ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

新しくなったテレビと気散じ状態での視聴について

引っ越しに伴い、古い家電をいくつか買い換えた 

この一週間は、妻が海外出張で不在だったのですが、とくに羽を伸ばして何かするわけでもなく、毎日仕事をして、夜は新居の片付けばかりして過ごしておりました。

今回の引っ越しに際し、古い家電をいくつか買い替えました。

1)掃除機

2)洗濯機

3)テレビとスピーカー

どれも京都時代から使っていたので10年近く経っています。買い替えるにはちょうどいいタイミングかもしれません。掃除機や洗濯機については改めて別の記事にまとめますが、今回は、3つ目のテレビについて書きます。

 

これまではテレビを日常的に見る習慣がなかった

西宮の家に引っ越して4年間は、好きなドラマや高校野球など、ごく限られた時間しかテレビを見ませんでした。朝起きたらニュースを見る、朝ドラを見るといった視聴の仕方をまったくしていませんでした。これはべつにテレビが嫌いだからというわけではなく、テレビを起動するまでの部屋の動線に問題があったからです。

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西宮のマンション、リビングの見取り図。また手描きです。

テレビの前には、ボーズの小さいスピーカーを置いていました。

 この形の少し古いモデルです。リモコンがないので、毎回テレビの前まで行ってボタンを押し、それからテレビのリモコンでテレビを起動しないといけませんでした。このめんどくささがいやで、なんとなくテレビは見なくてもいいやと思うようになりました。

 

49インチのテレビに買い換える

リビングが1.5倍くらい広くなり、テレビをだいぶ遠くから見ることになるので、もう少し大きいものに買い替える必要があると気づきました。もともと西宮で使っていたテレビは、右京区時代に、6畳ほどの狭いリビングでソファに座って1.5mくらいの距離で見ることを想定して、割と小さめのものを選んでいたのでした。

今回の引越しで、テレビとともに、スピーカーも新しくすることになり、テレビのリモコンと連動させて操作できるようになりました。セッティングには時間がかかりましたが、現在ではテレビのリモコンだけで、スピーカーとブルーレイレコーダーを起動・操作しています。 

テレビを見るには集中力が必要なのかもしれない

職場までの通勤時間が30分程度短縮されたので、朝ドラも見られるようになりました。また、ちょうど引っ越し当初は開催中のワールドカップやウィンブルドンのテニスも大きな画面で楽しむことができました。

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しかし、サッカーにせよ、朝ドラにせよ、ある程度ちゃんと見ていないと内容が頭に入ってきません。たしかにサッカーもテニスも、一試合に時間がかかるので、半ば眠りながらぼんやり見ているという楽しみ方はだれもがしていることでしょう。しかし、気がつくと点が入っていたり、勝負がついていたりして、じつはあまり楽しめません。朝ドラも同様で、たかが15分とはいえ、ちゃんと見ていないと誰が何をしてるのかちっとも理解できません。

今回ひさしぶりに毎日のようにテレビを見るようになって、テレビを見るのって、じつはある程度集中していないといけないのかもしれないと気づきました。そして私自身がこういう集中したテレビ視聴が煩わしいと感じていることに気づきました。私の本音としては、もっとリラックスした気分で、テレビを見ていたいのです。

そんなことを考えながら、先日の講義でとりあげたヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」のことを思い出しました。ベンヤミンは、20世紀初頭のテクノロジーが進化し、芸術の意味が変わっていく時代に、大衆がリラックスした状態で映画を見るということに着目したのです。

 

ベンヤミンの論文「複製技術時代の芸術作品」

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ベンヤミンはこの論文のなかで、写真や映画が登場することで、人々の芸術への態度が大きく変わったことを論じています。

1つ目の変化は、写真や映画は複製可能であるということです。それまでの芸術作品、たとえば教会の祭壇に掲げられた宗教画や、美術館に収められた名作などは、ごく限られた機会、限られた人間しか見ることができないという、特別なものでした。この特別さを、ベンヤミンアウラ(オーラ)と呼び、複製技術が実用化された世界においては、芸術がまとっているアウラが失われていくと述べたのです。

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*学生に配布したテクストは山口裕之先生訳の『ベンヤミン・アンソロジー』所収のものを使用しました。

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)

 

 上のスライドはこの本の改題を参考に内容をまとめました。

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もう一つの変化は、複製技術である写真よりさらに進化した映画は、人々の感覚や芸術需要の方法を変えていくというのです。すなわち、映画が動く絵を見せるという点です。この論点は現代に生きる私たちにはちょっと理解しづらいのですが、写真が普及し始めた時代、人々にとってショックだったのは、写真には人間が感知できないものが映り込むということでした。人や馬の動きをたくさんのカメラで連続して撮ることで、これまでの理解を超えた動きの存在を知ることができたのです。たくさんの写真を一定のペースで動かすことで映画やアニメーションの動きが作られるわけですが、この一コマ一コマの画が、無意識のうちに人間の知覚へと入り込むことになります。 無意識のうちに、たくさんのビジュアルがさらに音や動きとともに見ている人間の脳内に入り込んでくることによって、映画はこれまでの芸術とはちがった作用をもたらすのです。

ベンヤミンは、大衆化し、大勢によって一斉に見られる映画という芸術においては、これまでの芸術と異なり、気散じ(Zerstreuung)した状態で受容されると述べています。つまり、絵画や文学作品のような集中力や知識をもたない人間でも、リラックスしているうちに、映画を楽しみ、映画に入り込むことができると考えたのです。このように大衆が同時に、そして気散じ状態でも楽しめる芸術には、政治的・社会的な変革へと生かす可能性があるだろうというのが、ベンヤミンのこの論文の主旨です。

 授業では、「複製技術時代の芸術作品」後半部分を読ませ、ベンヤミンは映画の特徴をどう考えていたか、そして現代の芸術はベンヤミンの時代とどのように違うかを論じさせました。

学生たちの答えはそれぞれ興味深いものでしたが、少し問い方として難しかったかもしれません。しかし、やはり映画が登場し始めたベンヤミンの時代と現代とでは、当然私たちの芸術との関わり方は大きく変化しているでしょう。

この辺で話を戻しますが、要は私たちは100年くらい前に映画を見ていた人たちよりももっともっと気散じした状態で、芸術や娯楽を受容しているのではないかと私は思っています。

 

テレビ番組よりYouTube

先ほども書いたように、テレビを見るという、気散じ状態でもできるはずのことすらできなくなりつつあると気づいた私は、新しいテレビでもっぱらYouTubeを見ています。

iPadiPhoneからは、YouTubeアプリで開いた動画を、そのままテレビで視聴することができます。(Macからだと、AppleTVがないとできない?みたいですね)

