暮れるまで外遊びに熱中したり、海に行った時に指がふやふやになるまで潜って遊びつづけたころのような気持ちです。

日頃仕事に追われていたって、こうやっていつでも走りに行くことはできるし、自由な気持ちを思い出すことができるんだと実感しました。

 

シューズ、足の状態

今回は、11月に買ったナイキズームフライを履きました。以前の日記にプレビューを書きましたが、その後二ヶ月間毎回練習に使用してきました。すくなくとも20km程度の距離ならば、とくにどこか痛くなるということはなく、非常にバランスの良いシューズだと思いました。このまま一足を履きつぶしてしまうのはもったいないので、先月は海外通販で(国内では品薄で買えないので)もう一足購入しています。(けっこう高くつきました)

 

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ナイキジャパンでは売ってないカラーです。

大変履きやすいズームフライですが、やはりアッパーのゆるさがフルマラソンでは気になります。私はアシックス、ミズノ等国産ブランドのシューズだと(足指が動くせいか)どうしても足の小指が擦れてしまって水ぶくれができます。ズームフライも短時間であれば足先のゆるさや足指が無駄に動いてしまう感じは気にならないのですが、フルマラソンの距離だと、水ぶくれや爪の黒ずみができてしまいました。

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足腰のダメージですが、今回はレース前に会場から車で30分ほどのところに宿泊し、レース後はお風呂につかったりしたため、疲れがそれほど残っていません。翌日もふつうに階段の上り下りはできました。昨年は、この大会の二週間後に泉州国際マラソンでしたが、足の疲れが取れず、ほとんど練習できなかったと書いていました。今年はそれに比べるとだいぶ回復が早いように思います。

 

コースが見えるオフィシャルTシャツ

ラソン大会では毎回参加賞のTシャツがもらえます(タオルがもらえるところもあります)。口熊野マラソンのTシャツは毎回オシャレなイラストがプリントしてありますが、今回は背中にコース図をデザインした図柄でした。

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私はこのTシャツを着て走りませんでしたが、当日Tシャツを着て走る人がたくさんいました。非常に便利だったのが、前を走る人の背中を見てコースを確認できるという点でした。デザイン化されて実際の地図とは違いますが、何回か走っている人にとっては、ここからこういってこうか、とか橋を渡ったら少し山の方に行くんだっけ、とコースを思い出すことができます。これは非常に便利なので、他の大会でもとりいれてもらえればと思いました。

 

まだまだ続くマラソンの季節

次のフルマラソンは2月下旬です。3月には六甲縦走トレイル(40km)、4月には昨年も出た香住マラソンと、大会がつづきます。

12時間も何をしていたのか? コンビニバイトの思い出(承前)

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男子学生のコンビニバイトといえば、夜勤!

コンビニバイトの思い出を書き終えたあと、夜中にふと目が覚めて、夜勤のことを書かなきゃいけなかったのに書いてなかったと思い出しました。コンビニの仕事でやはり一番思い出深いのは、夜勤だったはずです。私がいたお店は、夜9時から朝9時までの12時間シフトでした。時給は1100円くらいで休憩時間1時間を抜くので、1回で11時間分もらえました。週2回も夜勤をすれば、当時住んでいたアパートの家賃(4万円)の2ヶ月分にもなりました。しかしそのぶん時間は長く、体への負担もあり、まあ当然大学の授業にも出にくくなりました。

 

12時間も何をしているのか?

昼間や夕方の時間帯であれば、お客さんに品物を売り、店内を掃除し、品出しをして、さらに唐揚げやおでんを作っていれば、あっという間に時間は過ぎます。そのように過ごしていた時間のことはよく思い出すのですが、夜勤の12時間は何をしていたのでしょうか。おっさんになって深夜にコンビニに行くことが減ったこともあり、どんな仕事をしていたのか思い出すことがなくなりました。しかし、部分的な記憶は残っています。あのころ、どんなことをしながら12時間もコンビニにいたのかを思い出して、どの時間にどんな仕事をしていたのか書き出してみました。

 

12時間の仕事を時系列に並べる

夜の8時50分に出勤して、翌朝9時10分くらいに退勤するまでの12時間に一体何をしていたのかを時系列順に並べてみます。

20時50分 店に到着。

私の場合、自宅にお風呂がなかったので、7時ごろに銭湯でお風呂に入ってから出勤していました。翌朝店の仕事が終わっても風呂に入れないので、先に入っておくということだったのでしょうが、なんだか贅沢な感じもします。 

21時 仕事始め。

夕方のバイト(女の子や自宅暮らしの学生が多かった)や店長の奥さんと交代でカウンターに入ります。最初の1、2時間くらいはまだお客さんが多い時間帯なので、普通に品物を売ったりするのが中心です。お客さんが減り始めたら、まずはカップ麺の補充をします。補充をしながら、箱にストックがないものや新商品を発注します。

