ドイツ語教員が教えながら学ぶ日々

熊谷哲哉 ドイツ語教育、ドイツ文学、文学じゃないけどおもしろいものなど。

中間テストをどうするか?

6月は中間テストの季節

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マラソン大会に出かけていた先週、ちょうど各大学で中間テストや第一クオーターの期末テストが行われていました。

神戸大学ほかいくつかの国立大学では、現在は前期後期を2分割するクオーター制が導入されており、実質的に第一クオーターの試験が中間試験となっています。しかし、クオーター制の場合、前期後期制とは異なり、クオーターごとの合格不合格を登録しないといけないので、従来の二学期制に比べると手間は数倍、教える内容は2割ほど少なくなってしまいます。このデメリットについては、専門の方がちゃんとまとめてくれることでしょう。

二学期制の大学において、ドイツ語の中間テストは義務ではないけど、多くのクラスで実施されていることと思います。私も、多分京大や滋賀県大などで教えていた、非常勤講師としてのキャリアの初め頃には、学期中にテストなんてやる必要ないだろ、と全く中間テストのことなど考えてはいませんでしたが、なんとなくいつの頃からか、6月に入る頃、ちょうど8週から10週あたりにテストを行うようになりました。

 

様々なテストの形態

今回考えたいのは、中間テストとして、どのような方法があり、どのような方法にメリットがあるのか、そして中間テストを通じて、学生たちに何を学んでもらいたいかということです。

中間テスト(クオーター期末試験も含める)として、これまでいくつかの方法を試みてきました。学生のレベルやクラスサイズ、教材や授業の性質(文法重視かコミュニケーション重視か、初級か中級か)を考慮して、最適と思われるやり方を考えてきました。

具体的には、以下の通りです。

 
1)穴埋め、独作文などを中心とするペーパーテスト(期末テストとほとんど同じ出題方式)

クラスにより難易度や問題の量は異なりますが、基本的にはA4両面1枚で1時間くらいを目安にしています。
また、これまでに小テストを何回か行っているクラスであれば、その問題を流用すると、私も楽ができるし、学生にとっても復習になるので一石二鳥です。

2)ペーパーテスト型2:カンペ、辞書持ち込み可。

これは、昨年から2年生クラスで実施しています。ただテストをすると、まったく勉強せずに受ける学生が数人出てしまうので、あきらめずに何でもいいから勉強したほうがいいということを理解させるため、自作のカンニングペーパーA4両面1枚と紙・および電子辞書の持ち込み可のテストにしました。
この方式だと、定冠詞・不定冠詞の格変化といった細かい出題は必要ないし、問題文に名詞の性を補う必要もないので気楽です。また、自由作文(主語、動詞をしていして、それ以外の部分をそれぞれ自由に作らせる)なども出題し、じっくり考えさせるということもできました。
カンニングペーパーには、学生たちの個性が出るので、毎回試験中の机間巡視が面白いです。昨年のクラスでは、単位取得がきびそうだった学生が、教科書と問題集のコピー20ページ分くらいを縮小コピーしてはりつけてきました。彼女は無事にいい成績をとれました。また、別の学生は、A4の紙にメモ用紙を何枚か貼り付け、紙をめくることで情報量を増やすという作戦をとっていました。これには驚き、素晴らしい工夫だと学生を褒めましたが、さすがにA4一枚と分量を限った意味がなくなってしまうので、今年は禁止としました。
期末テストでは辞書もカンペも持ち込み不可ですが、自分で学習内容をまとめるなど、メモを作る工夫がその後の勉強につながるのではないかと期待しています。

3)教科書の例文などを使った、面接形式の口述試験

これは、初級の会話重視クラスで毎年やっている方法です。教科書に出てくる、「あなたのお名前は?」「出身地は?」「住んでいるところは?」と言った定番的な質問に対して、自分のことをちゃんと答えられるかを問う試験です。発音や間違いやすいところは学生一人ひとりによって異なるので、一人ずつの試験で、学生たちそれぞれのでき具合を確認します。

4)グループワークをして、その結果を面接またはプレゼンする口述試験

中級クラスの場合は、グループワークでお互いにインタビューをして、その結果について私が質問し、学生が答えるという形式を実施しています。単に教科書の表現をおうむ返し的に丸暗記するだけでなく、主語を「私」から「彼・彼女」に変えるとどうなるか、といった簡単な応用や、おたがいにわからないところを相談したりするプロセスを通じて、一人で勉強するだけでは気がつかないような気づきが得られればと期待しています。

また、クラスによっては、アンケートの結果をポスターにまとめてドイツ語の文章をいくつかつくってプレゼンをするといった試験もしました。


5)学習塾方式

1と同じような普通のペーパーテスト形式ですが、解答ができたら、採点し、できないところをやり直します。100点がとれれば、終わりですが、できないところがある場合は、授業時間終了までなんども解答と採点を繰り返します。最終的に、授業終了時の点数を成績として登録する、という方式です。
これは、昨年の理工学部クラス(男子8名のみ)で実施しました。できる学生とできない学生の差がはっきりしてしまうので心配でしたが、わりとみんな最後まで全問正解できなくて、似たり寄ったりの成績となりました。学生たちとしては、どこができていないのか、どうすればいいのかをすぐに考えることができるので、採点後に返却し、フィードバックという通常の方式より、学習効果が高いのかもしれないと思いました。


6)課題提出型

これについては、以前のエントリで書きました。以前はグループで動画を作る課題などもやっていましたが、最近では、パワポを使ったプレゼンなどを、PCでドイツ語を入力する練習として実施しています。

schlossbaerental.hatenablog.com

 

中間テストは何のために必要なのか?

