ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

2格と所有冠詞と「の」

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多くの学習者がつまづきやすいポイント

ドイツ語教員として仕事をし、ドイツ語を教えながら気づいたことを書くことが目的のこのブログですが、これまでは、ドイツ語の学び方や文法の仕組みについての記事を書くことはありませんでした。

私自身は文学と思想史が専門なので、ドイツ語学についてはごくわずかな知識しかありません。留学経験もないので、現地の人はこんな言い方をする、という知識も正直全く自信がありません。それで、ブログではなるべくドイツ語文法について発言することは避けるようにしていました。

しかし、日頃ドイツ語を教えていると、私の専門がなんであれ、ドイツ語をどう理解するか、学生たちが、どのように日本語の世界(学習者が持っている知識)に置くことができるかということを考えないわけにはいきません。

今日は、多くの学生が混乱するポイントである、ドイツ語の2格と所有冠詞について、自分なりに理解していること、学生たちに説明していることを少しまとめてみようと思います。

 

ドイツ語の格とは?

日本語の場合、たとえば

私は彼に手紙を書く

という文を、「彼は私に手紙を書く」と書き換えても、「私」や「彼」といった名詞自体の形は変わりません。

しかし、英語やドイツ語の場合

I write him a letter.  He write me a letter.(英)

Ich schreibe ihm einen Brief. Er schreibt mir einen Brief.(ドイツ語)

のように、私や彼にあたる、I, ichが「私に」のときはme, mirと語の形が変わっているのがわかります。日本語の場合、どちらの場合でも、「私」や「彼」という名詞はそのままです。文の中に、「は」や「が」のような助詞があるため、それぞれの名詞が文中でどんな役割なのかわかるようになっているわけです。

ドイツ語の場合、日本語の助詞にあたるのが、「格」の概念です。1格から4格まで4種類の格があります。日本語では、名詞の後ろに助詞をつけましたが、ドイツ語の場合は、名詞や代名詞自体が変化したり、名詞の前の冠詞が変化することで、助詞と同じような役割を果たすことができます。名詞や冠詞が、4つの格に応じて変化することを格変化といいます。

まずは1格から4格まで、文中でどのように使われるのか、事例を挙げてみます。

1格(主語になる):Das Auto ist groß.  その車は大きい。

2格(所有を表す):Das Auto des Vaters ist klein. 父の車はちいさい。

3格(間接目的語〜に):Ich kaufe der Mutter eine Blume. 私は母に、花を一輪買う。

4格(直接目的語〜を):Ich besuche den Vater. 私は父を訪問する。

以上の文で、下線部が、それぞれ1格から4格の名詞です。日本語だと、1格(は)2格(の)3格(に)4格(を)のように、ちょうど助詞とほぼ対応しています。もちろん別の言語なので、100パーセント一致するわけではないのですが、とりあえずそのようなイメージで理解しておくといい、ということです。

上の例文にもでてきている、derやdasというのは、定冠詞です。ドイツ語の名詞には、男性・中性・女性という三つの性、そして複数形があり、それぞれ別の定冠詞がくっつき、格変化します。いわゆる、であですでむでんですね。

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Tischテーブルが男性名詞、Tascheかばんが女性名詞、Buch本が中性、Kinder子供たちが複数形です。それぞれ違う定冠詞がついていることがわかります。

 

もうひとつの(〜の):所有冠詞

さきほど挙げた例文では、名詞の前に冠詞(das とかden)をつけていましたが、「私の車」や、「私のお父さん」というときには、mein Auto, mein Vaterといいます。このmeinを所有冠詞(所有代名詞とする教材もあります)といいます。要は英語のmy, your, hisなどのようなものです。

所有冠詞は、英語と同様、人称代名詞ごとに違った形になります。つまり、私のmein,君のdein、彼のsein、彼女のihr、それのsein、私たちのunser、君たちのeuer、彼らのihr、あなた・あなたたちのIhrとなっています。

そしてもちろん、これらの所有冠詞は名詞の前について、定冠詞と同じように格変化することになります。

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和文独訳のさいに、わけがわからなくなる

さて、これまでの内容を踏まえて、学生が間違えやすいポイントを指摘していきます。

たとえば、「私は私の父に、手紙を送る」という文章を書いてみます。

Ich schicke meinem Vater einen Brief. 

このときの「私の父」とは何格でしょうか。日本語からドイツ語文を書こうとするとき、多くの学生がとまどってしまいます。答えを見れば、「父に、手紙を送る」ということですから、誰か(3格)に、何か(4格)を送るという意味の動詞schickenを使って、父を3格meinem Vaterにすればいいということはわかります。しかし、「私の」なのだから、2格ではないのか?と考える学生もいます。

要は日本語文の「の」に引きずられてしまっているのです。

別の例を見てみましょう。

彼女は彼女の友人たちと、映画に行きます。

Sie geht mit ihren Freundinnen ins Kino.

これも学生たちは頭を抱えます。「友人たちと」をどうするか?「と」って何格なのか、「彼女の」だから2格でいいのか?と考え込んでしまうのです。「〜と」なら前置詞のmitで、mitのうしろは常に3格になることがわかっていれば、mit ihren Freundinnenと、彼女のihrに複数3格の語尾(en)をつければいいことがわかります。

ここまでの例は二つとも2格ではありませんでした。では、2格を使う場合も見てみましょう。

私の祖父の車は高い」

Das Auto meines Großvaters ist teuer.

私の祖父は、mein Großvaterです。その車ということですから、das Autoの後ろに2格meines Großvatersをくっつければいいと考えましょう。この文が理解できれば、次の文を作るのは簡単です。

「私の父は、私の祖父の車を私にくれる」

Mein Vater gibt mir das Auto meines Großvaters

この場合も、「私の祖父の車」と「の」がたくさん入っていてパッと見ると混乱しますが、車を父がくれるので、車=4格で、「私の祖父」を2格として、Das Autoの後ろにくっつければいいわけです。

 

の=2格だけでは混乱してしまう

ここまでいくつかの例文を挙げて確認してきましたが、多くの学生は「は=1格、の=2格、に=3格、を=4格」という図式で格の概念を理解するため、「の」が出てくると、反射的に2格だ、と考えてしまいがちなのだということがわかりました。日本語の「の」にふりまわされてしまって、ドイツ語文において、「の」がくっついている名詞自体が、文中でどのような役割になるのかという点に気がつかないことが原因なのだと考えられます。

格や所有冠詞の使い方というのは、私たち教員にとっては、ごく当たり前の知識だし、教科書を見れば変化表とともに例文が出ているので、簡単に理解できるように見えます。

しかしドイツ語を学び始めた学生たちとしては、教科書に書いてある知識を、自分が知っている日本語に、どうやって結びつけていくか、という作業を毎回必死で行わないといけないわけです。そのさいに、どうしても概念を単純化して無理やり理解するということは起こるし、日本語で理解することによる混同・混乱というのも、起こりやすくなってしまうのでしょう。

 

どうやったら理解できるようになるのか?