この機能が非常に便利で、ミュージックビデオやまんが日本昔ばなしなどを、ソファに座ってのんびりしながら見ています。

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YouTube動画のいいところは、基本的に一本が短いというところ。そして、一時停止や巻き戻し(というより自分が見たいところを何度でも見られるということ)が可能であるという点です。

 

現代における気散じと娯楽

ベンヤミンは映画が気が散った状態でも受容できる芸術として、大衆社会において大きな可能性を持っていることを論じました。私は先ほども書いたように、現在はよりいっそう気散じ状態における受容が当たり前になっている世の中だと思っています。

私がだらだらしながらYouTubeの動画ばかりみるようになったのはその一つの例です。さらには、娯楽自体のあり方も変わってきているかもしれません。スポーツ観戦は「いま・ここ」にいなくても視聴可能性がいくらでもあるし、たとえその場にいても、大型スクリーンで拡大されたプレイバック映像などで、見逃した場面を見ることが可能です。また、カードゲーム、ボードゲームなどもコンピュータでリセット可能。若者が麻雀をやらなくなったというのも同じことでしょう。大人数で集中して役を揃え、計算するよりも、スマホゲームの方がずっと気楽で、他のことと並行してできるからです。

この話題は非常に興味深いので、来年度の授業では、ベンヤミンの文章を解説するだけでなく、現代における芸術や娯楽の変容についても考えてもらうように、内容を変えていこうかと思いました。

 

まんが日本昔ばなしおすすめの動画

最後に、この2週間くらいで見た、「まんが日本昔ばなし」のなかで面白かった動画をいくつか紹介しておきます。子供時代に見てトラウマになった作品をまた改めて見る、子供さんにも見せる、なんていう楽しみ方もいいでしょう。

牛池 ブラック労働の悲しい話

youtu.be

とうせん坊 BGMからもう怖い

youtu.be

茸の化け なんていうか不思議な話

youtu.be

 

吉作落とし 現実にありそうな怖さ

youtu.be

 

十六人谷 これですよこれ!トラウマ昔ばなしの決定版

youtu.be

警察署での免許更新

5年ぶりの免許更新

6月末に引っ越しをして、翌週の初め(7月2日)に市役所で移転の手続きなどを済ませました。

引っ越し当初に、土地勘のない街で色々な手続きをしないといけないのはめんどうです。以前住んでいた西宮市は、市役所が歩いて行くには少し遠かったし、警察署とも距離が離れていました。その点、大阪市は狭い市域にもかかわらず、24の区に分かれているので、近くの区役所で、あまり待たずに各種手続きが可能です。(今後どうなるかわかりませんが、この制度は何としても死守すべきだと思っています)

今回の引っ越しが私にとって少し特別な意味があったのは、この夏は運転免許の更新もしないといけないということでした。前回の免許更新は、2013年の夏、まだ右京区に住んでいてロードバイクを乗り回していた頃でした。京都市の免許センターは、伏見区の南のはじ、羽束師という場所にあります。まわりは特に何もなくて、地の果てのような場所です。当時は、家から15kmくらい離れているということは、ちょうどいいトレーニングになるかな、と思い(これを自転車脳といいます)、暑い中着替えを用意して免許センターまで行ったのでした。(着替えて免許の写真を撮ってもらいました)

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免許更新の帰りに、桂川のサイクリングロード沿いでお昼を食べていました。

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なぜかパノラマ写真を撮っていました。

 

免許センターってなぜ地の果てみたいなところにあるのか?

京都府の免許センターが伏見区の端っこで、電車の駅からバスで20分くらいかかる僻地にあるのとどうよう、兵庫県大阪府の免許センターも不便な場所にあります。兵庫県だと明石や伊丹(優良・高齢運転者の場合は神戸も)、大阪府の場合、北部は門真、南部は和泉の光明池です。なかでも門真運転免許試験場の不便さや混雑は有名です。京阪古川橋駅から、1.5km徒歩20分もかかるところで、平日は1000人、休日は3000人が訪れ、朝から非常に混雑するとのことでした。

京阪沿線に住んでいるのならまだしも、JRや阪急沿線からは(普通電車しか止まらないので)非常に時間がかかります。

私の自宅からだと、大阪市内を縦断していかないといけないので、車で行くのも難しいでしょう。

そこで、もっとましな方法はないかと調べて、すぐに思い出したのが、警察署での更新手続きでした。

いつものように先行事例を調べたところ、同じく大阪での免許更新についてレポートしているこちらのサイトが参考になりました。

money.imnotahero.com

この方は西警察署に行っているので、ご近所さんですね。 

 

野田駅で降りられない

私は環状線野田駅阪神野田駅の間にある、福島警察署に行きました。

環状線福島駅から一駅しか離れていない野田駅に行くのに、なぜか3回も電車に乗りました。(福島→西九条、西九条→福島、福島→野田)環状線=各駅停車だと思い込んでいましたが、関空快速やら大和路快速など、野田駅に止まらない電車がたくさんあるんだと初めて気づきました。

 

警察署で免許証の更新のしかた

ちょっと時間をロスしましたが、野田駅から10分ほど歩いて警察署につきました。

1)更新お知らせハガキを持参

旧住所に届いた更新のお知らせはがきを持っていきます。これはなくてもいいみたいですが、持って行った方が話が早そうです。

2)区役所等で住民票を取得

転居したばかりだと、当然現住所を証明するものがないので、まずは住民票を取得します。福島区の場合、区役所と警察署は北港通りをはさんで向かいあっています。

3)写真を撮る

写真を事前に用意しておく必要があります。免許証用は、3cm×2.4cmという特殊なサイズなので、証明写真の機械で撮るのが早いです。区役所前に写真機があったので、すぐに撮れました。福島区の場合は、交通安全協会(後述)にも、写真を撮る場所が設けられていました。

4)警察署で書類を記入し、収入印紙を購入する

必要なものをもったら、警察署に行き、免許更新ですというと、すぐに担当の方に繋いでもらえました。必要書類をもらい、更新手数料2000円と講習手数料の500円分の収入印紙を買います。このへんのやりとりが免許センターだと長蛇の列になるところです。警察署には、私の他に二人ほど免許更新手続きに来ている人がいましたが、まったく待ち時間はありませんでした。

5)その場で検眼、郵送費の支払い

収入印紙を所定の場所に貼り、書類に必要事項を記入して提出すると、その場で検眼がはじまります。このスピード感に驚きました。検眼もすぐに終わり、新免許証を郵送してもらう送料を支払い、警察署での手続きは終わりました。