ここまで、これまでに実施したいくつかの方法を挙げてきました。

そこで思うのですが、中間テストとは一体誰のために、何のために行うものなのでしょうか。

まず一つは、成績評価のためです。これは当然でしょう。出席点という指標が認められない(当然ですが)昨今、期末テスト以外の平常点として、課題や小テスト、中間テストなどの点数を合算する必要があります。

しかし、成績評価のためといっても、実際のところはちゃんと勉強できる学生は小テストも中間テストも期末テストもちゃんとできるものです。

それでは、中間テストなどおこなったところで、できる学生とできない学生の差が開くだけなのでしょうか。

たしかにそのような側面はありますが、やはり私としては、中間テストは、授業についていけなくなりつつある学生を救済するためにやっていると思っています。救済というと大げさかもしれません。すくなくとも、勉強の仕方を立て直したり、授業で説明したドイツ語の知識を整理する機会になればいいと思っています。

ですから、私としては、中間テストは成績評価のためというより、勉強の仕方や知識を整理して、後半の学習へとつなげていくという意味のほうが大きいです。

 

もっと面白い方法はないのか?

今回はこれまでに試みたいくつかの方法について説明しましたが、もちろん中間テストの方法としては、他にも可能性があるでしょう。他の先生方なら、もっと面白い方法をとっているかもしれません。

グループワーク型や、プレゼンテーション型のように、学生が自律的な活動をしながら、ドイツ語の知識を確認し、表現を組み立てるという方法は今後ももっと行っていきたいし、ペーパーテスト型についても、出題を工夫するなどして、より効果的なものが作れるだろうと考えています。

結局いつも同じ問いにぶつかるわけですが、何を学生に教えているのか、何を彼らに学んで欲しいと思っているのかということが重要なのでしょう。

私としては、冠詞の格変化や動詞の人称変化を正確に覚えることなんていうのはけっこうどうでもいいと思っています。それよりも、授業で吸収した知識を、整理し、運用することができるようになって欲しいと思います。ドイツ語が実生活や大学の学問で役に立つ機会はほとんどの学生にとって無いに等しいといえます。それならば、学び方や、学んだことの活かし方を、ドイツ語の授業を通じて身につけて欲しいと思います。

当然こういうことは、中間テストを工夫するだけで何とかなることではありません。半期15回、そして前期後期と年間を通じて、どんな授業をすればいいのかということも、同時に考えていかないといけませんね。

 

飛騨高山ウルトラマラソン71km、3回目の完走

6月11日飛騨高山ウルトラマラソン71kmの部に出場

先週末に、岐阜の高山市へ行き、飛騨高山ウルトラマラソン71kmに出場しました。今回も特に問題なく完走できました。直近に出走した4月のフルマラソンでは、ぜんぜん練習不足で思いっきり失速していたのに、今回はなんと30分近くもタイムを更新できました。いったい何が原因でそうなったのか、スタートからゴールまでを振り返りながらまとめたいと思います。

 

中間テスト時期に行われる大会

ちょうど神戸大学では第一クオーターのテストが終わる時期。このマラソン大会も、9月の丹後ウルトラに向けた、いわば中間テスト的な自己確認の機会となっています。

とはいえ、大学は思いっきり学期中で忙しい時期です。毎年ほとんど練習ができないまま参加して痛い目に遭っています。今年もやはり5月中は忙しかったのでなかなか練習ができませんでした。しかし、このままだと4月の大会のようにまともに走ることすらできなくなってしまうかもしれないし、昨年の丹後ウルトラのように、あっというまに関門で止められてレースが終了してしまうかもしれません。そんな危機感があったので、5月末から6月初めに、六甲山に走って登るトレーニングをしました。

六甲山は、自宅から見える一番高い山ですが、ドライブウェイを使えば、約15km、車ならすぐに行けます。飛騨高山ウルトラのコースは獲得標高(全コースの上り坂で得られた標高を足した数)が2500m(100kmの部)だそうで、とにかく上り下りの練習をしないことには完走できません。自宅から六甲山頂だと標高差は930mくらいになるので、とりあえず練習としては十分でしょうが、それでもやはり足りないと、終わってみると思います。

 

前日、古い町を歩き、酒を飲む

飛騨高山へは高速道路を使えば、ゆっくり走っても自宅から4時間程度で到着します。高山について、まず涼しさに驚きました。大阪ではすでに夏日でしたが、高山は昼間でも気温22〜23℃程度で、長袖のジャージを着ていても寒かったです。f:id:doukana:20170619233808j:image

大会前日は毎回町歩きを楽しみます。昨年も訪れた酒蔵で、試飲を楽しみました。

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大会前日なので、あまり飲みすぎると内臓が疲労してしまうのですが、雨が降って酒蔵から外に出られなくなったこともあり、すこし多めに飲んでしまいました。

 

前日からすでにマラソン大会は始まっている?