23時ごろ アイスクリームと冷食の搬入。

深夜になると、いくつかの業者さんから、商品が届けられます。たしか始めに来るのが冷凍ものでした。このくらいの時間からお客さんが減り始めるので、冷蔵庫の飲み物類を補充し、発注などをします。

24時ごろ お弁当、パンなどの廃棄。

お弁当の廃棄は私の店ではあまりなかったのですが、菓子パン惣菜パン類は、日付の変わり目でけっこうな量を廃棄していました。廃棄になった食品をもらえることがコンビニバイトの特権だと思われていますが、実際のところ公式には廃棄は持って帰らないことと厳しく言われていました。しかし味見くらいはしていいだろうと思っていたので、気になる商品を味見することはありました。

1時〜2時ごろ 休憩

いよいよお客さんがいなくなる時間帯なので、一人ずつ1時間交代で休憩をとります。たいていは新人が先、先輩があとという順番でした。休憩後に始まる商品を並べる作業がかなり大変なので、先輩バイトのほうはしっかり休んでおく必要があるからだと思います。

私たちの店は、倉庫兼事務所(バックルームと呼ばれていた)が極端にせまくて、2畳分くらいしかありませんでした。せまくて細い部屋には、商品がつまれており、その隙間に小さな椅子と机、そして一台のデスクトップPCなどが置かれていました。休憩時間はこの小部屋で過ごすのですが、足を延ばすことも、背中を壁に持たれることもできず、非常に窮屈でした。夜勤経験の長い先輩バイトさんは、つぶした段ボール箱を倉庫の床に広げて、無理やり横になるスペースを作って仮眠したりしていました。私は床に寝るのが嫌なので、ひたすら小さな椅子に座って本を読んでいました。 

3時ごろ 食品と雑貨の品出し

大きなトラックが来て、食品と雑貨のつまったコンテナを何箱も置いていきます。お店に並んでいる賞味期限の長い食べ物類や生活雑貨をこの時間に並べて(同時に発注もする)いきます。

ここから2時間くらいは、ひたすら箱をあけて商品を並べる作業が続きます。初めのうちはいろんな商品が売られているんだなあと感心したものですが、慣れて来るともう機械的に体が動くようになります。

この作業を終えると、お菓子類やポテチの段ボール箱がかなりたまってくるので、潰してビニール紐で結束します。段ボール箱をまとめるときは、ぐっと体重をかけて段ボールを潰しながら縛っていくと、ぴっちりと結ぶことができます。

商品を並べる仕事がおわったら、夜が明けるころまで、のんびり朝の準備を進めていきます。大量に届く新刊雑誌もこのくらいの時間に開封して並べます。

7時ごろ ホットスナックの準備

夜が明けると、徐々にお客さんがお店に来るようになります。私のいた店は、高級住宅地にあったのですが、東急系の会社や養命酒の本社が近くにあって、会社に出勤して来るお客さんもたくさんいました。

からあげやおでん、肉まん等の仕込みをするのがこの時間帯です。カウンターの奥の方にあるフライヤーでひたすら唐揚げやアメリカンドックを揚げてました。

8時ごろ お客さんが来はじめる。

朝早い時間帯はタクシーのドライバーさん*1などが多いのですが、徐々に会社勤めの人も増えてきます。このくらいの時間にお昼のお弁当がとどきます。けっこう量が多いので、夜勤スタッフは検品だけして、陳列は9時以降の担当者に引き継ぎます。

8時半ごろ 退勤の準備

店長や交代のバイトが来たら、レジ点検をします。いまでもよくコンビニで、コインカウンターに小銭を並べている様子を見ると思います。1日に4、5回くらいピークが終わる時間帯や、シフトの引き継ぎ時に、レジ2台のお金をすべて数えました。たいていは数十円以内の誤差で済むのですが、1000円単位でズレが出るとたいへんまずいので、みんな真剣に数えていました。

9時 いよいよ退勤。

店内の有線で時報が鳴ると退勤時間です。ちょうど込み合う時間帯なので、お客さんをさばいているうちに15分くらい残業してしまうこともありました。

 

ひまな時間に何をしていたか?