もちろん私が授業をしながら気づくことというのは、他の先生方もみなわかっていることだろうと思います。だから、文法書には詳しい解説が書いてあるし、難しめの教科書をひらけば、教員が何も言わなくていいくらい例文がぎっしり挙げられていたりします。授業の時にも、初めて出てきた文法事項については、しっかり理解できるようにたくさん例文を板書したりして、説明するのがいいのかもしれません。

しかし、私としては、こういうつまづきや混同をしてしまうことこそが、理解への一歩だと思っています。最近は、本務校でも非常勤先でも、授業の終わりに2、3問程度の作文の問題を出しています。学生たちは習った知識を使って、教科書・辞書をみて、仲間同士で相談してドイツ語文を書き、書けた人から授業終了としています。この作文の時間に、自分だけ理解できていない、取り残されているのでは、と不安になって質問に来る学生もいます。そんな学生たちの質問に答えながら、そのわからなさやつまづきこそが大切なんだと言い聞かせています。結局のところ、学生自身が、自分の分からなさに向き合って、じっくり考える中で理解していく他ないのだろうと思います。その過程で、ドイツ語と英語や日本語との違いや、そもそも日本語の「の」って何なのかといった疑問にぶつかり、自分がこれまで生きてきた言語の世界を見直すきっかけになれば、それこそ外国語学習の意義というべきでしょう。

 

独文学会でのこれまでの発表を振り返る

あの頃は何をしていたのだろう?

思えば昨年も、この時期に過去の自分の研究活動を振り返っていました。

 

schlossbaerental.hatenablog.com

去年書いた記事では、最近学会で会う若手研究者がみんな偉くみえるので、自分が30歳ごろ何をしていたのか、という振り返りをしました。

最近なんとなく思い出していたのは、これまでの日本独文学会で、いつどんな発表をしていたのか、それぞれの発表の時に、どんなことを考えていたのか、ということです。

 

初めての学会発表

私がはじめて学外で研究発表をしたのは、2004年秋の博士課程1年目の頃です。このときは、京都外国語大学での日本独文学会京都支部でした。修士論文で取り上げた、シュレーバー回想録において、どうして光線が神の言葉を伝える媒体であるという妄想が生まれて来たのかというテーマについて話しました。

初めての学会発表ということで、普段学会に寄り付かない指導教員が見にきてくれました。発表後の質疑応答はあまり盛り上がりませんでしたし、懇親会も年配の先生ばかりで話し相手がいなくて、教科書会社の方とばかり話していたのを覚えています。*1

 

2005年春以降の全国学会での発表を年表でふりかえる

以下、それぞれの発表での思い出なども含めて並べていきます。 

2005年(D2)春季研究発表会、早稲田大学、口頭発表(←原則的に単独です)。京大の友人たちがしきりに発表していたので、遅れてはならないと全国学会に出ることにしました。このときは、シュレーバー回想録における宇宙=死後の世界という発想が、心霊主義と進化論が入り混じったカール・デュ・プレルの哲学に由来しているという話をしました。指導教員が来てくれたほか、その後共同研究をする方々ともここで知り合いました。

 

2005年(D2)秋季研究発表会、同志社大学、口頭発表。この回では、さらにデュ・プレルを中心に、その哲学的心霊主義がどのようにシュレーバーへと影響していたかをまとめようとしましたが、デュ・プレルの本をぜんぜん読みきれていなくて、失敗しました。同じく発表を失敗した後輩と、今出川通の天下一品でラーメンを食べて帰りました。

 

2006年(D3)春季研究発表会、学習院大学、ポスター発表。京大人間・環境学研究科で毎年行われる、「人環フォーラム」で19世紀末ドイツにおける身体観について発表し、それを発展させて、体操から舞踊へとつづくドイツの身体文化におけるリズム概念についてポスターで発表しました。

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前日の晩に必死でポスターを作っていました。当時は髪を伸ばしていました。

このテーマは、シュレーバー研究から少し離れるので博論には含めていないのですが、その後現在に至るまで、授業のネタにも取り上げている、お気に入りの話題です。ポスター発表にも関わらず大きい教室一つを貸してもらえたので、たくさんの人を相手に話すことができました。本や論文でしかしらなかった憧れの先生方と知り合えたことも大きな収穫でした。この回にも、Mハタ先生は来てくださっていました。本当にありがたいことでした。

発表の後は、懇親会で飲みすぎ、栃木の実家に泊まる予定だったのに、電車を乗り過ごしてJR宇都宮駅までいってしまいました。車で迎えに来てくれた家族には迷惑をかけてしまいました。*2

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JR宇都宮駅東口の餃子像まえに1時ごろに着きました。この餃子像はその後崩壊し、修復された後に別の場所に置かれているようです。

2007年(D4)秋季研究発表会、大阪市立大学、ポスター発表(団体)。前年に行った発表のさいに知り合った先生方と3人共同で、19世紀後半のドイツにおける庭づくりと身体文化の関係について共同発表をしました。朝10時開始だったので、9時頃集合だったのですが、京都からだと大阪市立大学が思いの外遠くて、6時台の電車で出町柳からいきました。私の発表は消化不良でしたが、3人で集まって準備をする過程が非常に楽しくて勉強になりました。

いまでこそ、ポスター発表といえば、A0などの大きな紙に、PCで作ったデータを印刷するのが一般的です。しかし当時の私は、生協で売ってる模造紙に、レーザープリンタで印刷した写真とキャプションを、糊で貼り付けてポスターを作っていました。プリンタで印刷した最近のポスターは、たしかに美しいのですが、反面遠くから見るには字も写真も小さすぎます。見やすさを考えると、私がやっていたような手作りポスターの方がいいのではないかと思います。

 

2009年(精華大学助手)秋季研究発表会、名古屋市立大学、シンポジウム(4人)。大阪市大のポスター発表の後、他の先生方と話し合って、世紀転換期ドイツにおける神秘主義的思考についてのシンポジウムを行うことになりました。私はシュレーバーに影響を与えたデュ・プレルについて話しました。この年から京都精華大で3年任期の助手になり、忙しくてなかなか準備が進められませんでした。シンポジウム当日はわりと盛況でしたが、その後は論文にまとめるのに時間がかかりました。このときは、発表が1日目ということで、懇親会、二次会、三次会とかなり飲んでしまい、ホテルにどうやって帰って来たかほとんど記憶がありません。

 

2012年(専業非常勤1年目)秋季研究発表会、中央大学、シンポジウム(5人)。ドイツ現代文学ゼミナールで、数年にわたり学会シンポジウムを行うことになり、私もドイツの現代小説についての回で発表することになりました。2010年頃にはメンバーと担当する作家・作品は決まっていました。私は旧東ドイツに関心があるということで、2008年に出たウーヴェ・テルカンプの大長編『塔』を読むことになりました。その後数回準備会がありましたが、実は私が『塔』を最後まで読み終えたのは、シンポジウム発表の申し込みが済み、予稿集の原稿も書き上げた後の、12年の夏休みのことでした。今もそうですが、当時の私にはそれだけ長編小説を読むのはたいへんでした。その後2013年春に、小説の舞台となったドレスデンに行き、帰国後に論文を書き上げました。