この大会に限らず、マラソン大会前日に町を歩くと、明らかに出場者とわかる格好の人たちがいます。すらりとした体型で、マラソン用のシューズを履いているおじさんおばさんたち、やたら元気いっぱいで声が大きいおにいさん、おねえさんたち、こういった人たちはあきらかに同業者だな、とわかります。

そして、ウルトラマラソンに特有なのが、やたら体力が有り余っているというか、前日までトレーニングを欠かせない人たち。受付会場まで、ワラーチ(サンダルみたいなマラソン用の履物、ほぼ裸足)で走ってくる人、ロードバイクで坂を登ってくる人など、明日になればいやというほど体力を使うとわかっているのに、わざわざ体力を消耗したがる人が大勢います。

 

アジロ笠小 装着用「台座」付(菅笠 すげ笠)

アジロ笠小 装着用「台座」付(菅笠 すげ笠)

 

 

あと、気がはやいのか、明日のレースで着るTシャツやハーフパンツを履いたまま町歩きをする人もよく見ます。この高山ウルトラでは、名物の菅笠が受付近くで販売されており、多くのランナーが被って出走しています。夕方、気の早いおじさんグループが、半袖ハーフパンツ姿でさらに菅笠をかぶって、ラーメンを食べていたのには驚きました。海パン一枚で学校に来てしまう夏の小学生男子と同じですね。

 

大会当日 スタートから30kmあたり:寒い

ここから、大会当日を振り返ります。

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71kmの部、スタートは朝5時15分です。今年も天候がよく、明るい朝でした。徐々に夜が明ける時間帯にスタートしました。大阪では感じることのない朝の寒さ(6℃くらい)に驚き、なんとか早くあたたまりたいと一生懸命走りました。

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23km地点でようやく日差しが暖かくなりはじめました。今回はもう3回目の出場ということもあり、どこに厳しい坂があるのか、どこで走るのがつらくなるのかというのは、だいたいわかっていました。まず前半の30kmまでは、のんびり体をならすといった走り方を心がけました。

 

中盤:30kmから57km:山道への対策が生きる

30km地点を前にして、河童のかぶりものをしたお兄さんに抜かれました。河童の頭に浴衣姿と、とても走れる格好ではないのに、スタスタといい調子で走っていました。

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30kmから39kmまでは、ほぼ上りだけの区間です。車ならローギア、ロードバイクでも一番軽いギアにしないと登れないような急坂がつづくので、この区間は歩いて登ると決めていました。同じ山を登るにしても、登山道と車道を登るのでは、要領が違います。階段ではない車道の方が、見た目は上りやすいのですが、歩いて登るにせよ、だんだんしんどくなってきます。これまでの大会に比べ、上り区間がそれほどきついと思わなかったのは、直前の六甲山で同じような上りを経験していたからでしょう。

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39kmのスキー場(標高約1400m)で一休みして、あとは下りです。下り坂で脚が痛くなるだろうと、あらかじめ痛み止めを飲んでいたので、今回は快調に進めました。とくに大きくペースが乱れることもなく、だいたい予定通りのタイムで、57km地点にたどりつけました。

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57kmから71km:暑さと胃の痛み

57km地点は、お祭り会場のようにたくさんの露店が出ていて、いろいろなものを食べられます。

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私はだいぶお腹が苦しくなっていましたが、ここで焼きそばと飛騨牛とトマトシャーベットを食べて元気を取り戻しました。(シャーベットは少し微妙でした)

ここからは、約10kmくらい田園地帯のなかを、緩やかな坂を下り、のこり5kmくらいから市街地を走ります。市街地に出るまで、なかなか景色が変わらないので、前に進んでいる気がしない苦しい区間ですが、しばらくは下りなんだということがわかっていたので、ペースを維持できました。

のこり5km地点で最後の休憩をしました。去年はこのへんから本格的に足が止まってしまいました。そのことを思い出して、なんとか失速しないように、少しずつ走り続けるようにしました。

 

思ったよりずっと早かった

9時間18分でゴールできました。前回のタイムをよく覚えていなかったので、まあ、少しはやいくらいかな、と思ったのですが、後でゴール時の写真を見て、30分近くタイムを短縮できていたことに驚きました。

特に早く走った覚えはないのですが、たしかに、去年や一昨年よりも、歩かないで走っていた時間は長かったように思いました。

これは結構重要な気づきです。走る速さがあまり変わらなくとも、歩かずに走り続けて入れば、それなりにタイムは伸びるわけです。当たり前のことなのですが、この点に気をつければ、丹後ウルトラ100kmも完走可能なのではないかと思いました。

今回の体調と装備等のまとめ

足:毎回水泡ができたり、爪が黒くなったりしますが、今回は予想よりだいぶマシな状態でした。右足母子球付近に水泡ができかけましたが、それほど痛みませんでした。また、左足薬指のみ爪が黒くなりました。中指と密着して、靴のつま先に当たっていたせいでしょう。こちらもレース後数日で痛みはなくなりました。

内臓:毎年のことですが、この大会は、胃が苦しくなります。暑さや疲れのせいでしょう。お腹が気持ち悪いので、水分以外を取らないと、空腹で走れなくなります。そこで今回は、ポケットにエナジージェルを入れておいて、お腹が空いていなくとも定期的に少しずつ飲むようにしました。

 

ザバス ピットイン エネルギージェル 栄養ドリンク風味 69g×8個

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フルマラソン等でも愛用しているこちらのジェルだと、開封してももう一度蓋を閉められるので、少しずつ飲むことができます。あるいは、次回は150ml程度のソフトフラスクにジェルを数本入れておいてもいいかなと思いました。