こうして書き出すと、12時間のうち休憩時間以外はひたすら仕事ばかりしているかのように見えます。しかし実際のところ、もっとのんびりしていたように思います。休憩時間以外にもお客さんが全く来ない時間には、30分ずつカウンターと倉庫を交代で担当するといったこともよくやっていました。あるいはカウンターの中にいても、監視カメラに見えない奥の方でじっと本や雑誌を読んでいることもありました。

ちょうど1年生の後期から3年生ごろは、いちばん集中して文学の勉強をしていた時期でした。大学で読むドイツ語のテクストのほかに、文庫本で世界の名作を読み、たまに友人たちと神保町や早稲田通りに、古本の買い出しに出かけたりと、本を読むことに生活のほとんどの時間を費やしていた時期だったと思います。だからコンビニでも、カウンターの隅っこで、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』を読んだりしていました。

 

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

 

いろいろな本を読んだはずなのに、一番覚えているのがこの本です。たぶん、自分と同じように労働している人の(ずっと過酷な)一日が描かれていて共感したからでしょう。 

それから、私以外のバイトのみんなも、たいていは雑誌などを読んで過ごしていました。今のコンビニと違って、当時は立ち読みには寛容だったので、毎週新刊の漫画雑誌はほとんど読めました。

ときどき夜勤でいっしょになる東大生(場所柄東大駒場の学生も数人いました)は、単位を落として本郷に進学できなくなっていたので、店のカウンターの中でも必死で勉強していました。

おそらく今のコンビニだと、ひまな時間はスマホを見たりして過ごすのだろうと思います。私たちの時間の潰し方は、この20年で決定的に変わってきたように思います。

 

バイトが終わったら大学へ? いや家に帰って寝るだけ

私は1年生の後期に、火曜日と金曜日に夜勤をしていました。水曜日は3、4時限目に選択科目の授業があったはずで、たぶん仮眠をしてから出席をしようという計画だったはずです。しかし当然のことながら12時間も働いたら、もうあとは寝るだけです。

きらきらしたまぶしい朝日のなか電車の壁にもたれながら帰宅して、家に着いたら夕方まで眠り続けました。火曜日も金曜日も結局翌日は何もできなくなってしまいました。夜勤ばかりしていると、だんだん常に睡眠不足のような状態になります。いつでも眠いし、いつでも眠れるという状態でした。バイトを始めて数ヶ月後に会った母から、顔色が悪くなっていると心配されました。たしかに、どんどん白くなっていることに気づきました。

 

バイトを通じて大学では学べないことを学んでいるのか?

今私が教えている学生にも、同じように夜勤バイトをしながら大学に来ているという学生がいることでしょう。2時限目に出席するのも難しいという学生や、せっかく来てもほとんど寝ている学生も少なくありません。彼らもきっとバイトしているのでしょう。

私ははじめの半年は必死で夜勤をして、1年生の終わりにヨーロッパに旅行しました。旅行から帰って、ふたたびバイトに戻りましたが、さすがに夜勤ばかりでは大学に行けなくなるというので、2年生以降は夕方と土日を中心にシフトに入るようにしました。

夜勤のように少ない出勤回数で稼げるわけではありませんが、1年間がんばって貯金して、2年生の終わりにはベルリンのゲーテに行くことができました。

私自身は、先日の記事に書いたように、コンビニの誰でもできる仕事から、いろんなことを学びました。やっててよかったと思うこともいまでもあります。しかし、こうして苦しかった夜勤を思い出したりすると、やはりバイトのやりすぎで大学に行けなくなってしまうなんて、時間と学費がもったいないと言わざるをえません。

教員になってから、昔の自分と同じように、非常に責任感を持ってバイトを頑張っている学生をときどき見ることがありました。たしかに責任を持ってお金をもらう仕事をして、現実の社会に関わっていく、というのは、大学の授業だけでは学べない、大切な社会勉強のようにも見えます。しかし、逆にいうと、容易に達成感が得られたり、参加する喜びが得られるからバイトばかりやってしまうということもあります。

実社会で必要なスキルや金銭感覚を学生のうちに身につけることは必要かもしれませんが、社会で必要なことなら社会に出てからすぐに学べるから急ぐ必要はありません。大学の勉強にも面白さはあるのだから、大学にいるうちは勉強に集中したほうがいいと一教員として思います。

 

 

 

 

*1:印象に残っているお客さんで、いつも早朝にコッペパンとおにぎりなどを買って、マーガリンとジャムのコッペパンをあたためて、というドライバーさんがいました

コンビニバイトの思い出

毎日のようにコンビニに荷物を出しに行く

ここ最近とある事情のため(この辺のことは後日記事にまとめます)、頻繁にコンビニに出かけては荷物を出していました。ローソンやファミマにでかけ、機械から伝票を出力して、レジで荷物を預けると、店員さんがテキパキと寸法を測って、送り伝票を打ち出してくれます。

しかし、どの店の店員さんも、ちゃんと仕事ができるのかと言うとそうでもなくて、まだ不慣れであやういバイトさんもいるので、そういうときは、私の方から、これは店控えで、こっちが僕がもらう控えね、と助け船を出しました。