署に足を踏み入れてからここまで、たぶん10分くらいしかたっていません。

6)別の建物にある交通安全協会に移動し、講習を受講

警察署を出る際に、更新時講習が行われる、交通安全協会に移動するよう案内されました。交通安全協会は警察署から出て2件となりくらいの、別の場所にあります。驚いたことに、ふつうの古いアパートの一室に入っていました。

京都で住んでいた銀閣寺ハウスを思い出させる、ひとんち感たっぷりのアパートのドアを開けると、受付があり、免許の種類に応じた講習が受けられます。私はゴールド免許で30分の講習でした。開始時間まで30分ほどあった(一日に何回か講習の種類ごとに時間が決まっています。回数はけっこう多いのであまり待つことはなさそうです。)のですが、待っていたのが私一人だったこともあり、講師の方のご好意で、着いてすぐに、講習を始めていただけました。

6畳一間に椅子10脚くらいが並べられた、個人経営の学習塾のような部屋で、講師の方が動かすパワポを見ながら、講習を受けました。職業柄、自分が授業を受ける機会というのは何であれ非常に楽しいものだと思ってしまいます。今回も、ベテラン講師の熟達した解説ぶりに非常に関心し、30分の講習があっというまに感じられました。

7)3週間後に免許証受け取り可能

30分の講習を受けたら、更新手続きは全て終了です。約3週間後に、郵送で新免許証を受け取ることができるそうです。

 

警察署から自宅までは歩いて10分ほどで、すぐに帰れました。ここまでわずか1時間程度しかかかりませんでした。門真の試験場まで出かけていたら、きっと半日つぶれていたでしょう。引越し直後で土地勘がない今ならば、道迷いなどもあったかもしれません。そう考えると警察署での免許更新を選んで大正解でした。

iMacの内臓SSD化とそのてんまつ

西日本に大雨が降った

引越しから今日でまる1週間が経ちました。毎日忙しく過ごしていて、なかなか部屋が片付きませんが、これまでより広い家や通勤しやすい環境には満足しています。

今日は日本独文学会京都支部の研究会でしたが、大雨のため中止となりました。大阪市内もかなり強い雨が金曜日からほぼ二日間断続的に降り続いていました。

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夕方雨が小降りになったところで、阪神淀川駅まで歩いて、淀川の様子を見てみました。普段に比べてたしかに水量は増していますが、まだ余裕がありそうでした。

雨のため、家で過ごすことになったので、自宅書斎の片付けや、iMacの修理をしました。

 

引越し前から調子が悪かったiMacの修理

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じつは、引越し前の6月半ばごろから、自宅のiMacの調子が悪くなっていました。ソフトウェアアップデートをしたあと、ちゃんと起動できなくなっていました。再起動やシステム終了をすると、ディスクユーティリティが立ち上がり、ディスク診断やバックアップからの修復へと進む画面しか表示されなくなってしまったのです。このiMacは、2012年モデルを2013年の春に買ったもので、もう5年もたっています。しかし、二年前に起動ディスクを外付けSSDに移したため、これまで特に不自由なく、快適に使えていました。

schlossbaerental.hatenablog.com

この記事にまとめたように、iMacにもともとついていたHDDに加えて、SSDにシステムを移行し、そちらを起動ディスクとして使っていました。つまり頭の外にもっといい脳みそをくっつけているような状態だったわけです。

もう少しわかりやすく図式化するとこういうことです。(iPad ProやApple Pencilをもってるのに、こういうの毎回手書きですね)

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今回、内臓HDDから立ち上げができず、外付けSSDが起動ディスクとして認識されないということで、HDDとSSDを入れ替えることにしました。

iMacを分解するにあたり、いつものように先行事例を探してみました。

media-summary.com

www.sakumamatata.com

どちらも年式や大きさが私のiMacとは違うのでちょっと不安な点もありましたが、実際手を動かしたらそんなに難しい作業ではありませんでした。

 

iMac late 2012 27inchの分解とSSD換装の方法

1)画面をはがす

もっと古い機種のiMacの場合、画面は磁石でくっついていましたが、2012年モデルは両面テープでがっちりくっついています。ギターのピックやカードを隙間に挟んで画面を剥がす方法が紹介されていますが、私は引越し時に使った刃の厚いカッターナイフを差し込んで、テープをはがしました。

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本体を倒して液晶を持ち上げるとこうなっています。

 

2)線を外す

本体を寝かせ、液晶画面を剥がすと、2本の線がつながっています。どちらもコネクタを外すとぱちっと取れます。

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2本の線を外すと液晶が大きく持ち上がります。(液晶画面を全部剥がす必要はないので、ペンや硬い箱などをつっかえ棒にするのがいいでしょう。)

 

3)HDDを取り出す

HDDの外側についているマウンタはネジで固定されています。T10のドライバーでネジを外します。

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HDDの上についているコネクタを引っ張って外します。

私の2012/27inchの場合、HDDの横の部品を外さないとマウンタが取れないようになっていました。

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ネジ2本をゆるめると、マウンタを固定しているネジが露出するので、外します。

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このようにごろっと外れます。このとき初めて気づいたのですが、中に入っていたのは、3.5インチのHDDでした。

 

4)SSDを取り付ける

外付けにしていたSSDをHDDの代わりに本体に収めます。SATAケーブルをHDDについていたのと同じようにSSDにくっつけるだけです。

HDDはマウンタで固定されていましたが、SSDにはマウンタがありません。まあ回転したりする部品ではないので、セロテープでアルミの本体にくっつけるだけで十分かと思います。

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5)液晶画面を戻す

開けるときに外した線2本を戻し、液晶画面をもとのようにくっつけます。剥がしたテープにまだ粘着力が残っていたので、とりあえずくっつけてまずはちゃんと起動するかどうかを確認してみました。

 

6)完成

電源をつないで、起動ボタンを押すとこの通り。

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ちゃんと起動できました。動作も全く問題ありません。案外簡単に作業が終わってほっとした私は、とりあえず電源を落として、これまで書斎で使っていたように、スピーカーや外付けHDDなど周辺機器をくっつける作業に取り掛かりました。

 

そのとき事件が!