 

装備:今回はウェストポーチではなく、モンベルのクロスランナーパック7を背負いました。こちらのバックパックは、超軽量で、背中(両脇)または胸ポケットにボトルを入れることができます。私は背中ポケットに500mlのペットボトルを挿し、胸ポケットにiPhoneとエナジージェル類を入れました。ウェストポーチにくらべて、腰への負担(骨盤の不自由さ)がないので、走りやすいです。水ボトルやバックパックが音を立てるのが初めは気になりましたが、だんだん平気になりました。

[モンベル] mont-bell クロスランナー7

[モンベル] mont-bell クロスランナー7

 

シューズ:この春のフルマラソンと同様、アディゼロジャパンブースト3です。アウトソールが耗りやすいので、もうだいぶ減ってしまいましたが、まだまだクッション性は維持されています。おそらく丹後ウルトラでも同じシューズで走ることになるので、今のうちにもう一足買っておこうかと思います。

 

 スマホ:先日iPhone7に買い換えました。

ushigyu.net

防水機能がついているので、汗だくになったり、雨に降られたりする恐れがあるウルトラマラソンでも、安心して持ち歩けました。ウェストポーチに入れている時とちがい、胸ポケットだと手軽に出し入れできるので、ちょっと休憩するときなどに写真をたくさん撮ることができました。

 

丹後ウルトラマラソン対策を考えるうちに、過去の自分に出会う

飛騨高山ウルトラが終わってすぐに、自分のペース表を確認して(10kmごとのペースが大会サイトから確認できます)、丹後ウルトラに換算して、どのくらいのペースになるかを考えていました。

昨年引っかかった54kmの関門にはあまり余裕がないけど、一昨年諦めた71km碇高原の関門には間に合いそうだな、などと考えていました。丹後ウルトラの完走記を探しているうちに、ある人のブログを見つけました。この人は2015年大会で100kmを完走されたそうです。いいなあ、完走すごいなあと読み進めるうちに、一枚の写真でスクロールする手が止まりました。

歴史街道丹後ウルトラ100kmマラソンのコースと完走のポイント紹介

驚いたことに、20km地点の写真に、私が写っています。このTシャツ、このシューズ、この走り方、紛れもなく、私本人です。ブログ執筆者の方は、ちゃんとゼッケンを消してくださっていますが、見る人が見れば、明らかに私だと気づきます。

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でも、ふと見つけたかつての自分の写真を見て、私はなんだか懐かしい気持ちになりました。いつもは自分目線だから、同じ大会を他の人がどんなことを考えながら走っていたのか知ることはあまりありません。だからこの方が、同じように私と丹後を走り、私はこの時は72kmでリタイヤしたけど、その後もちゃんと完走したということに、なんだか嬉しい気持ちになりました。

 

京都の地蔵を見る

ハンド部の応援のため佛教大学

6月3日は、ハンドボール部新人戦の応援のため、佛教大学に行きました。

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佛教大学は丘の上の狭い土地にあるのに、非常に設備が充実していました。

かつて、京都精華大学に勤めていた当時は、太秦の自宅から、きぬかけの道、西大路と進んで、佛教大の前を通って、京都産業大学前の坂を登って、岩倉まで通っていました。片道12kmを毎日ロードバイクで通勤していたなんて、いまでは信じられません。

試合のあと、懐かしくなったので、バスに乗らずに周辺を散策して帰ることにしました。千本北大路周辺には、今宮神社、大徳寺など観光地も多いのですが、私にとってはなによりもまず船岡山です。浄土寺のアパートに住んでいたころには、よく船岡山までジョギングに来ました。山の頂上で景色を眺めて引き返すと、ちょうど10km程度のコースでした。

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山といっても、あるいて10分ほどで山頂に着きます。京都市西部を見下ろせます。

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刑事ドラマでは、よく船岡山で遺体が発見されます。

船岡山のふもとは、小さな路地がいりくんだ、京都らしい住宅地が広がっています。こういう景色もなつかしくて、どこにいくのかも決めずに歩き回りたくなりました。

 

路地には地蔵がある

小さな路地を歩いていると、お地蔵さんがあります。

お地蔵さんについては、かつて京都に住んでいる頃は、地蔵ブログを作っていたほど、よく見ては写真に撮っていました。地蔵の写真を集めているうちに、だんだんと、どんな場所にお地蔵さんがいるのかわかるようになりました。いわば、地蔵への嗅覚のようなものがついてきました。

しばらく京都を離れ、地蔵センサーが鈍ってしまっていないかと不安でしたが、相変わらずです。交差点にでて、どっちの道に進もうか迷ったりするとき、こっちのほうが地蔵がいるかもな、と思って進むと、案の定すてきな地蔵堂が待っています。

 

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日向に猫が群れをなすように、お地蔵さんの群れがあります。

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独特のタッチですが丁寧に顔が描かれています。

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おそらくこの三人の悪ガキみたいなお地蔵さんたちは、かつて地蔵ブログで取り上げたことがあったと思います。

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ここは、顔はシンプルなのですが、非常に地蔵堂がりっぱ(高さ2m以上あった)で、お地蔵さんの石も大きかったです。

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竹の花入が京都らしい感じです。

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こっちは行き止まりかな、と覗き込んだ路地の向こうに小さな地蔵堂。

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行き止まりのお家の前にあった立派なお地蔵さん。

 