学会発表は土曜日の午前中からだったため、前日に京大で5時限目の授業を終えた後に京都を出て、夜中近くに橋本のホテルに泊まりました。当日は専業非常勤だったので、授業は1日も休めませんでした(京大は回数分給料がもらえるため、休講にするとそのぶん給料が減ります)。

テルカンプの『塔』は非常に面白い作品なので、もう少し読み込んで別の視点から論じたいのですが、なかなか手がつけられません。

 

2013年(専業非常勤2年目)春季研究発表会、東京外国語大学、ブース発表(5人)。以前からつきあいのある東北の先生方と組んで、アプリケーションと連動したドイツ語学習教材づくりを進めてきました。私自身は参加しているといっても、ほんとに末席に座ってただけのようなものですが、学会では共同でまとめたスライドを使って発表し、ソフトウェアのデモなどを行いました。この回が初めてのブース発表でしたが、語学教育などの場合には、発表者と来聴者が話し合いやすい形式だと思いました。

 

2014年(講師1年目)秋季研究発表会、京都府立大学、ブース発表(単独)。2013年には、上記のアプリを使ったドイツ語教授法の一環として、iPhoneiPadのアプリやカメラを生かしたアクティブ・ラーニング的なドイツ語教授法を各大学で実践していました。3つの大学でグループワークを行なった結果と学生の作品などを見せました。

この発表のあと、私はむしろあまりICTやアプリを使わない方向へ舵を切ります。もっと原始的な方法でも、アクティブな授業はできるのでは、と模索しながら、教授法の研究も続けています。

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2016年(講師3年目)秋季研究発表会、関西大学、シンポジウム(5人)。2015年頃、気の合う仲間同士で発表がしたいと友人に持ちかけられ、16年春ごろにメンバーを確定、初夏にようやくテーマを決めるというタイトなスケジュールでしたが、非常におもしろいシンポジウムができました。発表の成果については、つい先ごろ論文集としてまとめることができました。(叢書Nr. 128です↓)

www.jgg.jp

この研究チームでは、短い期間ながら、何度も会合を重ねて意見交換をして来ました。毎回会うたびにほっとした気持ちになって、またこれからも頑張ろうと思えたのは、すばらしい仲間がいっしょだったからでした。このチームでは、今後も共同研究を続けていこうと考えています。目標としては、もう一度シンポジウムをやって、その後本を出せたらと思っています。

 

2017年(講師4年目)秋季研究発表会、広島大学、ブース発表(単独)。14年から実施してきた国際化と異文化理解について発表しました。先日の記事にまとめた通りです。

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忙しくて観光などはまったくできませんでしたが、このとき私ははじめて広島県に泊まりました。通過するだけなら何度も来ていたのですが、広島を目的地とした旅は意外にも初めてでした。

 

年表にまとめて見えてくるもの

年表形式で書き出して見ると、博士課程2年以降はほぼ毎年のように発表していたことがわかります。2009年以後少し間が空きましたが、このころは博士論文の完成をめざして、学会発表や別のテーマでの論文投稿などを控えていたのでしょう。

大学院時代に指導教員からは、あまり学会にばかりこだわるのはよくないとときどき言われていました。おそらく先生としては、学会の小さな世界での名声を求めることより、学問としての完成度を高めてもらいたいという思いがあったのでしょう。それでも当時は、自分たちは京都みたいな田舎にいるし、学際系研究科で就職も不利なんだから、他の大学の人よりがんばらなければ、と必死でした。

院生の頃の発表テーマをふりかえると、一見博士論文へとまっすぐに進まず、わき見ばかりしているように思えます。それでも当時興味を持って調べたこと、発表に向けて集めた資料などは、現在の自分にとって非常に役に立っています。

最近の自分を振り返ると、院生・OD時代よりも予算が潤沢になったので、あれこれ本を買い集めたり、現地に資料収集に行ったりできるようになっています。しかし一方で、なかなか腰を落ち着けて研究に取り組めていません。10年以上前からの研究発表を思い出し、自分が一体何に関心をもっていたのかを振り返りながら、これから何をすべきかを考えていきたいと思います。

*1:これは、今の若手にはわからないことでしょうが、当時の京都支部は、懇親会に院生やODが参加することなどありませんでした。私が博士課程を出た頃から、だんだん若返りが進んだように思います。

*2:写真は当時書いていたミクシィの日記に残っていました

日本独文学会でドイツ文学講義について発表しました

独文学会で発表しました

9月30日から10月1日まで広島大学で行われた日本独文学会に参加してきました。

今回は、「語学教育の方法を生かしたドイツ文学講義の試み—教養科目でどのように文学を取り上げることができるか—」と題して、ブース発表を行いました。ブース発表はポスター発表と一般口頭発表を合わせたような、90分の時間を使って、発表者と来聴者が自由にディスカッションできるような形式です。90分の使い方は、発表者によってさまざまなのでしょうが、私の場合は、2014年秋にスマホを使ったドイツ語教授法について話した時も今回も、半分くらいの時間を自分の報告、残りの時間を使ってディスカッションと情報交換という形にしました。

一年前にブログで下書きしていた

ドイツ文学について文学部ではない学部でどのように講義をすることができるか、そのさいに、語学教育のノウハウをどのように生かすことができるか、というのが今回の主題です。このテーマについては、すでに一年ちょっと前、去年の初夏にこのブログでも、数回に分けて書いていました。記事を書きながら、授業方法について整理することは私にとっては非常に有益だったし、ブログ記事を発表後にあらたな着想が得られたりすることもありました。

schlossbaerental.hatenablog.com

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今回の発表では、すでにブログに書いた内容に加え、16年前期・後期、17年前期と3学期間の授業で得られた手応えやその間に変更してきたこと、年度が変わって見えてきた課題なども付け加えて話しました。

土日と二日間の学会で、一番プログラムが混んでいる土曜日の午後という時間帯にもかかわらず、たくさんの人に聞きに来ていただけました。一時間半と持ち時間が長かったため、他の分科会の発表と行ったり来たりしながらも、ディスカッションには戻ってこられて、質問してくださった方や、他の発表には目もくれず私のブースにずっとついていてくださった方、予想もしない大入りで、大変感謝しております。

今回は、先週の発表の概要といただいたコメントから考えたことなどをまとめておきます。

 

1)独文学会における、文学講義の発表

日本独文学会でも、ときどき文学教育を題材とした研究発表をする方はいますが、私の知る限り数年に一回程度とごく稀です。しかし、多くのドイツ語教員にとって、語学教育だけでなく、教養科目としての文学や文化の講義も重要な仕事の一つです。周りの研究仲間に聞いても、みな講義の仕方については困っているという意見ばかり聞くのに、講義方法についての研究は多くないし、そもそも周りの人がどんな講義をしているのか意見を聞いたりする機会すらめったにありませんでした。