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外付けHDDのUSBをiMac背面に差し込もうとしていたそのとき、ゴトっと音がして、液晶画面が前に倒れました。画面を固定していた両面テープは一度剥がしたあとなので、粘着力が弱まっていました。だからディスプレイの向きが少し前かがみになったところで、重力に負けて前に外れてしまったのです。

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画面上の部分がバキバキに割れてしまいました。どうやら机の上に置いていたiPhoneとぶつけたようでした。iPhone8もガラスでしたが、iMacの液晶画面のほうが粉々になり、iPhoneは無事でした。

画面上の割れから、刀傷のように斜めにひび割れが入り、画面右下へと抜けています。画面を横切る大きな割れは、ガラスが飛び散るような割れ方ではないので、ぴったりくっつけておけば目立ちません。

せっかく修理した途端画面が割れるとは。まぬけにもほどがあります。辛い気持ちになりましたが、ホームセンターへでかけて、両面テープと透明な梱包用テープを買ってきました。

 

割れた画面を補修する

淀川駅近くのコーナンまで歩いて往復し、夕食後にふたたびiMacを開け、補修作業にとりかかりました。もともとついていた両面テープをきれいにはがし、そこに新しく買った幅5mmの両面テープを貼っていきました。もともとついていたものはかなり粘着力が強いタイプでしたが、ホームセンターでは幅が細くて強力粘着のものは売ってなかったので、紙やプラスティックなど一般用のものを選びました。

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このように両面テープで液晶をはりつけ、さらに画面の上の方には透明粘着テープで補強しました。

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見るからに補修した感があるのでちょっと恥ずかしいのですが、自宅用だし、もう仕方がないでしょう。

ひびが入った液晶ですが、こうしてみると何もおかしいところはありません。たしかに、ブログの編集や再起動時など、画面が白い時はひびの部分が乱反射して目立ちます。しかし、まあもう5年も使っていて、そろそろ買い替えを検討していた時期なので、このままもう少し使っていこうと思います。

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アクティブ・ラーニング教室に最適なイレーザーはどれか?

ホワイトボードの教室が増える

以前の記事にも書いたように、今年度から、チョークと黒板を使う教室がほぼなくなり、ほとんどの授業がホワイトボードになりました。経営学部でのドイツ語の授業は、定員20名くらいの部屋と、定員50名くらいの多目的アクティブ・ラーニング教室で行なっています。

schlossbaerental.hatenablog.com

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(先週行ったグループワークです。各チームごとに地図を書いて、中にあるものを説明する文を作るというものです)

どの部屋も非常に使いやすく、気に入っていますが、残念ながら筆記具についてはまだまだちゃんと揃っていないと言わざるを得ません。

教室には何本かのホワイトボードマーカーとイレーザーが備え付けてありますが、マーカーは半分くらいインクが切れていますし、イレーザーは汚れていて、使うとかえってボードや手を汚すおそれがあります。

 

お気に入りのホワイトボードマーカー 

そこで私はマーカーもイレーザーも自前で用意し、授業のたびに持ち歩くようにしています。とくにマーカーは、アクティブ・ラーニング教室では私だけでなく、各グループの学生たちも使うので、ちゃんとインクが出るものを多数用意しておく必要があります。

私が愛用しているのは、パイロットのボードマスター太字です。

 

 黒、赤、青、緑、オレンジと各色買い揃えました。インクを交換することでずっと使えるのが便利です。最近では、本数が増えてきたので、使ってない100均のポーチにまとめて持ち運ぶようにしています。

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イレーザーも自分で用意

ホワイトボードマーカー は各社色々な商品が出ていて、ボードマスターよりもいいものもあるかもしれません。しかし、やっかいなのがイレーザーです。なかなか納得のいくものが見つからず、何種類か買って使ってみました。今回は教室に備え付けてあったものと、私が買った商品3種類とを比べて、その特徴をまとめます。

 

コクヨ RA-12N

 

ホワイトボード用イレーザー 青

ホワイトボード用イレーザー 青

 

以前からホワイトボードのある教室においてあったのが、このタイプのイレーザーです。特に問題なく字を消すことができますが、汚れやすく、汚れてしまうとボードに粉が残るのが問題です。また、大学の教室では水洗い後にまだ乾いていないものが置いてあることがよくあります。ボードに水気が残っていると、マーカーで字が書けません。掃除係の方もたくさんの教室を一度に担当されているので、洗った後乾かすのがおろそかになってしまうのは仕方ないのでしょうが、使う方は少し困ります。

 

ナカバヤシ ホワイトボードイレーザーWES101
ホワイトボードイレーザー ブラック

ホワイトボードイレーザー ブラック

 

21号館6階のアクティブラーニング教室にあるのが、このタイプです。コンパクトで磁石が付いていて、ボードにくっつけることができ便利です。しかし、消す面に汚れがつくと、がっちりと塊のようになってしまいます。消し面を入れ替えることができますが、両面とも汚れているとどうしようもありません。

 

コクヨ ヨクキエール RA21
RA-21 ホワイトボード用イレーザー ヨクキエール

RA-21 ホワイトボード用イレーザー ヨクキエール

 

名前はちょっとあれですが、スタンダードな商品で、神戸大学の教室にあったものです。フタを外すとケースになっていて、細い目のマーカーなら2本くらい入ります。イレーザー部分は布でできており、布の面を入れ替えることで、消し字力を維持できます。

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しかし、何回か使ってみて、消し字力が他と比べてやや劣るのであまり使わなくなりました。

コクヨ メクリーナ RA-31

これも何だよ?という名前です。イレーザーの布でできた面を、めくって捨てることで新しい面を使い、常に消し字力を維持できるという商品です。フェルトのような布がミルフィーユ状に16枚ついていて、私の場合週に1回程度、布をめくっていました。

ちょっと大きめなサイズで持ち運びにはじゃまですが、消し字力は高く、マグネットでボードにくっつけることができ、非常に気に入っていました。しかし一つ難点が、使い終わった後の粉が飛び散りやすいという点でした。

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1ヶ月半ほど使った、私のメクリーナです。持ち手部分に黒い粉が飛び散って固着しているのがわかります。

持ち手や持ち運び用の袋についたインクの粉は、パラパラ落ちて教科書などを汚してしまい不快です。それ以外の使い勝手は悪くないので残念です。 

 

アクティブラーニング教室用イレーザー、最強はこれだ

パイロット ホワイトボード用イレーザー LWBEH-L
ホワイトボード用 イレーザー L WBEH-L

ホワイトボード用 イレーザー L WBEH-L

 

先日たちよったヨドバシカメラの文具売り場で見つけたのがこの商品です。

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「ボードマスターに最適」、「消しカス、強力キャッチ」というコピーを見て、使ってみようと決めましたが、これは非常に良い選択でした。消し字力は申し分ないし、たしかに消しカスが飛び散ることはありません。すいーっとボードを拭くだけで、インクの粉が全てきれいに取れます。

また、汚れても自分で洗うことができます。

授業後のイレーザーです。表面についている高密度ロングファイバーというシバイヌの毛のような部分に、しっかりインクの粉が入り込んでいます。これを流水でちょっとあらうと、だいたい汚れが落ちます。