 

最近買った本6月7日

第一クオーターの期末試験

早いものでもう6月です。

非常勤先の神戸大学は第一クオーターが終わったので、1回目の期末テストです。

前期後期と年2回に分けてテストと成績評価をしていたのに、昨年から4学期制になり、半期に2回テストと成績評価をしないといけなくなりました。めんどくさくてしかたがありません。

めんどくさいだけでなく、授業内容の上でもマイナスしかありません。テストの前後一週間はそのための準備やフィードバックにとられてしまうので、半期で教えられる内容は、これまでよりも2、3回分少なくなってしまいました。2015年度には、後期の前半をつかって、グループワークをしましたが、4学期制になってからは、1ヶ月以上使うような大きなワークがしづらくなってしまいました。

学生にとっても、ちょっと勉強したらすぐに試験なので、落ち着かないだろうと思います。多くの大学で導入が進んでいる4学期制ですが、神戸大学の場合は優秀な教員と学生がいるから成り立っているのだろうと思います。私の勤務先も含め、私学にまで広がって来たらと思うと恐ろしいので、このあたりでもうやめてほしいところです。

 

散髪・カレー・ジュンク堂

昨日は、1、2時限目に試験をして、お昼頃には仕事が終わったので、アクタ西宮に出かけて、床屋さんにいってきました。

西宮市の中心である西宮北口ですが、駅前には、家族連れやオサレ大学生などに人気のガーデンズ西宮と、地味なアクタ西宮という二つのショッピングモールがあります。

私が利用するのは、もっぱらアクタのほうです。1階の床屋さんが安いので、引っ越してから3年間通っています。さらに飲食店街にあるカレー屋さんでお昼を食べ、そして4階のジュンク堂で本を買うというのが、毎回セットになっています。

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らっきょうがおいしいカレー屋さんです。

中島義道『東大助手物語』ほかを購入

今回ジュンク堂で買った3冊に加え、帰宅したらアマゾンからも3冊届いていました。

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東大助手物語 (新潮文庫)

東大助手物語 (新潮文庫)

 

 学部生の頃に読んだ、『孤独について 生きるのが困難な人々へ』で書かれた著者の壮絶な半生の中から、とりわけ助手時代のパワハラについて振り返った本です。著者は1946年生まれなので、ちょうど私の親と同世代です。私たちの分野だと、このくらいの世代は、東大・京大などを出ていれば、博士課程に3年在籍しないうちに専任教員になるのが一般的でした。

現在の感覚で読むと、中島氏が30代後半で助手で、助教授として他大学への就職を狙っているというのは、全く普通の話ですが、当時著者が感じていた焦りは相当なものだったろうと想像できます。

私は幸いパワハラアカハラの被害に遭わずにここまでやってくることができました。しかし、著者が本書で語るようなハラスメントは残念ながら、今の大学においてもまったく変わらずに起こっています。私たちはなんとなく、昔のほうが、職場のハラスメントなどはひどかった、いまのほうが生きやすい時代になっていると思いがちですが、実は全くそんなことはないなと思うことがよくあります。

 

孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春文庫)

孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春文庫)

 

私が学部時代に読んだのは、文春新書版でしたが、現在は文庫になっているようです。著者が東大文1に現役合格しながら、教養学部科学哲学に進み、本郷の哲学科修士課程に進学たのちに中退、また法学部に戻って卒業したのに、ふたたび哲学科修士課程に入り直す、という紆余曲折が語られています。その後著者はウィーン大学で哲学の博士号を取得し、37歳で東大駒場の助手となります。 

この本を読んだ当時は、こんな人生もあるのかと感心し、なんとなく勇気付けられたような気持ちになりました。しかし、その後自分も同じような人生を進むことになるとはきっと考えていなかったでしょう。もう30代後半なのに、身分が不安定だなんて大変だなあ、と他人事のように思った私ですが、大学院を出たのは33歳、学位を取ったのは36歳、就職したのは37歳の時と、著者と似たような人生を歩みつつあります。

 

現代スポーツ評論36 特集:大学スポーツの産業化

現代スポーツ評論36 特集:大学スポーツの産業化

 

科研グループで一緒だった、高知大の中村哲也さんが寄稿されているので買いました。そして、この春からハンドボール部部長となり、大学の運動部とはどうあるべきかと考え始めたので、特集の大学スポーツの産業化は、非常に興味深く読みました。

昨今話題の、日本版NCAAについての座談会や論考が収められています。大学スポーツを活性化するために、事業化していこうというのが、日本版NCAAなのですが、私自身はこの構想については懐疑的です。事業化のまえに、もっと議論し、整備しないといけない問題がいっぱいあるのではないかと思います。 

中村さんの論考で取り上げられている、スポーツ学生の学業の問題や、スポーツ施設を誰が使うべきか、という論点は非常に重要です。とりわけ学生スポーツは、大学に所属している選手がスポーツをするというものなので、本業である学業がおろそかになってはいけないし、ほとんどのスポーツ学生は、プロにも実業団にも入らないのだから、競技者でなくなってからの人生を考える場として大学がもっと活用されるべきだと私は思っています。しかし、スポーツ学生はもっぱら競技に集中すべき(そして多くの大学に体育やスポーツ専門の学部が作られ、そこに特待生が集められ、孤立してしまう)という逆の方向が主流となりつつあります。