今回の私の発表が目的としていたのは、自分の授業実践を紹介するだけでなく、他の先生方からどんな工夫をしているか情報を得ることでした。懇親会でも情報交換はできますが、ブース発表という場があれば、私の方から提供した題材をもとに、懇親会より多くの先生がたから意見が得られるだろうと考えたのでした。

 

2)当日の発表内容

以下、当日使ったスライドで、発表内容を紹介します(一部省略したところもあります)。

 

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まずは、問題提起です。そのあと簡単な自己紹介として、専門分野や教歴を話しました。つぎに、2014年〜15年度に行なっていた講義内容です。

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この講義実践については、すでに昨年に近畿大学共通教育機構の紀要に概要をまとめて報告しています。

kindai.repo.nii.ac.jp

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2年間映画を使って授業をしましたが、一番の問題点は、教室のハード面の不備でした。2015年春学期は170名も受講者がいたため、定員200名程度の大教室を使いましたが、南側の窓にぼろぼろのブラインドがぶら下がっているだけで、あまり暗くならないため、もう映画はやめようと決意しました。

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映画を見せるということは、語学で言えば教科書を使って、授業で扱う材料を提供することと同じです。それならば、時代背景の解説と文学テクストのコピーを使っても、同じように授業ができるのではないかという発想から、文学を使う授業を始めました。

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授業の際気をつけたいのは、学生が漫然とこちらの説明を聞くだけになる時間をなるべく減らすということでした。これは普段の語学の授業でも気をつけていることですが、90分のうち、私が話す時間は30分から40分程度に留めるようにしていました。それ以外の時間はできるかぎり、学生が資料を読み、考え、書くための時間に充てました。

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毎回悩みのタネが配布資料でした。本からのコピーとなるため、どうしても枚数が多くなってしまいました。最大A3で四枚くらいでしたが、170名分を輪転機で用意するのに、毎週1時間以上かかりました。授業は月曜日だったので、人がいない金曜日の夜や土曜日に出勤して印刷作業をしました。(今思えば、早めに資料をつくって、学部の事務で印刷してもらえば良かったんですよね)

資料の枚数が増えると、学生が消化不良になるということはもちろん問題でした。しかし一番の問題は、私の研究室から経営学部の校舎までが、500mも離れていたため、当時は大量の資料と機材(iPadVGAケーブルなど)、そして答案用紙の回収箱(学科ごとに分けた二枚のトレイ)を持ち運ぶのが非常にたいへんということでした。

配布資料とともに、授業でつかったスライドもいちぶ紹介しました。各回ごとに、どのように問題をだし、次の回でどのようにフィードバックをしているかを説明しました。

サンプルとして取り上げたのは、第9回目のカフカを紹介した回です。

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『となり村』、『お父さんは心配なんだよ』と『変身』を読ませ、解答用紙に設問の答えと感想を書かせました。そして、次の回では、コメントの例を紹介します。

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どの回でも、学生たちのコメントはすばらしかったのですが、とりわけ面白い解答が多く出て来たのが、カフカの回でした。オドラデクのスケッチも面白かったです。

さて、実際の講義のスライドを紹介し、つぎに、どのようにこれまでの授業の問題点を改善できたか、3つのポイントに絞って説明しました。

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私語が多い、履修者が多すぎるという問題には、教室の機材とVGAケーブルで繋いでいるiPadを、自分のiPhoneをリモコンとして操作するという方法で、教室のどこにいてもスライド操作ができるようにしました。*1

こうすることで、教卓=話す人、椅子=聞いている学生たち、という位置関係によって規定された態度を変えてもらおうと試みました。

発表の際にも、この方法について説明しながら、じっさいに会場内を歩き回りながらスライドを動かしてみました。

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それから、授業内課題や中間レポートなどで、何を書いたらいいのか、指示を明確にするようにしました。漠然と感想を書かせると、どうしても学生たちは、「大人におもねるようなことを書けば正解だな」と判断して、自分たちが言いたいことが言えなくなってしまいます。文学の読解ですから、正解はありません。いかに自分の考えたことを筋道立てて書けるかが重要であると強調しました。

もちろん、あきらかに間違っている解答(殺されたはずの人物が生きてることになってる等の事実誤認や勘違い)には、「違う!」「もっとよく読むこと!」とコメントすることもありました。

 

発表ではさらに、私が授業で取り上げた作品について行ったアンケートと、学部指定の授業アンケートの結果を紹介しました。 

私の作ったアンケートでは、全14回で取り上げた作家と作品をならべ、以下の問いに、それぞれの回数(第2回目だったら、2と解答)を答えてもらいました。

1)最も面白かった回はどの回ですか?

2)最もつまらなかったのはどの回ですか?

3)もう一度読みたい作品はどれですか?

4)難しかった作品はどれですか?

アンケートの結果は、やはりわかりやすい、映画『コッホ先生と僕らの革命』がいちばん面白かったという反応でした。逆に、フロイトシュレーバー、ボルヒェルトなど、文章や表現が難しい作品は、つまらないという回答が多かったです。

問3では、カフカフロイトなどを選んだ学生も多くいました。問4 の質問は、問2と被ってしまうから無意味かなと思ったのですが、結果を見ると、難しいけど印象に残った作品と考えたのか、面白かった作品、もう一度読みたい作品とも重なる作家・作品に多く票が入っていました。

 

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私にとって興味深かったのは、学部のアンケートの結果でした。20項目程度のなかから、授業についての総合評価と理由を書いたコメントの部分だけを抜き出してまとめました。

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 学部事務がまとめてくれた結果から、いくつかのコメントを抜き出してまとめました。低い点をつけている学生も、べつに授業がつまらないし、真面目に勉強してなかったから低い点をつけているわけではなく、ちゃんと理解できなかった、授業内容を消化できなかったという点から低い点にしていることがわかります。取り上げるテクストの難易度をもう少し下げたり、あるいは説明や設問をわかりやすくする必要がありそうです。

最後に、全体のまとめです。

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 実践報告の発表なので、学問としての体裁はととのっていません(教授法のちがうクラスを比較してデータを取るなどのことはしませんでした)が、自分が実施している方法と、学生からの声を時間をかけて紹介したので、聞きに来てくださった方々には、ご理解いただけたと手応えを得ました。

 

3)今回の発表の工夫

2014年秋につづくブース発表でしたが、前回の発表からあまり時間がたっていないので、スライドや機材の使い方、時間の使い方等の要領がわかっており、準備もスムーズに進めることができました。