彼らの仕事ぶりを見ていると、もう20年くらい前に、東京のコンビニで働いていた頃のことを思い出します。この20年のあいだ、コンビニ自体は現在と変わっていませんが、いろいろな面で世の中が変わって来ているのは事実です。あの頃と現在との違いなどを考えながら、当時どんなふうにコンビニのバイトをしていたのかを思い出してみます。

 

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高給バイト=激務、普通の仕事をするのが一番、と気づくのに半年かかった

一年浪人して大学に入って、最初の1ヶ月は栃木から通いましたが、五月の連休がおわると東京での一人暮らしが始まりました。

schlossbaerental.hatenablog.com

今思うと、当時実家は、兄が東北の美大の4年次に在学中、父の会社はかなり危ない状況、そして私が東京の私学で一人暮らしと、ずいぶん厳しい経済状況でした。そのため、アパートは風呂なし、仕送りは家賃と食費程度で、あとは奨学金とバイトで補わなければなりませんでした。それでも栃木から通うよりはずっとマシだと思ったので、大学四年間、さまざまなアルバイトを経験しました。

はじめに友達の紹介で、披露宴会場の配膳人をやることにしました。時給は見習いでも1000円以上とのこと。これはいい、というので期待して出かけましたが、とんでもなく厳しい仕事が待っていました。入った時期が6月はじめと一番忙しい時期だったのが悪かったのですが、ほとんど研修などないまま、週末には一日で三件の披露宴を担当し、へとへとになって、すぐにやめました。(覚えることが多い上に、マナーなど気を使わないといけないこともあって、心身ともに疲れました)

その後、家の近所で、牛肉を鉄板で焼いて、パンに挟む仕事をしましたが、これもめちゃくちゃ怒られるわりに給料が少ないので、夏休みだけでやめました。

大学一年の後期が半分終わる頃、今度こそ失敗したくないと思って、立地や交通量などをリサーチして(大学の近く、商店街の中など、忙しそうな店舗は避けました)、渋谷の町外れにあるコンビニで働くことにしました。

このコンビニには、結局1年生の後半から、3年生の終わりまで、2年半つとめました。結局、誰でもできる仕事を地道にやっていくことが一番だと思いました。

 

当時のコンビニと現在の違いは?

気がつけば、私がコンビニバイトをしていた頃から、もう20年もたってしまいました。その間、ユニフォームなどは少し変更がありましたが、基本的に売っているものや商品の陳列などは大して変わっていません。

たとえば、当時私がよく買って(あるいは廃棄をもらって)食べていた、白身フライのり弁当は、いまでもコンビニで売っています。お弁当のラインナップもだいたい同じです。また、プライベートブランドの菓子パンなども当時からありました。

追記(2018年1月24日)

当時バイト仲間から非常に評価が高かったヤマザキの菓子パン、マロン&マロンですが、現在も全く同じ形で売られていました。(でも一個あたりのカロリーはもっと高かったように思います。ちっちゃくなったのでしょうか?)

www.yamazakipan.co.jp

 

また、宅配便の扱いもだいたい同じです。サイズごとに色分けされたメジャーで三片を測り、郵便番号とサイズを入力して料金を表示するという仕組みは当時も今も変わりません。私が働いていた店は、昼間あまり混まないのに、夕方以降は、近所のお金持ちのおじさんおばさんがたくさんきて、金曜日などはゴルフ道具を宅配便で出す人が多くいて、店のカウンター内が狭くて困りました。

しかし、当時なかったもサービスも当然あります。ATMなどはありませんでしたし、(私がいたのはローソンでしたが)郵便物の受付もしていませんでした。トイレも今のようにきれいに整備されているお店は少なかったと思います。あと、ポンタカードもありませんでした。(あのポイント何に使えるのかわかりません)

ペットボトル飲料が普及し始めた時期

飲み物類についてですが、数年前に栄養ドリンク類がコンビニで売られるようになりました。

あとはあまり変わっていないように見えますが、20年前当時、私が非常に驚いたのは、店の冷蔵庫がつぎつぎペットボトル飲料に入れ替わっていくことでした。今でこそ当たり前のペットボトルですが、20年ちょっと前は、缶入りが主流で、ペットボトルはそれほど普及していませんでした。コンビニで働き始める頃に、どんどんペットボトル化が進んでいきました。500mlの缶ビールとペットボトルを比較すればわかると思いますが、ペットボトルの方が、缶入りよりもかさばるので、店の倉庫に在庫が収まりきらなくて困りました。