まだぼんやりとしか分かっていませんが、日本版NCAAが目的とするのは、野球やラグビー、駅伝のような人気のあるスポーツ分野を事業化して、よりいっそう盛んにし、オリンピック他日本スポーツのエリート層を伸ばしていくということらしいです。しかしこのことが、日本スポーツ全体の活性化につながるかは疑問です。

スポーツの大衆化ということについては、昨今マラソンが人気となっているように、日本では、個人で、どこでもいつでもできるスポーツくらいしか流行っていません。場所や時間、仲間を必要とするようなスポーツは、学校を出てしまうと、ほとんどできなくなっているのでしょう。だれもがスポーツをすべきとは全く思いませんが、幾つになっても、個人競技以外にも、もっとスポーツをする機会が得られればいいのに、とはいつも思います。

 

 『資本論』はごくわずかしか読んでいないので、参考にしつつ読みます。

 

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編 (新潮文庫)

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編 (新潮文庫)

 

 昨年夏にウィーンで見に行った、ナーレントゥルムやヨゼフィーヌムなどの医学博物館が紹介されていました。他にもこれから行く機会がありそうな場所が取り上げられているようです。

 

 この種の、昔の西洋人が日本をどう見ていたかという話は好きで、これまでもイザベラ・バードなどいろいろ読んできたので、買ってみました。

 

 院生時代の先輩がカンディンスキーを研究していましたが、秘教的で何を言っているのかよくわからなかったことを覚えています。その後心霊主義について調べるうち、カンディンスキーもやはり心霊主義と近いところにいたということがわかりました。彼がどのようなことを考えてあんな作品を描いていたのか気になるので読んでみます。

 

 

Keynoteから配布資料を作成する

新カテゴリー、「授業の方法」

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また新しいカテゴリーを作りました。

「ドイツ語の授業」というカテゴリーをひそかにつくって、これまでの授業関係の記事をまとめていましたが、考えてみるとドイツ語だけでなく、異文化理解の講義もやっているので、そちらも含めて「授業の方法」にまとめることにしました。

schlossbaerental.hatenablog.com

ということで、今日はふたたび国際化と異文化理解の話題です。

 

授業の配布資料はどうするか?

講義や学会発表のための配布資料ってどのように作っていますか?

パワポのスライドを見せるにしても、それとは別に配布資料を用意することは多いでしょう。

学会発表などでは、正面に映すスライドを小さくして並べたもの(いわゆる配布資料)を作成して、コピーを配る人もよく見ます。

私の場合は、学会ならば引用や文献リストをつけた、レジュメをスライドとは別で用意したりします。スライドを使った発表をしたのは、2014年秋のブース発表のときですが、そのときは下のようなA4両面1枚のレジュメを配布しました。

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講義の際にも、同じようにPagesで作成したレジュメを、プロジェクタで写して、内容を説明するということもしていましたが、教室の機材が古くて、12ポイント程度の文字の大きさだとほとんど読めなくなってしまうので諦めました。

また、学生にとっては、正面に映し出されるスライドを見ながら、箇条書きになっているレジュメにメモを取るというのは、むしろわかりにくいだろうと思いました。

 

なぜスライドを配布資料にするのか?

最近は、授業で使うスライドのなかから、必要な部分をまとめたものを印刷して配布しています。

また、スライドだと次のページに進んだあとで、元のページを見ることはできなくて不便だろうと思うので、スライドを縮小したものを適宜参照して、初めから読み直せるようにしました。

授業で使うスライドは、なるべく文字を減らして、図を多く入れるようにしています。学生からのコメントを紹介するパートでは、どうしても文字が多くなりがちですが、画面上の文字を一緒に読んだり、要点の色を変えたりして、ゆっくり話すよう心がけています。

私の場合、のんびり話す方だし、授業の中心はスライドを使って私が話すことよりも、文学作品等のコピーを学生が読む作業です。(読むことを中心に据えた講義の実践については、過去記事をご参照ください)

schlossbaerental.hatenablog.com

そのため、スライドの枚数は毎回20〜25ページ程度に収めるようにしています。

講義の際には、このスライドを縮小して並べたものを配布します。

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先週行われた第7回、心霊主義シュレーバー『回想録』について。こんなテーマの講義を1年生向け教養科目でやっているのは、私だけでしょう。

 

配布資料をどう作るか?

スライドのなかでも、前回の振り返りの部分は、文字が小さいので配布資料には含めないようにしています。スライド全体から使わない部分を切り取るには、カットではなく、スキップする設定にすれば簡単です。

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使わない部分を選択して右ボタンメニューで、スライドをスキップを選びます。

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するとこのように、使わないページが折りたたまれます。

つぎに、印刷です。

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ファイルメニューまたは、⌘+Pで印刷の画面を開きます。

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しかし、Keynoteの場合、パワーポイントと違って、縮小したページをタイル状に並べる形式にすると、一個のページが小さくなり、隙間が空き過ぎてしまいます。これだとちょっと見づらいので、PDFに変換します。

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下のPDFのメニューを開くと、「プレビューでPDFを開く」を選びます。

すると、先ほど作成した、スライドの背景が白くなり、不要なページをスキップしたスライドが、PDF版で作成されます。

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そこであらためてプリント作業をします。ファイルからプリントへ進みます。

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このままでは、印刷しても1ページにスライド1枚しか入りません。