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しばらく流水にあてながら、毛をシャカシャカなでていると、ほとんど汚れが落ちます。水気を切って、1日置いておけばちゃんと乾燥して、翌日もきれいに使うことができます。

唯一の難点は、マグネットがついていない点です。イレーザーはホワイトボードの上にくっつけられた方がいいし、アクティブラーニング教室では学生たちもイレーザーを使うので、ボードについていた方が、見失わなくて便利です。この点はしょうがないので、売っている磁石をテープで貼り付けるなどして改造すればいいかと思っています。

だいたい4年で慣れる

一つの場所に馴染むのにはけっこう時間がかかるということを実感しています。

いま、東大阪市の職場に通い始めて5年目ですが、ようやく慣れてきた感じがします。

 

京都に馴染めなかった最初の四年

これまで、19歳まで栃木で過ごして、その後東京4年、京都14年、西宮で4年を過ごしました。最初に転居した東京は、すでに一浪していて友人たちがたくさん東京に住んでいたこともあり、わりと自然になじめました。でもよく考えると、4年目ごろまで、ここにいつまでもいられないのだろうという気持ちで過ごしていました。できたら別の場所で暮らしたいと思いながら過ごしていましたが、おそらくそのまま東京で大学院に進んでいたら、もっと東京暮らしのいいところを見つけられたでしょう。

schlossbaerental.hatenablog.com

京都に暮らし始めたころのことは、去年記事に書きました。修士課程で泥沼につかって出られなくなっている間、京都での暮らし自体もうまくいっていませんでした。いつまでたっても来ないバス、行きはいいけど帰りが坂道でたいへんな北白川、映画や演劇は限られた場所でしか見られない、そんな京都がいやでしかたがありませんでした。

schlossbaerental.hatenablog.com

だんだんと京都の不便さに慣れて、楽しく暮らしていけると思い始めたのは、博士課程に進学したころ、京都に暮らして4年目以降のことでした。

結局京都は快適で、都合14年も住み続けることになりました。

 

バイトで通っていた大阪にもなかなか馴染めなかった

大阪には、大学院時代に看護学校の非常勤講師をはじめて、それから10年くらい通っていました。電車やいつも暑い街が大嫌いで、京都よりも不快な街だとずっと感じていました。

私が移動する時間や、担当する授業がある季節(看護専門学校は大学と異なり、授業の単位は半期や通年ではありません。科目ごとに授業回数が決まっていて、私はいつも初夏から夏休み明けごろに大阪の学校に通っていました)のせいだとはわかっていましたが、堺はいつ行っても暑くて、この街に冬なんかないんだとずっと思っていました。

それでもやはり数年経てばだんだん慣れてくるもので、西成区堺市と二つの学校で教えながら、毎週なんばで途中下車して町歩きをしたり、買い物をしたりするのも楽しくなってきました。

 

東大阪は5年経ってようやく気に入ってきた

今だから言えることですが、私は今の職場への通勤が嫌で仕方がありませんでした。私は2年間非常勤講師を務めた後、公募で近畿大学に入りました。大して業績もなく、語学力もないのに拾ってもらえてありがたかったのですが、近畿大学は非常勤先としてはぜんぜん気に入ってなくて、もし他にもっと条件のいい大学からオファーがあれば(RとかDとか京都の大学など)非常勤はさっさとやめてやろうと思っていたのでした。

近畿大学じたいは、教える環境として特に悪いとは思いませんでした。もちろん他の大学と違って、ドイツ語の授業が週1回しかないのは当時も今も不満です。私が通っていたのも東京でしたが、似たような大規模私立大学だったので、学生の雰囲気はなんだか懐かしさを感じるくらいでした。

東大阪のいいところ悪いところ

東大阪への通勤が嫌だった1番の理由は、近鉄線の不便さでした。通い始めた頃はどの電車に乗ればいいのかなかなかわからなかったし、慣れてからも本数の少なさにいつもいらいらしました。日本有数の巨大な大学があるのに、最寄駅には普通列車しか停まらないというのはあきらかにおかしなことです。

嫌だったのは電車だけではありません。最寄駅から大学までの迷路のような狭い路地も苦手でした。学生を追い越し、狭い道を走り回る自転車を避けながらの通勤は非常に苦痛でした。

昨年研究室が引っ越したのにともない、駅からの通勤路も少し変わりました。時間があるときには、大学周辺を散策したり、ちょっと遠いお店に弁当を買いに行ったり、最寄ではない少し離れた駅から電車に乗って帰ったりもしました。そうやって過ごして行くうちに、だんだんとこの狭っ苦しい町も味があっていいものだと思えるようになってきました。(俊徳道駅ちかくの古い住宅街。大昔からのお金持ちのお家が並んでいます)

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まったく不満はなかった西宮での4年間

一方、東大阪に通勤するために右京区から引っ越した西宮市は、住み始めて4年間、とくに不満を感じることはありませんでした。この街で始めて車を所有するようになりましたが、道が広くて安全なのは非常に気に入っていました。私は阪神電車で通勤していましたが、京都や北摂に出かけるときは、JR線や阪急線の駅にも歩いていけるところも非常に便利でした。

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香櫨園駅から見える夙川の風景。小さな川ですが、市民の憩いの場です)

夫婦共に職場が大阪中心部より東の方なので、どうしても通勤時間がかかってしまいます。しかしこの点さえ耐えられれば、一生住んでもいいとも思っていました。*1

 

さようなら西宮市、こんにちは大阪市

東大阪への通勤はだんだん慣れてきて、途中下車する大阪の街も気に入ってきた私たちにとって、やはり毎日の長時間通勤だけは苦悩のタネでした。昨年は一時的に車通勤をしてみました。自宅から高速道路の入り口が非常に近いので、電車通勤の半分ほどの時間で職場まで行けます。たしかに非常に楽なのですが、反面高速代が値上がりしてずいぶんお金がかかるようになりました。そして朝の混雑を避けるためには、電車以上にいつも決まった早い時間帯に家を出ないといけないということもわかってきました。当然帰宅時の寄り道も制限されます。そう考えると車通勤はあまりいい方法ではないと気づきました。

夫婦で半年くらい話し合った結果、私たちは大阪市内に転居することにしました。

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(部屋を引き払う前に最後に写真を撮りました)

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二人の通勤路のちょうど中間地点あたりになる、梅田周辺がちょうどいいということで、梅田からほど近い福島区に引っ越しすることを決めました。

トレイルランニングも海岸沿いを散策したりもできる、自然豊かな西宮市にくらべ、大阪はほぼ平らな土地で、住宅密集地ばかりです。とはいえ、福島区の新居は西宮のマンションと同じように国道2号線に面しているし、窓からは淀川や大阪湾が見えます。ちょっと歩けば中之島にも行けます。大都会の便利な暮らしだけでなく、都会の自然を楽しむこともできるというというところが非常に気に入りました。