以前のブログに書きましたが、20年前と今の学生とでは、飲み物の持ち歩き方が変わりました。

tetsuyakumagai.blogspot.jp

写真のプリント受付はコンビニの仕事だった

ほかに、大きな違いとしては、写真のプリント受付という業務がありました。

もうこの種のサービスを全く利用しなくなった(PC画面上で写真を見るのが主体になったため)ので、よくわからなくなっていましたが、どうもいまはコンビニにフィルムを持って行って現像してもらうというサービスはほとんどなくなっているようです。

現在は、ネット経由でデータを写真屋さんにプリントしてもらったり、あるいはコンビニのプリンタで出力したりといった方法が普及しています。

しかし、20年前は、デジカメではなくフィルムの時代です。私たちは旅行やイベントのたびに、フィルムや写ルンですをもって、コンビニや写真屋さんで現像してもらっていたのでした。コンビニ業務においても、宅配便の受付と同じくらい手間がかかるけど需要のある仕事が、写真の受付でした。お店に依頼されたフィルムは、専用の工場に集められ、2日後くらいにプリントしてお客さんに渡すことができました。この種のサービスの常として、出したきり受け取りに来ないお客さんも多くて、年度末などの時期には店長がお客さんに取りに来るよう催促の電話をかけていたのを覚えています。

 

チケット発券マシーンは月一でCDを入れ替えていた

最近は、スマホQRコードをかざすとすぐに必要なチケットや宅配便の伝票が出てくる、ロッピーやファミポートなどのチケット発券マシーンですが、ちょうど私がコンビニでバイトしていた頃に設置され始めました。

今ではそれらの店頭に置かれている端末にも当然インターネットが接続されていて、データを更新したりできるようになっているのだろうと思います。お客さんは必要なチケットやサービスを検索したり、あるいはスマホですでに予約したものをQRコードを使って読み出したりできるようになっています。(この辺の仕組みはあまりくわしくわかりませんが)

www.lawson.co.jp

あんまり使わないので知りませんでしたが、本当にいろんなサービスに対応しています。

しかし、その昔はコンサートやイベントのチケットは、情報誌(ぴあなど)や店頭にある冊子を見て、必要なコード番号を手で入力して注文していました。また、発券マシーンの中にあるデータは、月に一回CDロムを入れ替えることで、最新のデータに更新していました。CDの更新をするのは、コピー機の小銭を数えることとともに、私が担当していた仕事でした。

道案内サービスは今もあるのか?

今ならたいていの場所は、スマホの地図で調べることができますが、当時は道に迷ったら交番かコンビニで聞くのが一般的でした。そのため、店のカウンター内には、近隣の地図が用意されており、だいたい毎日数件の道案内をしていたと思います。

私がいた店は渋谷駅から西に10分ほど坂を登ったところでしたが、入試の当日に、青山学院はどこですか?と半泣きの高校生が来た時は、あちゃーと思いました。青学とは完全に反対方向でした。

 

雪が降りつづくとコンビニは潰れる?

ちょうどこの記事を書いている今日、東京地方は雪がたくさん降って、交通が麻痺しているとの報道を目にしました。

私がコンビニで働いていた頃から、東京は雪に弱く、とくに車で工場から商品を輸送している都内のコンビニは、雪が降ると途端に搬入がストップしてしまいたいへんなパニックになってしまいました。

よく覚えているのが、大学3年の冬、授業がない日が増えたので、この年は朝から夕方までのシフトに週2回くらい入っていました。いつもは出勤してすぐの9時半ごろに、お昼に売るためのお弁当がとどき、退勤直前の16時ごろに、夕飯用のお弁当がくることになっていました。

雪の中なんとか出勤したものの、いつまでたってもお昼のお弁当はとどきません。千葉の工場からくる道路が渋滞しているとのことで、お客さんは買いに来るのに商品はない、という状態でお昼を過ごしました。普段は何個か売れ残りがでるはずのお弁当やサンドイッチのコーナーはからっぽになり、せっかく買いに来てくれたお客さんにも謝らなければいけなくなりました。

結局、私たちが退勤する直前に、ようやくお昼のお弁当の便がやってきました。せっかく届いたお弁当ですが、これから検品して陳列しても売れる時間はもうほとんど残っていません。店長には、もうどれでも好きなもの持って帰りなと言われたので、普段人気があってほとんど食べられないお弁当を持ち帰りました。

東京ではこのようなドカ雪が一冬に一度くらいあります。そのたびに多くのコンビニでお弁当の棚が空になっているのだろうと思います。

 

楽しかった思い出

コンビニでのバイトは、さまざまな仕事があり忙しかったのですが、居心地が良くて長く続きました。なにより店長夫婦が非常に優しくて、バイトのスタッフたちそれぞれの都合や活動に合わせて働けるよう取り計らってくれたことがありがたかったです。