レイアウトから1ページに何枚のスライドを含めるかを選びます。

f:id:doukana:20170601221522p:plain私の場合はいつも1ページ9枚にしています。

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プレビューを見ると、さきほどのKeynoteから直接プリントを選んだ場合よりも、一枚が大きく、隙間がなくなっていることがわかります。この方法で印刷すると、ずっとスライドの文字は読みやすくなります。(文字が小さくて見づらいのでは、というご意見もあるかもしれませんが、学生たちは日頃からスマホの超細かい文字を読むのになれているので問題なかろうと思っています。)

印刷が終わったら、PDF版のスライドは不要なので、閉じてしまいましょう。データはコンピュータの上には残りません。必要になったら、またKeynoteから作ればいいので大丈夫です。

この形式で配布資料を作成すると、各回A4両面で1枚に収まるので、他の資料が多い場合やクラスの人数が多い場合でも安心ですね。

 

 

 

最近買った本と豊川堂の思い出

カテゴリーを新設

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先日の「論文の書き方」につづき、新しいカテゴリーとして、「買った本」というのを作りました。

本のレビューなどを書いてみたいと思いながら、ちゃんとした書評って書くの面倒だよな、とも思うので、とりあえずどんな本をいつ、何を考えて買ったのかということくらいでも書き残したらいいのではと、気づきました。

というわけで、たいして中身を読んでないものの、とりあえず興味を惹かれて買った本を紹介していきます。

先週買った新刊書がこちらです。

 

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 

こちらの本は、東京まで新幹線で移動する時間で、読み終えました。

以前から私は昆虫には注目していて、昆虫食や害虫駆除、昆虫の生態などのテーマについて、いくつか一般向けの本を読んできました。この本の著者は、ファーブルにあこがれて、サバクトビバッタの生態を調査し、大規模な食害を防ぐための研究をしています。生物学や人類学などのフィールド系の話は夢があってとても楽しいのですが、とりわけ昆虫というのは人間からかけ離れているところがいちいち面白いです。

私が学位を取った京都大学人間・環境学研究科にも生物学の講座があり、昆虫を研究する研究室がありました。ある仕事(某私立高校に出前講義をする)で知り合った院生の女性は、東南アジアの森で50mくらいある大木に登ってコガネムシを捕まえる話をしていました。この本を読んで、そんな話を思い出しました。

本書には、著者のアフリカでの調査の苦労話が面白おかしく書かれているだけでなく、逆境の中で力強く生き残っていこうとする研究者の物語が綴られています。簡単にいうと、情熱大陸デイリーポータルZをあわせたような読後感でした。研究に携わる人みんなに読んでもらいたいと思いました。

 関西に移ってから、それほど満員電車で苦労することはなくなりました。この本でも冒頭に触れられていますが、関西圏の満員電車は乗車率130パーセントくらいがピークですし、混雑する時間帯もあっという間に過ぎます。

しかし、東京の満員電車問題はどうしたらいいのでしょうか。この辺のことを専門家がどう考えているのか知りたくて買いました。まだ冒頭のみ目を通しただけです。

 ドイツにも近いオランダ。日本の歴史とは密接な関係がありますが、オランダ自体の歴史はちゃんと理解してないかもと思い、読んでみることにしました。

霊長類 消えゆく森の番人 (岩波新書)

霊長類 消えゆく森の番人 (岩波新書)

 

 ゴリラやチンパンジーの写真がきれいだったので購入。

 

自然魔術 (講談社学術文庫)

自然魔術 (講談社学術文庫)

 

訳者の澤井繁男先生は、臓器移植について、自らも経験者としていくつかの著作を発表されています。ご専門のイタリアルネサンス期の神秘主義研究も非常に興味深いです。

 

 近代に流行った宇宙進化論に興味があるので、もっと古い宇宙論も知っておこうと思い購入しました。

 

20年前毎日通った豊川堂書店

5月27日・28日と下高井戸の日大文理学部で日本独文学会がありました。

下高井戸は、私が明大に通っていた頃に、3年半住んだ街でした。たぶん7年ほど前にも一度学会のついでに散策をしていました。今回は、研究発表が始まる2時間前くらいに到着していたので、当時通った古本屋に行き、アパートの近所の蕎麦屋でお昼を食べました。

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私のアパートは、下高井戸駅北口の商店街からすぐ通りを入ったところにありました。駅からは早歩きで2分程度しかかかりません。その駅とアパートの間にあったのが、豊川堂書店でした。店構えをみると、20年前と何も変わっていません。相変わらず営業しているのだということがわかっただけで感動してしまいましたが、さらに驚いたことに、店主のおじさんもそのままでした。

おじさんは当時50代くらいに見えたので、おそらく現在は70代半ばくらいかと思われます。以前はふっくらと丸っこい感じでしたが、さすがに少し小さくなったように見えます。せっかくの機会なので、本を買うついでにおじさんと話してみました。

私は、かつて明大生だった頃に、ほとんど毎日この店に来て、100円や200円の本ばかり買っていた。このお店があったからいろんなことを勉強することができたと言いました。まあ、20年も前のことだし、当時の私は何も話さずに本だけ買って帰る客だったので、おじさんは覚えていなかったようでしたが、嬉しそうに笑っておられました。

豊川堂書店は、店に入って左半分が、ベストセラーやミステリなど文芸書、右半分が人文・社会科学の学術書、中央の棚に岩波や講談社学術文庫が詰まっています。この本の置き方も当時と同じです。