(3月に東洋陶磁美術館に行ったのは、マンションの内覧のついででした)

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新居は、これまでのマンションより便利だし、広いので、当然のことながら不満などはありません。しかし、やはりこれまでの街と同様に、今わかっている住みやすさだけでなく、だんだんと時間をかけていいところが見えてくるのだろうと期待しています。

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(新居から近い、カフェバーンホーフです。梅田にもお店があります)

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日曜日には新しいテレビと棚が入り、リビングらしくなりました。サッカーも見やすくて非常にいいです。

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私の部屋の窓から梅田の夜景がよく見えます。

 

 

 

 

*1:たいしたことではありませんが、唯一不満をあげるとすれば、税務署や警察署が非常に不便な場所にあるということでした。市役所が阪神駅、国道二号線からすぐ行ける場所にあるのに対し、税務署や警察署は少し離れていて、かつ住宅街なので車も入りにくい場所にあります。確定申告の時には毎回どうやって税務署まで行くか頭を悩ませていました。

大阪の大地震

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6月18日の朝

月曜日は、妻は朝から東京へ出張、私は授業がない日でした。妻の出発がかなり早い時間だったため、車で駅へ送ることもなく、私は8時になるまで眠っていました。みしみしと壁が軋む音でハッと目覚めましたが、すぐに部屋がぐらんぐらん揺れ出しました。ああ、これが大地震か、と思い、すぐに自分がいる寝室がこの家では一番安全だと気付きました。リビングや書斎では本が落ちたり、棚が倒れたりするだろうな、いやだなと思いながら、揺れが止むのを待ちました。

数十秒もかからずに揺れは収まり、リビングに出ると、天井に届く高さの本棚(10cmくらいの鉄の棒で天井に固定しています)から、いくつか本が落ちているのがわかりました。私の本棚からは、10冊くらいの本が溢れ出していたのに、なぜか隣にある妻の本棚は無事でした。ネットですぐに確認したところ、西宮市は震度5弱とわかりました。

そして、リビングのいつも座る席に腰掛けると、台所の様子が目に入りました。ああ、ここがいちばん被害が大きそうだなとすぐに気づきました。リビングからは見えない位置にあるはずの冷蔵庫が、20cmくらい前にせり出しているのが目に入りました。

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冷蔵庫を直そうと、台所に近づくと梅酒の匂いがしました。食器棚の上にずっと置いていた梅酒の瓶がこなごなに割れていました。その近くには、エビスビールのグラスも落ちていましたが、こちらは全く無事でした。食器棚は無印のラックを使っていたので、もっと物が落ちてもおかしくないのですが、ほとんど食器類は動いていませんでした。扉のついた食器棚は、開けてみたところ、妻がいただいたワイングラスが一個だけ割れていました。

冷蔵庫はちょっと押すとすぐに元の位置に戻りました。ゴム手袋をして、古いタオルを使って、梅酒をふいてガラスの破片を集めました。ガラスはかなり細かく割れていて、小さな破片がゴム手袋を破って、指に少し傷がつきました。タオルで集めきれない破片は掃除機で吸いました。電気が通っていたのでとくに困ることはありませんでした。

私も妻も、こういう仕事をしているので自室には本が山のようにあります。私の部屋は、文庫本が少し倒れ落ちただけでしたが、妻の部屋は前後2段に本を置いているところが崩れて本が散乱し、半開きになっていた押入れの中身も外にあふれていました。

そもそも月曜日は自宅研修日なので、台所や妻の部屋の片付けをして、あとは録画したサッカーを見てのんびり過ごしました。

 

昼頃、たくさんの人が2号線を歩く

昼頃までリビングで過ごした後、昼食をどうするか考え始めました。家にあるものでもいいけど、スーパーで何か買ってもいいかなと思い、外に出ることにしました。

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私の部屋は10階建ての10階で、玄関を出ると国道2号線がよく見えます。平日の昼間だと、普段は車はそれほど多くないし、歩行者はほとんどいません。しかし、この日は車がずっと渋滞しているし、たくさんの人が歩いていることに気づきました。テレビのニュースは見ていたはずなのに、これを見て私は初めて、鉄道も高速道路も使えなくなっていることがわかりました。

マンションから下に降りようとして、エレベーターが止まっていることがわかりました。非常階段をすたすた降りて行くと、隣のマンションも同じように住人が階段を行き来しているのが見えました。

スーパーに買い物に行くと、お客さんの数も、商品の様子もいつもと何ら変わりませんでした。水道が出なくなったら困るからと、ペットボトルに入った炭酸水を2リットル買いました。保存食のたぐいは、カップ麺も乾麺も十分にあったのでとくに買いませんでした。

自宅に戻って焼うどんを作ろうとして、ガスが止まっていることに気づきました。地震の直後に、市内のガスは自動的に止められていたそうですが、メーターボックスを開けて、復旧ボタンを押すと、問題なく使えました。この家に4年住んでいましたが、マンションのメーターボックスを自分で開けるのは初めてでした。

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仕事にならないから自転車を分解する

日が暮れるまで、ネットで被災地の様子を見ながら漫然と過ごしました。やらなければならない仕事はたまっていましたが、落ち着いて机に向かえる気分ではありませんでした。なんか手を動かすような具体的な作業をしたほうがいいなと気づいて、ロードバイクの修理を始めました。春休み以後、再び乗ろうと思っていたロードバイクですが、なかなか時間が取れず、ホイールを外して輪行袋にしまったままになっていました。久しぶりにホイールと車体を取り出して、カセットスプロケットを外してサビ取りをし、クランクとBBを、ヤフオクで買ったパーツと交換するために、工具で外したりしていました。

 

夕方、妻が帰ってくる

東京に行った妻は、静岡で足止めされたものの、予定より2時間遅れで到着。無事に用事を済ませたので、夕方には、帰りの新幹線に乗ると連絡がありました。

夜7時過ぎに妻は新大阪に到着しました。しかし、いつものるJR神戸線は止まったままです。なんとか地下鉄で梅田まで出て、そこから阪急神戸線で帰ってきました。阪急の駅は自宅から若干遠いので、普段なら迎えに行くのですが、幹線道路の混雑が続いていることが予想されるので、申し訳ないけど歩いて帰ってきてもらいました。帰宅した妻が言うには、別に山手幹線も2号線もたいして混雑していなかったようです。

この時点でも、まだエレベーターだけは復旧していませんでした。

 