私は大学1年生の春休みから、数回にわたって、ドイツや中欧の国々に旅行したり、語学研修に参加したりと、長期休暇に数週間バイトを休んで出かけることがありました。

そういったときにも店長はいつも快く送り出してくれるし、餞別にとカロリーメイトを何個も買ってくれたこともありました。(バックパッカー旅行では、すぐ食べられるカロリーメイトは非常にありがたかったです)

それから、店長の奥様にもお世話になりました。実家が近いので、クリスマスもお正月もバイトに出ていた私は、お店で売っているお年賀のお菓子(カステラなど。ノルマがあって置いてたのかもしれないけど、あまり売れない)が売れ残ると、私たちバイトに、お年玉がわりに買ってくれました。また、奥様や同僚たちと他のバイト仲間の出ている演劇の公演を見に行ったこともありました。お二人とも私の両親と変わらない年だったと思うので、もう引退されているころでしょう。

 

コンビニバイトで身についたこと

学生時代に経験したアルバイトでは、いろいろなスキルが身につくし、それが大人になっても時々役立つ機会があります。コンビニのように誰でもできる(と言われている仕事)では、大したスキルは身につかないのではないかと思われるかもしれませんが、様々な業務があっただけに、掃除や品出し、お金の数え方から、おでんの仕込み、ダンボールゴミの結束方法など、日常生活に役立つことがたくさん学べたといまは実感しています。

 

名詞の性って何だろう?

名詞の性とは?

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ドイツ語の大きな特徴の一つに、これまでに記事で解説してきた、動詞の人称変化や冠詞・代名詞などの格変化があります。しかし、もっと単純で、日本語や英語にはない特徴としては、男性・女性・中性という三つの名詞の性があります。

名詞の性の区別は、ドイツ語の場合冠詞や形容詞、その名詞を言い換える時の代名詞の区別として文章や会話の中に現れます。ここでは、例に挙げる名詞に、定冠詞(der男性、die女性、das中性)をつけておきます。

何が名詞の性を決めるのか?

名詞の性とは、もちろん実際の性の区別を意味します。つまりお父さんder Vaterは男性名詞、お母さんdie Mutterは女性名詞です。また、両親die Elternの場合は男性・女性とはちがう、複数形という別のカテゴリ扱いになります。

しかし、実際の性などなさそうな名詞であっても、かならず名詞の性はあります。本das Buchは中性、太陽die Sonneは女性、コーヒーder Kaffeeは男性名詞です。太陽は女性的?コーヒーは男性的?ということなのでしょうか?

私が参照した本では、たしかに、男性的なイメージ(あるいは神話などで男性の神に象徴される)がある概念や物は男性名詞となり、女性的であれば女性名詞という区別はあるそうです。

先ほどの例で言えば、太陽は、暗く寒いドイツ語圏では、月にくらべて弱々しいイメージなので、月は男性名詞der Mond、太陽が女性名詞die Sonneとされたと考えられています。

しかし、そのような性のイメージすらない概念など(たとえば、暑さ・寒さ、美しさ・みにくさ、喜び・悲しみなど)の場合は、どのように名詞の性が決定されているのでしょうか?さまざまなパターンがあるので、なかなか一言で簡単には説明できませんが、一つの傾向として、同じような成り立ちの語や同じような接尾辞で終わる語などは、同じ性となるといえます。

 

ドイツ語名詞の性のはなし

ドイツ語名詞の性のはなし

 

この文献は、ドイツ語名詞の性について書かれた専門書です。今回の記事を書くにあたり、参照しました。名詞の性というテーマだけで一冊の本なのですよ。すごいですね、専門書って。

また、前回の前置詞の話でも言及した、『必携ドイツ文法総まとめ』でも、名詞の性の法則についてまとめてありました。こちらはページ数が少なく、大まかな法則を理解するにはちょうどいいかと思いました。

 

必携ドイツ文法総まとめ

必携ドイツ文法総まとめ

 

 

名詞の性は覚えるべきか?

ドイツ語を学ぶ学生たちから、しばしば質問を受けるのが、「名詞の性まで覚えなければならないのか?」ということです。性を覚えるかどうかは、ドイツ語の学び方や学ぶ目的によって答えが変わってくると思います。

私自身は、ドイツ文学を専攻し、文章を読むためにドイツ語を勉強してきました。だから、名詞の性のように、辞書に書いてあることは、あまり必死になって覚えようとはしてきませんでした。

しかし、現地で会話をするときなどは、名詞の性がわからないと正確に冠詞や形容詞をつけることができませんから、少なくともよく使う名詞(本、大学、ビール、水、コーヒー、パン、ケーキなど)については、実際に会話で使いながら、性も含めて単語を覚えるのがいいでしょう。

では、どうやって名詞の性を覚えればいいのでしょうか?手っ取り早い見分け方などはあるのでしょうか?