今回あらためて工夫したのは、まずスライドです。ブログやツイッターのアイコンにしている、ダディクールのイラストを入れました。あまり目立つところに入れない方法はないかと考えていると、Keynoteのテンプレート編集から、イラストやマークを入れる方法がわかったので、やってみることにしました。授業にはいつもKeynoteでスライドを作ります。そのさい、フォントは遠くからでも見えやすいように、太め大きめの文字(見出しはヒラギノ角ゴシック80ポイント、本文もヒラギノ角ゴ38ポイント)に直しています。今まで気づかなかったのですが、マスタースライドの編集で、いつも使う4種類くらいのパターンを全部修正しておくと、スライドを作ってる途中でも、ページ全体の仕様を変更することができるのでした。これは大きな発見でした。

このように、ダディクールとページ番号をそれぞれのページに入れました。

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地味に紛れ込ませるだけのつもりだった、ダディクールですが、せっかくいるのだからと、スライドを作る途中で、コメントを吹き出しに入れたりしました。

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また、配布資料については、ここまで紹介して来たスライドを、A4一枚に9ページに縮小し、さらに文字が小さめのページ(授業で扱った作品、参考文献表など)は、A4に2ページの大きさにしたものを合わせてA3で2枚にまとめました。

学会発表で、スライドをそのまま縮小した配布資料を配ることについては、賛否あると思います。今回は同じ時間に魅力的なプログラムが集中していたので、とにかく多くの人に資料だけでも持って帰ってもらおうと、見やすく、発表内容全体がわかる形の資料を作りました。

 

4)いただいたコメントなど

90分のうち、のこり40分ほどをディスカッションの時間に当て、多くの先生方から貴重なご意見をいただきました。思い出せるものを以下に挙げておきます。

  • 少人数クラスにもかかわらず、学生がひとりひとり作業しているだけ、というのはもったいないのではないか、学生同士に対話させるほうがいい。
  • テクストを読んでわからないことを、相互に質問し合うのが効果的だった。
  • 文章で書くことだけでなく、場面を想像して絵を描くという方法もある。
  • クラスの学生が知らない同士で、人間関係がないのであれば、むしろ授業を学生たちの集まる場所、学生自身にとっての居場所にしていく必要がある。
  • 学生に文章を書かせるのであれば、授業の中でどのように成長の跡が見られるか、確認したほうがいい。
  • 初年次教育分野におけるライティング教育から取り入れられるものもあるのではないか。

ほかにももっと多くのご発言をいただきましたが、なかでも私自身がこれから取り組んでいく必要がある課題となりそうなご意見は以上の通りです。

今回の発表は、また、これから講義科目を担当するよう若手の研究者の方にも参考にしてもらえればと思っていましたが、京大の後輩にも聞きに来てもらえました。彼らの今後の講義実践に役立てれば何よりです。

多くの人から、ご意見をいただけましたが、一番うれしかったのは、学部2年生のころにドイツ語を教えてくださった先生から、発表の後「いい先生になったね。本当に誇りに思います」と言っていただけたことでした。先生に習っていた頃は、もう20年前で、私はただのアホな小僧でしたが、なんとかそれなりの教員になることができました。

 

5)まとめ

スライドとともに、今回の発表をふりかえってきましたが、いつのまにかかなり長くなってしまいました。2016年から実施している、文学作品を読む講義ですが、まだまだ完成とは言えないでしょう。もっともっと改善しなければいけないことや、やってみたいこともあります。今回の発表で得られた意見から、さらに良い授業へと変えていければと思っています。

 

 

 

*1:メールやLINEの通知が学生たちに見られるのでは、というコメントがありましたが、この場合iPhoneへの通知は表示されません。また、iPadについては、あらゆるアプリの通知をOFFにしています。

ウィーンブルネン巡り(3)庭園の噴水を見る

少し間が空きましたが、ウィーンブルネン巡りの3回目です。今回は、シェーンブルン宮殿と市民公園で見つけたブルネンを取り上げます。もうそろそろ帰国して一ヶ月がたとうとしているので、そろそろ夏の旅行についての記事をまとめる時期ですね。

 

シェーンブルン宮殿

ウィーンは20年前のちょこっと滞在も含めてもう4回目ですが、町外れにあるシェーンブルン宮殿には、一度も行ったことがありませんでした。というのも、ウィーンという街は、前回の記事で写真をあげた、街の中心にあるホーフブルク宮殿をはじめ、南側には、ベルヴェデーレ宮殿クリムトの絵画と美しい庭で有名です)があるし、リングシュトラーセ周辺には、かつての宮殿だった国立図書館や、美術史博物館などりっぱな建築が多数並んでいます。これだけ宮殿やそれっぽいものに囲まれていたら、わざわざ市内から離れたところまで行く必要はないよな、と思って、これまで行く機会を逸していたのでした。

しかし、シェーンブルン宮殿——schönうつくしいbrunn(Brunnen)泉——という名前からも想像がつくように、この宮殿にはみごとな噴水や泉があるわけです。噴水写真家として、行かないわけないはいかないのです。

 

猛暑が行く手を阻む

2年前にもシェーンブルン宮殿で撮影をしようという計画はありました。調査の休みである日曜日にでも行ければ、と思っていました。しかし当時ウィーンは連日35度近い猛暑で、どうしても焼け付く日射しの中、だだっ広い庭園を歩くなんてことは耐えられそうにありませんでした。

暑くなければ、すぐに行けるのにと思っていましたが、今年もやはり猛暑でした。しかし帰国の日も迫っていたので、8月26日に意を決してシェーンブルンへ出かけました。

地下鉄の駅から庭園までは、あるいて10分ほど。多くの観光客で賑わっているので、道を間違えることはありませんでした。しかし、ちょうどお昼頃だったため、この時点ですでにかなりの暑さでした。

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入り口です。巨大な塔の上に黄金の鷲がついています。

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門から中に入ると、広大な空間が広がっていますが、ここは庭園ではなく、裏庭です。

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裏庭の噴水

しかし裏庭とはいえ、さすがのシェーンブルン、さっそく噴水が出迎えてくれます。

 

庭園を散策する

裏庭西側の入り口から、宮殿の南側にある庭園にまわります。観光客は宮殿の中を見学することもできますが、この種の場所はミュンヘンでもこれまでいくつも見てきたので、今回はスルーです。

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庭園の一角にある花園。ちょうど花盛りの季節できれいです。

庭園は上の写真のように、芝生や花、植え込みなどもあります。植え込みの近くには、日陰があるので、割と快適です。

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宮殿正面、日差しを遮る場所がなく絶望的な暑さ

一方、宮殿の正面側は、広々した庭園があり、生垣すらない場所は、真夏の太陽にじりじり焼かれるだけでなすすべがありませんでした。私は帽子も日傘もないので、頭にタオルを乗せてしのぎました。

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生垣の中の像。ポーズがいい。

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こちらは首をぶら下げてドヤ顔。

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庭園の南側には、さらに丘がつづき、丘の上にも宮殿がある。