ここでは、以前から読みたいと思っていたバローの『天空のパイ』と新書2冊を買いました。

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『飛行』恒川先生追悼号をいただく

28日の夕方に、オーストリア文学会が終わった後に、知人の先生に同人誌『飛行』第50号をいただきました。恒川隆男先生の追悼号でした。熊谷さんが持っていた方がいいよ、と言われて手渡されました。

この同人誌は、恒川先生と同世代の東大独文出身の方々が集まって、刊行を続けて来た本だそうです。巻頭に、小松英樹先生ほかによる、恒川先生の思い出が掲載されていました。どの先生の文章を読んでも、恒川先生らしいなあと思いました。私は学部時代四年間と大学院時代に現代文学ゼミで先生に教えを受けただけですが、それでも、今の自分自身にとって、こんな先生でありたいという、ひとつのモデルとしてあるのが恒川先生です。非常にありがたいことに、著作目録があるので、これから少しずつ先生が書かれたものを読んでみたいと思いました。

 

 

箱買いしたチョークの今後

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11号館での授業にチョークを忘れる。

木曜日は一週間で唯一の、11号館での授業です。11号館とは、去年冬まで私の研究室があった、旧近大付属高校の建物と教室をそのまま利用した校舎です。おそらく現在使われている学内の校舎の中では、1、2を争う古さでしょう。

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(田舎の中学校のような教室です。スクリーンやプロジェクタはなく、液晶テレビとDVDデッキが黒板前に置かれています)

今日の授業の際には、いつもこの教室を使うときに持ち歩く、チョーク箱を忘れていたことを思い出しました。この校舎の教室は、メンテナンスがあまり行き届いていないので、チョークの在庫がほとんどないことがあります。それが気になったので、3年前に自分でチョークを注文したのでした。(自腹です)

しかし、この教室を使うときだけでなく、最近では、他の授業の時にも、ほとんどチョーク箱を持ちださなくなっていたことを思い出していました。

 

黒板とチョークを使う教室が減っている

2年前にこの記事を書いていた当時は、多分ほとんどの授業でチョークを使っていたはずでした。(以前のブログから転載しました)

schlossbaerental.hatenablog.com

しかし、よく数えてみると、私が現在担当している9コマの授業のうち、黒板がある教室を使うのは、たったの3コマ。そのうち一つは講義なので、Keynoteとせいぜい書画カメラしか使わないので、板書はしません。水曜1時限のドイツ語総合1(21号館)と木曜4時限のコミュニケーション1の時間しか、黒板を使っていないことがわかりました。

かつてはあまり設備がよくなかった本学ですが、近年はどの校舎も改装が進んでいます。経済学部、法学部の校舎は真新しいのですべてホワイトボードです。

経営学部の授業も、昨年と今年は、人数が少なめなので、ホワイトボードを使うゼミ室を使っています。*1

非常勤先の神戸大は、黒板とホワイトボードが混在していたと思いますが、私が使う教室はこの三年間ずっとホワイトボードです。

 

チョークを使う機会はなくなるのではないか

今日授業があった11号館ですが、おそらく今年度中に取り壊されると言われています。大学改装の二期工事が行われるからです。(この建物ではネイティブ先生による英会話など、かなり多くの授業が行われているようですが、代わりの校舎がないのに、どうやって取り壊すのでしょう。そのへんの計画は全く見えてきません)

もし11号館がなくなり、もっと別の教室を使うとなると、やはり黒板ではなくホワイトボードの教室になるのでしょう。

21号館でのドイツ語の授業も、実は人数が少なすぎて(9人程度)通常の教室だとやりにくいので、ゼミ室に移動しようかとも思っています。

 

箱買いしたチョークはどうすれば?

そうなると問題になるのが箱買いしたチョークです。

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わりと消費量が多い(丸一日授業をやると一本以上なくなるくらいのペースです)はずの、白チョークですら、箱を開けるとまだ8割くらい残っています。色チョークに至っては、各色2、3本しか使っていません。

白もカラーチョークもせいぜい一箱千円程度なので、せっかくだし箱買いしておこうと思ったのですが、どう考えてもこのまま使い切ることはないでしょう。

もうメルカリに出すしかないのかもしれません。

 

そしてホワイトボードマーカーは?

私は筆記具はこだわりのものを自分で揃えるのが好きなので、ボードマーカーも好きなものを使っています。カートリッジやペン先を交換できるボードマスターが気に入っていて、各色揃えています。

 

 

マーカーのインクもまたよく減るので、箱買いしてもすぐ使い切ってしまいます。しかしホワイトボードで問題になるのは、マーカーの書き味よりもイレイザー(クリーナー)の消し味です。神戸大学の教室にはこのクリーナーが備えてあります。

 

コクヨ ホワイトボード用イレーザー ヨクキエール RA-21

コクヨ ホワイトボード用イレーザー ヨクキエール RA-21

 

 

しかし、残念ながら教室によっては汚れが固着していて、あまり消えない場合があります。しかたないので、休み時間などにイレーザーの布をひっくり返したりしています。できればこれも、自前で使いやすいものを揃えておきたいところです。

 

*1:しかし、経営学部の大部分の教室はいまでも黒板です。また、理工学部建築学部の教室も大半は黒板です。とくに理工学部が語学用に使う教室はひどい部屋ばかりでした。