 

名詞の性は即座に判定できるのか?

このことも、ドイツ語を学ぶ学生からよく質問されます。やる気のある学生であれば、それだけいっそう、効率よく勉強するすべを工夫しようとするのはすばらしいことです。しかし、私は答えます。即座に判定できるものもあるにはあるけど、統一的なルールというには例外が多すぎると。

上述の橋本先生の本でも、冒頭部分に、「eに終わらない限り男性名詞」というものすごいざっくりした判別法*1が提示されていますが、これはあまりに極端な方法で、これが当たるのは、半分くらいかもしれません。

では、ある程度名詞の性を覚えたり、見分けたりするのに役立つ基準をいくつか紹介していきます。

*男性名詞

・実際の性と一致する場合。-erで終わる職業名。〜する人を表す名詞:der Bruder(男の兄弟), der Lehrer(教師), der Fußballspieler(サッカー選手)、der Arbeiter(労働者)など

・-erで終わる機械装置の名前(〜する道具、装置):CD Spieler(CDプレーヤー)、 Computer(コンピュータ), Kugelschreiber(ボールで書くもの=ボールペン), Taschenrechner(ポケットに入る計算するもの=電卓), Wecker(起こすもの=目覚まし時計)

・四季・月・曜日:Winter冬, Frühling春, Januar一月, Februar二月, März三月, Montag月曜日, Dienstag火曜日, Mittwoch水曜日などなど。

・方角:Norden北、Osten東、Süden南、Westen西。

・-lingで終わる名詞:Schmetterling蝶、Säugling乳児、Flüchtling難民など。

・-ismusで終わる名詞:Sozialismus社会主義、Okkultismusオカルティズム、Spiritismus心霊主義など。

・-enで終わる名詞の大半:Boden土地、Bogen弧、Wagen自動車、Brunnen泉・噴水など。→これは参考書で見てなるほど、と思ったのですが、ドイツ語の名詞の場合、複数形で-enとなるものFrauen女性たち, Augen両目や、動詞を名詞化したもの(中性名詞)Essen食事、Leben生命などが多く、紛らわしいのでこれまでen=男性名詞とは考えたことがありませんでした。

 

*女性名詞

・自然の性、実際の性と一致するもの:Frau女性、妻、Schwester姉・妹、Tante叔母など。

・-inで終わる、人や動物を表す名詞:Lehrerin教師、Japanerin日本人、Französinフランス人、Königin女王、Löwin雌ライオン。 →〜人や職業名は、原則的に男性名詞のうしろにinをくっつけて女性の形をつくります。der Japaner→die Japanerin

・樹木・花をあらわす大半の名詞:Lilieゆり、Roseバラ、Eicheナラ・カシ、Fichteトウヒ、Kiefer松など。

・-eで終わる名詞の大半。Kirche教会、Liebe愛、Straße通り、Schule学校、Familie家族、Tascheカバンなど。

→非常にわかりやすいので、わりと早くに覚えるのがこの法則です。しかしこの法則はけっこう例外が多いです。der Name名前、der Käseチーズ、das Ende終わりなど。

・-ei, -heit, -keit, -shaft, -ungなどで終わる名詞:日本語でいうと〜性のように概念を名詞化したものです。Wirklichkeit真実, Schönheit美, Wissenschaft知識, Bildung教養など。

・-ion, -tät, -urに終わる外国語由来の名詞:Universität大学, Situation状況, Station停車場, Kultur文化など。

 

*中性名詞

・人間や動物の子供:Baby赤ちゃん, Kind子供, Kalb子牛, Lamm子羊など。

・金属・元素の名前:Gold金, Silber銀, Blei鉛, Eisen鉄など。

・名詞化された動詞:Essen食事、Leben生命、Denken思考など。

・Ge〜と集合的にいう名詞:Gebäude建物、Gebirge山脈、Gehäuse容器、Gemälde絵画など。

・-chen, -leinのような縮小辞で終わる名詞:Mädchen娘さん、Büchlein小冊子など。

・-tumで終わる名詞:Bürgertum市民精神、Heldentum英雄精神など。しかしよく使われるReichtum財産とIrrtum誤り・錯誤は男性名詞。

・大部分の地名、都市名や国名:ほとんどの地名は中性・無冠詞で使われます。Japan日本、Deutschlandドイツなど。

*例外は、der Irakイラク, der Iranイラン, die Schweizスイス, die Türkeiトルコ, die USAアメリカ(複数), die Philipinenフィリピン(複数)これらの国名は必ず定冠詞付きで使われます。

 

*場合によって男性・女性が分かれる名詞

・川の名前:der Rheinライン川、der Mainマイン川などは男性ですが、die Donauドナウ川、die Elbeエルベ川などは女性です。

気になったので、他の川はどうだろうかと調べました。der Nilナイル川, der Gelber Fluss黄河、der Tone利根川, der Shimanto四万十川など、外国の川はだいたい男性名詞のようです。

 

*男性・中性・女性どの場合もある名詞

Joghurtヨーグルトは、たいてい男性名詞扱いですが、スイス・オーストリアなどでは、中性名詞、オーストリアの一部では女性名詞とされているところもあるようです。

 

新語の性はどう決まる?