この写真は望遠なので、距離が圧縮されています。実際は、手前の噴水ですら、歩いて10分程度かかりました。

しばらく歩くと、庭園の中央の噴水、ネプチューンブルネンにたどり着きます。

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大きなネプチューンブルネン

ブルネンの両脇には階段があり、彫像の裏側に回り込んで、庭園を展望できるようになっています。

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彫像の上から見たシェーンブルン宮殿。庭園の広さがよくわかります。

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裏側から見た海馬と人魚の像。すごい迫力です。

この庭園にはほかにもいくつか噴水がありました。

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ネプチューンブルネンから東へ向かうと、美しい女性とむちむちした赤ちゃんの噴水がありました。

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さらに先に進んで、庭園の一番東端にあったのが、オベリスクブルネンです。オベリスクの下の巨大な彫像から水が流れ落ちています。

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人工的な彫像と、滝を思わせる荒々しい自然のような水流が調和しています。

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オベリスクを支えているのは、四匹の黄金の亀です。亀は安定を意味しているそうです。

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中央で水を吐き出す顔。とても大きい顔です。

シェーンブルン宮殿では、これらの噴水を眺めながら、庭園を散策しました。

 

市民公園Stadtparkのブルネン

今回シェーンブルン宮殿とともに、どうしても撮りたいと思っていたのが、市民公園のブルネンでした。前回、2016年月の滞在時は、市民公園やベルヴェデーレ宮殿に近い場所に泊まっていましたが、オフシーズンのため、噴水の撮影はできませんでした。どうしても気になる物件がいくつかあったので、今回再訪しました。

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地下鉄シュタットバーク駅。ウィーンの地下鉄駅はおしゃれです。

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いかにもウィーンらしい市民公園入り口の装飾。

こちらが市民公園のセバスティアン・クナイプのブルネンです。

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クナイプは日本では入浴剤のブランドとして知られていますが、もともとは、水浴を中心とした自然療法の提唱者でした。このブルネンでも、子供が背中から水をばしゃばしゃ浴びている様子が再現されています。

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クナイプの胸像の下には、小さな子供たちの像があります。ジョウロなど関係のあるものを持っています。

 

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こちらはクナイプ療法で元気になった人たちなのでしょうか。松葉杖がいらなくなったよ、と言っているようです。

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びしゃびしゃと水を浴びせかけられている子供の表情が満足げでとてもいいですね。

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もうひとつ、ここで撮影したかったのが、この石を動かそうとする二人の男のブルネンです。巨石を動かそうと二人の男が力を振り絞る様子が描かれています。しかし、この写真からもわかるように、残念ながら水が止まっていました。工事中だったのかもしれません。

せっかくなので、2年前に撮った写真を貼っておきます。この時は、水が出ていましたが、夕方遅い時間で少し暗いのが残念です。

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思えば、ブルネンに本格的に興味を持つきっかけになったのは、上の写真を撮った日にみつけた、こちらのブルネンでした。行き交う人や子供たちがつぎつぎ水を掬って飲んだり、ペットボトルに汲んで持ち帰ったりしているのを見て、飲用するという利用法もあったのか、とこの街では当たり前のことに初めて気づいたのでした。

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市民公園は、ブルネンだけでなく、池や芝生もあり、木陰のベンチでゆっくりすごしたりできるので、この街で気に入っている場所の一つでした。

 

ウィーンブルネン巡りはこれで最後ですが、博物館やワイン祭りなど、ウィーンで面白かったことをもう少し紹介します。

 

 

 

ウィーンブルネン巡り(2)市内中心部を歩く

ヴェーリングから中心部へ

前回の記事に書いたように、今回のウィーン滞在時には、市内北西部のヴェーリング地区にいました。ウィーン市内はバスや地下鉄のほかに路面電車も走っていて、国立図書館に行くには、路面電車を乗り継いでいました。

路面電車の通っている、ヴェーリンガーシュトラーセには、ウィーン大学の校舎がいくつも立ち並んでいます。詳しいことはよくわかりませんが、ショッテントーアにある本部キャンパス以外にも、市内北西部にかけて、いくつもの校舎や研究機関が点在しているようです。

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青いのぼりが掲げられている建物は、大学の研究機関です。

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ウィーン大学医学部の付属機関である、Narrenturm(狂人塔)は、その名の通り、かつては精神病者を収容する施設として使われていましたが、現在は医学史関係の博物館となっています。ここは、2015年の滞在時に見学しました。

Narrenturmの近くに、もう一つ医学史関係の博物館、ヨーゼフィーヌムがあります。

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ヨーゼフィーヌム入り口の看板

こちらは、蝋でできた解剖人形などの人体標本が展示されていました。ヨーゼフィーヌムの正面にあったのが、こちらのブルネンです。

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蛇を手に持った女性像は、健康の女神ヒュギエイアです。

このヨーゼフィーヌムからさらに10分ほど歩くと、路面電車のターミナルである、ショッテントーア駅があります。ウィーン大学本部、そして大きなフォーティーフ教会とその前のジークムント・フロイトパークがあります。

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教会の前に広がる、ジークムント・フロイトパーク。フロイトの診療所があったベルクガッセはこのすぐ近く。

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ウィーン大学中庭。静かな庭園では学生たちが読書をしたりしていました。)

ウィーン滞在時には、しばしば夕方の時間に、ショッテントーアでビールと軽食を買い、フロイトパークでのんびり過ごしました。ベンチやリラックスチェアなどが設けられており、市民の憩いの場として利用されていました。

 

旧市街、フェルステルパッサージュのブルネン

ショッテントーアから旧市街へと入っていくと、パッサージュの入り口があります。

ここは、もともと宮殿だったところを改装して、カフェやワイン屋さんなどの店舗が入っています。非常に装飾が豪華でした。

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チョコレート屋さん。有名店だそうです。

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通路の奥にあるブルネン。ガラスの天井から入り込む太陽光で、とても明るいです。

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ウィーンの中心にある王宮

前回の記事に書きましたが、初めて訪れた際、最短距離をいけば僅か3km程度の道を歩くのに、二時間近くかかってしまったのは、ウィーン中心部は非常に道が込み入っていて、なおかつ王宮の大きな建物が、いくつも点在しているからです。どの建物も大きくて、通り抜けられない場所も多いので、地図を見ないと迷ってしまいます。

 

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王宮です。この建物の向こう側に、国立図書館があります。中央の門から通り抜けられるようになっています。王宮の中は博物館などがありますが、入ってみたことはありません。

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遠くからも目立つ、王宮の丸屋根です。金の装飾が豪華です。

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王宮の正面に立つ、アドルフ・ロースの建築。すっきりしたシンプルなデザインがポイントですが、よく見ると一階部分のグリーンの大理石を使った柱など、非常に手が込んでいます。

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王宮正面の噴水。記念撮影をする人だけでなく、暑いので水しぶきで涼む人もたくさんいました。

 

オペラ座の噴水

今回はオフシーズンだったので、素通りしただけのウィーン国立劇場です。

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ここは、2016年公開の「ミッションインポッシブル ローグネイション」で、序盤に登場した場所です。