6月19日、何事もなかったような東大阪

翌日は午後から授業でしたが、研究室がめちゃくちゃに倒壊しているかもしれないと不安だったので、朝9時ごろに自宅を出て、大学に向かいました。阪大や立命館追手門学院など、近隣の大学はまだ休講なのに、なぜうちは平常授業なのかとなかば腹立たしい思いで職場に着きましたが、なるほど、キャンパス内はいたって平常でした。

4階の研究室を開けると、金曜日退室するときに見た通りの部屋のままでした。壁ぎわの本棚はネジで固定されていますが、ドアの前に置いている、目隠しがわりの本棚は固定されていません。しかし、本は一冊も落ちていませんでした。本棚の上の方においていた、置き時計も全く同じ位置にありました。

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今日職員食堂で同じ学部の先生方と話しましたが、8階の研究室にいた先生のところは、本が落ちたりしたそうでした。その後学内のいくつかの校舎を通りましたが、壁が落ちたりヒビが入ったりしている箇所はありませんでした。震源地からは割と近いはずなのに、河内でも中部・南部はあまり揺れなかったのでしょう。(河内北部は震度6だった枚方市などです)

 

授業では、ドイツメディアの報道を紹介

4時限目の授業を始める際に、せっかくだからドイツメディアの報道を紹介することにしました。(先日紹介したアクティブラーニング教室なので、iPadをホワイトボードに写して見せました)すでに18日から、ARDやFAZ、SDZなど大手テレビ、新聞のサイトには、大阪の大地震を報じる記事や動画が公開されていました。

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フランクフルターアルゲマイネツァイトゥングの18日8時44分の記事です。

「日本で地震、少なくとも3人の死者」という見出しで、大阪での地震被害について報じています。リンクされているニュース動画を見せながら、交通が遮断され数万人に影響が出ていることや死者が出たこと、ライフラインが寸断されたこと、そして原発には影響がないことなどが報じられていると紹介しました。

いくつかのメディアの報道を見て、やはり原発の安全というのをかならず地震とセットで報じるのだと気づきました。私たちの感覚だと、大阪で地震があったところで福井の原発は関係ないだろうと、何となくわかるのですが、東北の震災のインパクトが強かったため、日本の地震原発が危ないという発想になるのかもしれません。

 

気づいたことをまとめます

  • 20年前の阪神・淡路大震災や、東日本大震災と比較して、ごく狭い範囲だけに、非常に強い揺れがあったようです。高槻市茨木市枚方市あたりはかなり強く揺れましたが、地域によっては全く平気だったという話も聞きました。
  • ごく限られた場所だけの揺れなので、震源地の隣町でもまったく平常通りの生活ができています。震源からの距離は自宅より大学の方がずっと近いのに、研究室はまったく何も倒れていませんでした。
  • 鉄道、道路が寸断されているわけではないこと。地震によって鉄道や主要道路が壊れて通れなくなったわけではないので、移動や物流への影響はごく限定的なものに止まっています。お店は普通に営業しているし、学生たちもコンビニや学食で食事ができています。先の震災の教訓として、はやめに食料・水を買い占めるよう、出張中の妻に呼びかけていた人がいましたが、研究者として見識を疑います。
  • 鉄道は点検のため、しばらく運休し、18日の早朝にすでに出かけていた人が帰宅困難になりました。そのため、東日本大震災の時と同様、帰宅困難者の問題が生じました。しかし翌日にはほとんどすべて復旧しているので、自宅周辺から電車に乗れるのであれば、普段の生活が送れます。
  • 余震は、大阪市内や北摂では割と頻繁に体に感じる大きさのものが起こっているようです。しかし西宮で私が気づいたのは、19日夜中の1回だけでした。
  • テレビの情報だけだと当然偏ります。テレビが取り上げるのは、やはり一番被害が深刻な場所だけです。そうでないと映像としてのインパクトがないからかもしれません。私が見た範囲では、ごくわずかな深刻な被災地以外は、とくに変化なく、日常生活が送れています。ライフラインは通っているので、物資買いだめの必要もありません。
  • 買いだめをしたり、浮かれた生活を自粛したりしなければならない、被災者しぐさのようなもの、があるように感じています。しかし、実際のところ私たちはいつも通り通勤通学をすることができているし、スーパーには商品がたくさんあります。もちろん自宅での暮らしに不安や不自由がある人も多くいることはわかりますが、それはごく限られた地域のことでしかありません。交通は遮断されていないので、自宅でガスが出なくても、隣町に食事に出かけたり、買い物をしたりすることで、普通の生活が送れるのです。
  •  この、被害者らしいふるまいをしないといけないという雰囲気はどこからきているのでしょうか。おそらくはテレビやSNSにより、過剰に被災地の情報が流れ込んでいることが原因でしょう。メディアからの情報にさらされるうち、何ら普通の自分の生活よりも、不自由で不安な被災地の生活ぶりのほうが、本物らしい態度のように思えてくるのではないかと考えています。この辺りが非常にもやもやしているので、今後じっくりまとめていきたいと思います。

アクティブ・ラーニング教室を使った授業で何ができるか?

進化する経営学部、アクティブ・ラーニング室を開設!

私が務めているのは、本学の看板学部の一つ(ほかには理工学部が昔からあります)でありながら、いちばん校舎がボロい経営学部です。田舎のデパートのような天井の低い造りの古い建物には、上りのエスカレーターがついているものの、下りは階段のみで、エレベーターは10人くらいしか乗れない、普通のマンションについているようなのが二機のみです。一学年1300人以上いるのにこれかよ、とがっかりすることも多くあります。しかし、今年に入ってから、これまで物置のようだったゼミ室が、アクティブ・ラーニング室として改装され、非常に使いやすくなりました。

今回は、新しくなった教室でどんな授業ができているか、そして現在の課題はどんな点にあるのかということをレポートします。

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ホワイトボードを使った授業のイメージ


前後に全面ホワイトボード

以前の日記にも書きましたが、かつてはほとんど黒板ばかりだった私の授業ですが、現在は、語学5コマすべてがホワイトボードの部屋になりました。中でも火曜3、4限と木曜4限で使っている601教室は、部屋の前と後ろにホワイトボードがある、少人数、アクティブ・ラーニング型授業に対応した部屋となっています。

601教室は、以前は狭く細長い部屋の手前側に移動式の黒板があり、学生たちは2人がけの長机に4列くらいで座るようになっていました。ちょうど私が中学生の頃に通っていた、椎名先生の英語塾のようなこじんまりした部屋でした。

黒板は、運動部の部室にあるような小さな移動式のものしかなかったので、毎回ほとんどまとまった板書はできず、できる限り口頭およびプリントで説明していました。プロジェクタやスピーカーは当然ないので、音声はポータブルスピーカーで流し、教科書付属のDVD(ミュンヘン行ったりするやつ)は一度も使いませんでした。