ドイツ語をある程度学んでふと気になったのが、新しく登場した道具や技術などはいつ性が決まるのだろうか、ということでした。ドイツ語学を専門とする先生に聞いて教えてもらいましたが、多くの場合は、既存の物からの類推で決まってくるようです。

わかりやすい例として、iPhoneApple Watchのような新しい固有名詞、そしてブルーレイディスクのような新しい技術を使った商品の場合を考えてみましょう。

iPhoneは、Telephone電話が中性名詞なので、中性です。

iPadは、Tablettお盆が中性名詞なので、中性です。

また、Apple Watchの場合は、Armbanduhr腕時計が女性なので女性名詞となります。

iMacは、Computerが男性名詞なのでこれも男性ということになります。いっぽう、MacBook Proは中性です。これはNotebookノートPCが外来語として定着していて中性名詞だからです。Notebookはドイツ語ではNotizbuchといい、これも中性です。

ブルーレイディスクやDVD、CDなどはすべて女性名詞です。これはSchallplatteレコードが女性名詞であるから、同じような形状のものは全て女性なのでしょう。

このように、それまでドイツ語にはなかったような新しい技術や新しい機械装置なども、既存の名詞の性から類推的に決定されるわけです。

 

*登場後少し時間が経って、性が決まる場合

たとえば、EメールE-Mailは、私がドイツ語を大学で学び始めた頃はどの辞書でも女性または中性と表記されていました。しかし、昨今はほとんどの辞書で女性名詞とされています。

ブログBlogもまた、男性または中性となっています。現在はどちらの性でもいいようですが、そのうちどちらかに決まってくるのでしょうか。(現在はグーグルでヒットした件数を見たところわりと拮抗していました)

名詞の性がなぜ大事なのか?

はじめの方で、本を読むための勉強であれば、名詞の性を覚える必要はないといいましたが、やはり性がわかっていないと困る場面は多々あります。会話のさいにはもちろん、文章を読む際にも、名詞の性がわからなくて文意がとれないということがあります。

ドイツ語では、すでに出てきた名詞で言い換えるときは、人物の場合だけでなく、事物の場合もその名詞の性に一致する代名詞で言い換えるからです。

例を挙げてみましょう。

Ich habe einen neuen Computer gekauft. Er war sehr preiswert. 私は新しいコンピュータを買った、それはとてもお買い得だった。

一文目にでてくるComputerが男性名詞なので、次の文では、erと男性の人称代名詞を使って言い換えているのです。

要するに、コンピューターでもお父さんでもテーブルでも、男性名詞は人称代名詞erで言い換えられます。同様に、女性名詞はsie、中性名詞はes、複数であればsieで言い換えます。

人=er/sie(彼・彼女), 物=es(それ)ではない

ドイツ語を学ぶ学生がなかなか理解してくれないのが、この点です。人であれば、Mein Vater=er, Michael=er, Ihre Tochter=sieということはすぐわかります。しかし、der Computerそのコンピュータやseine Tasche彼のカバンを、erやsieで言い換えられるということがわからないようです。どうしても、物なのだから、彼や彼女ではなく、ニュートラルなそれ=esと言い換えないといけないと考えてしまいがちです。これもおそらく、よくみられる英語との干渉でしょう。

また、余談になりますが、ドイツ語の人称変化を学ぶ際に、er彼やsie彼女ならば教科書を見てすぐに動詞の形がわかりますが、MichaelやLouisaのような人名になると、動詞の形がどうなるかわからないという学生が多くいます。英語の場合でも私、あなた以外は三人称になるのは同じなのに、なぜなのかとよく考えますが、理由はよくわかりません。

 

*1:もちろん、その直後に「しかしこれはやはり危険であり、性別は「急がば回れ」の諺通り、一つ一つ辞書を引いて名詞のに定冠詞をつけて覚えていくのが唯一最良の方法かもしれない」と書かれています。なぜ男性名詞かということですが、中性名詞は男性・女性に比べて絶対数が少なく、eで終わる名詞は女性が多いので、eでなければ男性となるわけです