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トムさんが、レベッカ・ファーガソンといっしょに、舞台裏でどんぱちやって、屋根から逃走するシーンが印象的でしたね。

ここにも噴水がありました。多くの人はオペラ座正面の写真はとっていても、噴水には無関心な様子でしたが。

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シュヴァルツェンベルガー広場の噴水

こちらも前回の滞在時にも撮影した噴水です。オペラ座から路面電車で3分ほどのところ、旧市街を囲むリングから少し南側に出たところに、シュヴァルツェンベルガー広場があります。道路に囲まれた広場の中央には、大きな噴水、ホーホシュトラーフブルネンがありました。

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ピンク色の水が噴き出してて驚きましたが、夕方になるとライトアップされ、数分ごとに色が変わるようです。

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いったん白くなり

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緑色になりました。おもしろかったので、動画も撮りました。

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もう少し明るい時間だと、こんなふうになっています。(2015年8月撮影)

噴水の後ろに光っている兵隊の像は、赤軍英雄記念碑です。1945年のウィーン攻勢のさいに、亡くなったソ連兵を記念しているそうです。

 

工科大学前のカエル噴水

これはそんなに有名どころではないのでしょうが、ウィーン工科大近くで見つけた、カエルの噴水です。キムゼーのヘレンキムゼー城でもカエルやワニの噴水がありましたが、水を噴くカエルというのは、人気のモチーフなのでしょうか。

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小さなカエルたちが水を吹き出しています。涼しげな様子です。

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なんか気持ち悪いフクロウみたいな像がくっついている、工科大学の建物です。

 

今回は以上のように、ヴェーリングから南下して、市内中心部を縦断し、工科大学やシュヴァルツェンベルガー広場までの噴水を紹介しました。次回は、ブルネンの名所、シェーンブルン宮殿と市民公園のブルネンを紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィーンブルネン巡り(1)市内北部

3度目のウィーン滞在

8月22日から29日まで、ウィーンに滞在し、オーストリア国立図書館で調査を行いました。今回は、2015年夏、16年春につづき、3度目のウィーンでの調査です。

研究者として訪れる前にも、じつは1度だけウィーンに来ています。1998年の春に、ベルリンでゲーテインスティテュートの授業を一ヶ月受けたあとで、ポーランドチェコオーストリアハンガリースロヴェニア・イタリアと、中央ヨーロッパを縦断する旅をして、そのときにウィーンで三日ほど過ごしました。

 

初ウィーンの思い出

ウィーンのブルネンを紹介する前に、ちょうど思い出したので、1998年に初めてウィーンを訪れた時のことを振り返っておきます。

ポーランドワルシャワ、クラコフを見たのち、プラハチェスキークルムロフを経て、鉄道でウィーンにやって来ました。ちょうど3月10日くらいだったと思います。ウィーンに鉄道でくる、というとウィーン西駅やウィーンミッテ、あるいは最近オープンした中央駅に到着、というイメージがありますが、私は当時、市内北部のフランツ・ヨーゼフ駅からウィーンに入りました。

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あのころ、この街のことをどれだけ知っていたかは、今となってはよくわかりませんが、たしかロンリープラネット中央ヨーロッパの巻だけを持って旅をしていました。地球の歩き方に比べて親切とはいいがたい(とはいえ、宿泊のページには、キャンプや野宿ができる場所からホテルまで紹介されていました)ロンリープラネットの地図を見ながら、私はウィーンを歩きました。

今思うと明らかに間違っているのですが、フランツ・ヨーゼフ駅からブルクガッセのユースホステルまで、徒歩で移動しました。グーグルマップで確認すると、たしかに3kmほどなので歩いていけないこともないのですが、ウィーン旧市街は道が入り組んでいたので、何度も迷って1時間以上かけてたどり着きました。

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(Stadtparkにて。天気がいいのでビールを飲んでいますが、寒かったです)

その後、ユースホステルの隣にある、もっと安いホステルに泊まって、美術史博物館やシュタットパークなどを散策しました。オペラ座に行って、ヴァーグナーを立ち見したりもしました。結局いちども公共交通機関を使うことはなかったと思います。

 

2015年夏、17年ぶりの滞在

それから17年ほど間が空きましたが、2015年にまたウィーンに来て、資料調査をしています。私の研究領域は、基本的にドイツなので、別にオーストリアに来なくてもいいのですが、世紀転換期ウィーンの文化にも関心があり、ドイツでは見つけられない資料もあるかもしれないと期待して、ウィーンにも行ったわけです。

2015年夏の滞在時に驚いたのは、ウィーンの都会ぶりと暑さでした。

ドイツをフィールドとしている私にとって、現代のオーストリアというとのどかな田舎ばかりの小国、あるいはドイツの属国的なイメージしかありませんでした。ちょうど京都府に対する滋賀県のような関係だろうと想像していました。

たしかにオーストリアの大部分は田舎だし、谷あいの山村もたくさんあります。しかし、ドイツの属国ではぜんぜんないし、ウィーンはやはり一国の首都だけに、ミュンヘンや京都よりもずっと都会だと感じました。

そして、何より暑さに苦しめられました。連日昼間には30度を超える猛暑はまったく予想外だったので、ほとんど夏バテのようになってしまいました。

 

しかしこの滞在で、ウィーンの街の雰囲気や、オーストリア国立図書館の便利さがよくわかりました。

 

今回の滞在は、2年前と同じ18区

2016年春にもウィーンに十日ほど滞在して、図書館に通い、ハーフマラソンに出場しました。このときは、市内南部、ベルヴェデーレ宮殿近くのアパートメントホテルに泊まっていましたが、騒音が気になったので、今回はもう少し静かな場所を選びました。

2年前に滞在した、ヴェーリンガーシュトラーセ駅から近いアパートメントで一週間過ごしました。このアパートメントは、近所にスーパーやレストラン、駅などがあり、また徒歩10分ほどで大きな公園もある、落ち着いた住宅地でした。

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ちょうどトラムの停留所が近く、アパートからトラムでウィーン大学前のショッテントーアで乗り換え、さらに5分くらいで国立図書館まで行けました。

今回の滞在時は、これまでまだ訪れていないところを中心にブルネンの写真を撮りました。

 

旧市街北部、アルザーグルントからアウガルテンへ

ウィーンで今回なんとしても見たかったのが、有名なシュトルードゥルホーフ階段でした。前回の滞在時に、知人から、「この街のどこかに、階段の途中に噴水がくっついた有名な場所があるらしい」というRPGの村人の話みたいな漠然としたアドバイスをもらいながら、どこにあるどんな噴水なのかまったくわからなかったところです。その後、別の知人の研究発表などを聞いて、どこにあるのか理解しました。

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このシュトルードゥルホーフ階段は、20世紀半ばのオーストリアの作家、ハイミート・フォン・ドーデラーによる同名の長編小説で有名です。現在も、美しいウィーンの風景として愛されています。

 