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改装後は、図のように、部屋の一方にPCや書画カメラなどの入ったキャビネットが置かれ、短焦点プロジェクタがつき、壁には前後とも全面ホワイトボードがつけられました。机は個人ごとに、移動できるものに変わりました。(だいたい最大25名程度は入れそうです)

 

物置小屋からアクティブラーニング室へ

金曜日2時限、2年生クラスで使っているのは、かつては、よほどのことがない限り使う機会などなかった、20号館1階の部屋ですが、いつの間にかリニューアルしていました。(20号館は経営学部の21号館とセットになっている建物で、大教室、ゼミ室、語学等に使う教室があります。

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壁一面のホワイトボードだけでなく、3台もの単焦点プロジェクタ、移動式のテーブルやホワイトボードもついていて、わりと大人数のクラスでも使えるアクティブラーニング室に変身していました。(私のクラスは20名ですが、畳んであるデスク全てを使うと50人くらいの授業はできそうです)

私がとりわけ使いやすくて気に入っているのが、この教室です。

台形の可動式テーブルを組み合わせて、グループを作りやすくなっていたり、各テーブルのすぐ近くに、ホワイトボードを持ってくることができる点などが気に入っています。

 

可動式ホワイトボードを使ったグループワーク

せっかくアクティブラーニング室が使えるのだから、これまでとは違った形のグループ練習などができないものか、と模索して先月あたりから毎回の授業にグループワークを取り入れています。

以前の記事にも書いたように、私は本務校の授業では、簡単な作文をすることで、ドイツ語文法の知識の定着と運用能力をつけることを中心とした授業を行なっています。毎回ごとに授業終わりに、その日説明した内容を使った提出課題を出すという形式です。

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学生たちはそこそこ勉強ができるので、動詞の人称変化などパターン化された練習は得意なのですが、自由作文のような、これまでに習得した知識をまとめることは苦手です。そこで、中間テストや期末テストで以前から出題していた、条件にあった文章をいくつも作るということをグループワークにしました。

具体的には、以下の通りです。(出題の例)

1)動詞で始まる疑問文とその答えの文を3つ作る。

2)疑問詞で始まる疑問文とその答えの文を3つ作る。

出来上がった文をグループごとにホワイトボードに書きましょう。

 

学生たちには、初級文法の一番最初の段階である、動詞の人称変化および語順のルールを教えています。そこで教科書を使い、 すでに出てきた例文を参考にしながら、グループごとに作文をします。

教員は、途中でミスがある場合には、「ちょっと間違ってるけど、どこが変か考えてみよう」とか「もっと違った書き方はないかな」とコメントをしながら、机間巡視します。全グループの回答が出揃ったら、各グループごとに書けた文を紹介し、講評します。

このグループワークは、学生たちの提出課題を見ていると、語順や人称変化の間違いが多いので、教科書を使って復習させるより、課題をグループごとにやったほうがいいのでは、という発想からはじまりました。

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教室入り口側の全面ホワイトボードを私が使います。(よく見ると課題が先ほど書いたものとちょっと違っていますね。3、4格の目的語を含む文を作るという課題です)

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学生たちを見ていると、非常に生き生きと意見を出し合っているので、その後はほぼ毎回、何らかのお題を与えて、グループごとの作文練習を(15分〜20分程度で)行なっています。教科書やプリントで練習問題をやらせるより、たしかに数はこなせませんが、話し合うなかで、より一層理解は深まっているのではないかと期待しています。

 

全面ホワイトボードはちょっと使いにくい?

601教室を使う1年生の授業でも、ホワイトボードを使った作文のグループワークを取り入れています。10人履修者がいる火曜日4限のクラスでは、2人ごとのチームで実施しました。この時に、ちょっと学生の動きが鈍いように感じました。どうも、ホワイトボードに書くときに、いちいち躊躇してしまうように見えました。

私たち教員が期待するのは、チームのメンバーがあれこれ意見を出し合い、ホワイトボードにメモを書きつつ、チームの解答をまとめるというようなワークです。

しかし学生たちは、まずそれぞれのノートを使って話し合い、できあがった正解をボードに「清書」する、という作業手順を踏んでいるように見えました。 

私たち「大人」の感覚として、ホワイトボードにあれこれ思いついたことを書いて、意見を出し合いながら、消したり書き加えたりを行った作業をすれば良いと思うのですが、学生たちはまだなれていないのかもしれません。

これは、基礎ゼミでときどき行う、模造紙を使ったグループディスカッションなどでも感じたことです。学生たちは手を動かさずに話し合って、ようやく出てきた答えを、模造紙に清書するという手順をとります。せっかく大きな模造紙を使うのだから、書いたり消したり好きにすれば良いのにと思ってしまいます。

その点、20号館1階のように、各グループごとのホワイトボードが使える部屋だと、学生たちはもう少し気軽に作業ができるらしく、グループによっては、各メンバーが好き放題書きなぐって、あとで意見を出して推敲していくという方法を取っているところもありました。教員側としては、せっかくのホワイトボードなので、どんどん自由に使ってもらいたいと願っています。

 

ホワイトボードでのグループワークをどう発展させるか?

文章を作るグループワークを、各クラスで実施しながら気づいたのですが、これは教科書の作文問題から、会話文や自由作文を作るための橋渡し的な練習になるということでした。

以前の記事に書きましたが、2013年には、1年生クラスを中心に、ドイツ語で会話文を作り、動画にするというグループワークを実施しました。また、2015年の神戸大1年生クラスでは、やる夫・やらない夫のイラストを組み合わせた会話文をつくるワークも実施しています。

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このときに難しいと思ったのは、教科書の例文や練習問題のレベルから、会話のやり取りを含む「お話」をつくるという段階へのギャップをどう埋めるかということでした。結局は、私が必死で会話文を添削したり、あるいは語学センスのある学生の能力任せとなってしまいました。

最近のグループワークを振り返ると、たとえば一定の条件に従って疑問文と答えの文を作る、というのは、教科書の問題とシナリオの作成との間をうめる練習になるのではないかと思いました。以前の授業では学生に丸投げしていた、シナリオ作成ですが、いまのように段階的に、文章の語順や動詞の使い方を復習し、会話文を作るという段階を踏んで進めていけば、これまでより学生が取り組みやすくなるのではないかと思いました。

今学期の授業の最終目標をどこに設定するかはまだ決まっていませんが、これまでに行っていたプレゼンテーションの課題よりも、もう少し高度なところまで持っていけるのではないかと期待しています。