シュトルードゥルホーフ階段からほど近いところにあったのが、シューベルトブルネンです。独特の身振りをしている女性像は、聞き耳をたてているらしいです。

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この噴水から東に進むと、さきほど写真を上げたフランツ・ヨーゼフ駅、さらに東に行くと、ドナウ運河を渡って、アウガルテンにたどり着きます。

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ドナウ運河に架かる橋。道頓堀のように、飛び込み防止の柵がつけられています。

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昔から生活用水として用いられてきたようなブルネン。おいしい水が出ていました。

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こちらもアウガルテン手前で見つけたブルネン。

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アウガルテンは、広大な庭園の中に、第二次大戦中に作られた高射砲塔が残されています。ウィーンに高射砲塔はいくつか残っていて、マニアに人気です。

 

18区の公園トゥルケンシャンツパークの噴水

泊まっていたアパートメントから北西に進むと、だんだん登り坂になっていて、きれいなお屋敷が増えてきます。ウィーンは、パリと同様、市の外側から内側へと下り坂になっています。

走って10分くらいで、きれいな公園、トゥルケンシャンツパーク(Türkenschanzpark)に着きます。ここは1683年の第二次ウィーン包囲のさいに、オスマン帝国軍が駐留した場所なのだそうです。それでトゥルケン(トルコ人)のシャンツ(保塁)なんですね。

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園内には私のようにジョギングをする人や犬の散歩をする人、日光浴をする人など、多くの人が訪れています。だいたい一周1.5kmほどのジョギングコースがあります。また、庭園の中心部には、川や池が設けられており、当然噴水もありました。

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Prießnitzbrunnen:自然療法家として知られるプリースニッツを記念したブルネンです。

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作家アルトゥール・シュニッツラーは、この公園の近くに住んでいたそうです。

 

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庭園で花に囲まれて読書をする人や、カフェでアイスを食べる人など、優雅な時間を過ごしていました。

 

トゥルケンシャンツパークからアパートへ戻る間に、ウィーン大学天文学研究所がありました。公園はきれいに整備されているのに、こちらの施設は、藪というかジャングルというか、かなりワイルドな状態でした。

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ウィーン大学天文学研究所の入り口。入り口だけど、先が見えない。

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里山のような森の中に、天文学研究所の建物がありました。建物の最上階には、天文台があります。

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出口(Ausgang)と書いてあるけど、本当に出られるのかいまいち信じられないと思いつつ進みました。

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森の中の小道というか、人の踏み入らない藪です。

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心配しながら階段を降りると、出口の門がちゃんとありました。

長くなってきたので、今回はここまでです。

次に、王宮やシェーンブルン宮殿などの噴水を紹介します。

 

 

ミュンヘンのブルネン(3)小さな噴水を探して歩く

1)水がきれいなノーネンブルネン

滞在中に、ミュンヘン大学図書館で、いくつかミュンヘンにおけるブルネンの歴史や、有名なブルネンを紹介する本を読みました。市内中心部にあるブルネンでも、私がまだみたことがなかったものがいくつかあったので、実際に歩いて撮影に行ってみることにしました。

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ミュンヘン大学前、ショル兄妹広場の噴水。

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地下鉄Universität駅前の八百屋さん

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ミュンヘン大学獣医学科前の蛇の噴水(残念ながら工事中でした)

 

ヴィッテルスバッハブルネンの裏は、公園になっていますが、その公園の北側で見つけたのが、ノーネンブルネンです。

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大きな三体の彫刻がついていて、その間から水が流れています。この三体の女性像こそが、ノーネン(北欧神話の運命の女神たち)です。ウルド、スクルドヴェルダンディの三人の女神だそうです。

この噴水も、ヴィッテルスバッハブルネンと同様、水量が多く、水がきれいなので、暑い日は水盤に入って水浴びをする人も多いのだろうと思いました。

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ノーネンブルネンのすぐ隣にある、マクシミリアンプラッツの公園には、二人の女性が横たわった形の、ネレイデンブルネン(Nereidenbrunnen)がありました。

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もうひとつこの広場の近くには、ルートヴィヒ二世の摂政をつとめた、ルイトポルト王子のブルネンもありました。

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このブルネンの隣には、それにちなんでカフェ・ルイトポルトというお店がありました。

2)ゼンドリンガー門から市内中心部へ

カールスプラッツから南側には、前回の滞在時にはあまり行ったことがなかったので、今回初めて足を踏み入れました。カールスプラッツがあるカール門と同様に、旧市街入り口の門、ゼンドリンガー門がここにも残っています。この門から市の外側に出たところに、オクトーバーフェストの会場、テレージエンヴィーゼがあります。

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門から市内へと続くゼンドリンガー通りです。非常に賑やかできれいな建物が立ち並ぶ通りです。

 

隠れた名所アーザム教会

ここで目を奪われたのが、こちらの教会、Asamkircheです。

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あまり大きくない建物でしたが、中に入ってびっくり。装飾の密度に圧倒されました。

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亀の上の少女ブルネン

アーザム教会の写真ばかりになってしまいましたが、この教会の近くに、ガイドブックに載っていたブルネンを見つけました。

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Mädchen auf der Schlidkröte(亀にのる少女)の噴水です。

少女像の優雅なポーズや亀のかわいらしい雰囲気がいいですね。

 

リンダーマルクトの牛のブルネン

ゼンドリンガー門から伸びる通りをまっすぐ進むと、市内中心部のリンダーマルクト広場に突き当たります。ここにあるのが、Rindermarktbrunnenです。ここはもともと家畜の取引場があったそうです。現在は、大きな噴水にたくさん人が集まる広場になっています。

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ヴィクトゥアリエンマルクトの小さなブルネン

リンダーマルクトからほど近いところには、大きな広場にたくさんのお店が立ち並ぶ、ヴィクトアリエンマルクトがあります。ここにはさまざまな食料品やお酒を売る店があり、さらにはビアガーデンもあります。

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広場の中心には、おなじみのバイエルンの柱が立っています。

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きのこ屋さん

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初めて見るとぎょっとする、シュピッツコール。尖ったキャベツ。

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これも見た目ではなんだかよくわからないコールラビ。カブの一種です。

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ビアガーデンはいつ来ても盛り上がっていました。

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ビアガーデンの中には、いくつものブルネンがあり、集まった人たちはビールの合間のお水を飲んでいました。

 

ビアホール前のメルキュールブルネン

広場から北に進むと、旧市庁舎や新市庁舎前のマリエンプラッツなど、中心部にでます。ここにはアウグスティーナー、ホーフブロイハウスなどいくつものビアホールが並んでいます。中でも有名なのが、パウラーナーイムタールです。観光案内にも取り上げられる、伝統的なビアレストランです。

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このお店のすぐ近くにあったのが、メルキュールブルネンです。

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冷たくておいしい水が出ていました。

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同じ通りに見つけた、民族衣装屋さん。

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マネキンのお姉さんたちが、上から見下ろします。

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東に進むとイーザル門。東側の市門にぶつかります。